(37)2025年8月11日 魔女エリザと『あの人』
◇
「……っ!? この声は……!?」
助けを求める声を聞くや否や、ルナは狐耳をピコピコ動かしつつ、表情筋を強張らせる。
それを見るや否や、俺はすぐさま『どうした』と声を掛けた。
「私の耳が正しければ、この声は同僚──魔女のものです! 近くに私の知り合いがいるのかも! ユウさん!」
「いや、その前に俺のおっぱいを引き千切ってからだ」
「いい加減にしないと、ベロチューしますよ」
そう言って、ルナは舌でくちびるを舐める。
彼女の目は本気だった。
このままじゃメス堕ちさせられると思ったので、俺は思わず『ひゃい』と呟いてしまう。
「んじゃあ、ユウさん、ダッシュで向かいましょう! ひゃっほう! 同僚に私の女を見せびらかすチャンスだぜ!」
「おい。私の女って、どいつの事だ。俺の事か? 俺を女扱いしてちないよな?」
「細けぇ事は気にしないでください! ほら、早くしないと、私の同僚があんな目やこんな目に遭っちゃいますよ!」
「いや、俺にとって細かくないから。アイデンティティに関わる事だから」
そんな事を言いつつ、俺とルナは声が聞こえてきた方に向かって走り始める。
走り続けて、早数分。
ゴブリン達に襲われている少女を発見した。
「く、くんなぁ! ウチは食べても美味くない系のやつやで!」
少女はルナと同じローブのようなものを着ていた。
色は黒色。
長い黒髪をツインテールにしており、顔面のルックスはクラスで1位2位を争える程に可愛らしかった。
むう。
この子といい、ルナといい、魔女は美形しかいないのだろうか。
そんな事を考えながら、俺は木の棒を拾う。
そして、木の棒を装着すると、ゴブリン達に『おい』と声を掛けた。
「お前らの相手は俺だ」
木の棒を握り締めながら、ゴブリン達の下に向かって駆け寄る。
『ジャスト回避』と『リフレクトアタック』を駆使しつつ、木の棒1本でゴブリン5匹と闘う。
『この世界』に来て、幾度となくゴブリンの群れと闘ったので、ノーダメージかつスピーディーにゴブリン達を倒す事ができた。
「ふぅ、これで終了っと」
ゴブリン達の下に駆けつけて、約5分程度。
黒髪ツインテールの女の子を襲っていたゴブリン達を1匹残らず倒し尽くす。
俺は息を短く吐き出すと、黒い煙と化したゴブリン達の遺体を眺めつつ、持っていた木の棒を放り投げた。
「大丈夫か?」
「あ、あんがとな、金髪の別嬪さん。あんたのお陰で、命拾いしたわ」
黒髪ツインテールの女の子に声を掛ける。
地面に尻餅を突いていた彼女はお礼の言葉を言うと、ゆっくり立ち上がり始めた。
「いやー、本当助かったわ。あんたが通りがかってくれなかったら、うち、確実に死んでいたわ。ほんま、あんたは命の恩人や。あんがとな、この恩はいつか返すわ」
そう言って、黒髪ツインテールの女の子は快活な笑みを浮かべる。
うん、爽やかな笑顔だ。
見ている方も爽やかな気持ちにな──
「隙あり!」
──背後からルナに抱きつかれる。
彼女は俺の背中に自分の頬を擦り付けると、両手を俺の胸へと伸ばした。
ルナの綺麗な指が俺の乳房に食い込む。
白い布によって覆われた俺の乳房が淫靡に歪む。
それと同時に、男の頃にはなかった器官が疼き、俺の口から『あんっ……』という艶かしい音が漏れ出てしまった。
「へへーん! どうですか、エリザ! 私の嫁は! 美しいでしょ! エッチでしょ! かっこいいでしょ! だが、私の嫁は外見だけの女じゃありません! 中身もイケイケ……」
「胸モミモミやめろぉ!」
「こーん!」
右足を軸に半回転した後、ルナの脳天目掛けてチョップを叩き込む。
チョップが彼女の頭に叩き込まれた途端、ルナの口から聞き慣れた奇声が漏れ出た。
「ったく、なんか静かだと思っていたら、胸揉むタイミングを見計らっていたのか」
「ええ。そういや、日課であるセクハラしていないなと思いまして」
「日課にするな。いい加減、怒るぞ」
「言葉責めプレイですか。ふっ、悪くねぇです」
「しまった、怒るのは逆効果だった」
キメ顔で鼻息を荒上げるルナを見て、俺は大きな溜息を吐き出す。
すると、黒髪ツインテールの女の子がルナに声を掛けた。
「お、どこの変態かと思いきや、ルナやんけ。あんたも生き残ってたんか」
「ふっ、私は大魔女に最も近いと噂されている魔女。そんな私が有象無象の雑魚にやられる訳ないじゃないですか」
「いや、お前、俺と出会った時、ゴブリンにやられかけ……」
「ないじゃないですか!」
俺の指摘を大声で掻き消すルナ。
そんな彼女に対して、黒髪ツインテールの女の子──エリザさんは『相変わらずルナは元気やなぁ』と疲れた様子で呟いていた。
「まあ、細かい事は置いといて。本題に移りましょう。──エリザ。貴女は何故此処にいるのですか」
「あんたの事やから、もう気づいているやろ。ウチが此処にいる理由くらい」
「なるほど。貴女が此処にいる理由は私達ですか」
「正確に言えば、そこの別嬪さん──プレイヤーネーム『ユウ』や。彼女を連れて来るよう、『あの人』から頼まれてんねん」
話がスムーズに進んでいく。
彼女達の頭の回転が早いのか、それとも俺の頭の回転が遅い所為なのか、会話がスムーズに進み過ぎて、彼女達が何を言っているのかイマイチ分からなかった。
「んじゃ、ちゃちゃっと『あの人』の下まで連れて行って下さい。ちょうど、私も『あの人』と話したいと思っていましたので」
そう言って、ルナはエリザさんに『あの人』とやらの下に案内するように促す。
エリザさんは『んじゃ、ウチに着いてき』と告げると、俺達に背を向け、何処か目指して歩き始めた。




