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(36)2025年5月下旬 誰も踏み込めぬ理想郷(3)/2025年8月11日 自己嫌悪 

─────『誰も踏み込めぬ理想郷(3)』─────


◆side:瑠璃川桜子 2025年 5月下旬


 瑞稀くるみと出会って、約2年程の月日が経過した。

 私は高校生になった。

 志望校に合格し、高校1年生になってからも私と瑞稀くるみの交流は続いた。

 

「……遅いですね」


 初夏の風が優しく吹き込む公園。

 いつも通り、公園のブランコを漕ぎながら、私はくるみを待ち続ける。

 日曜日の午前中にも関わらず、園内は私しかいなかった。

 空を仰ぐ。

 カンカンに照っている太陽が私の目に光を送り届けた。

 眩しい。

 そして、暑い。

 まだ5月だというのに、私の額には少量の汗が額に張りついていた。

 ポケットからハンカチを取り出し、額についた汗を拭う。

 すると、私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 そちらの方に視線を向ける。

 声の主──くるみの方に視線を向けながら、私は彼女に文句を告げる。


「遅いですよ、くるみ。11時に集合って言ったのは貴女じゃないで……え」


 だが、私の文句は彼女の姿を見た途端、途中で途切れてしまった。


「……一体、どうしたのですか」


 そう言って、私はくるみの右腕を指差す。

 


 ──彼女の右腕には分厚い包帯が巻かれていた。


「なあ、ルナ」


 ロックゴレムを倒した翌日の早朝。

 俺──神永悠は魔女ルナと共に風の塔と呼ばれる場所に向かっている最中、とある森の中に立ち寄っていた。


「……」


「なあ、ルナ。聞いているか。おーい、ルナ」

 

 森の奥深く。

 そこにある樹木をルナはじっと見つめている。

 樹木の表面には人の顔のようなものが浮き出ていた。


「何か分かった事があるんだろ? そろそろ教えてくれないか? 俺もお前が何に気づいているか、薄々勘づいているから」


 そう言って、俺は人面樹を見つめるルナに声を掛け続ける。

 が、集中しているのか、彼女は俺の声に応えてくれなかった。


「………」


 昨日からずっとこうだ。

 茶髪の男性──ロックゴレムの中にいた男──が、樹木になるシーンを目撃してから、ずっと沈黙を貫いている。

 多分、樹木になる男の姿を見て、何かに気づいたんだろう。


(その気づいた『何か』を共有して貰いたいんだけどなぁ)


 そんな事を思いながら、人面樹を触ったり叩いたりするルナの姿を見守り続ける。

 彼女が口を開く瞬間を待ち続ける。

 だが、……


(……なんか調子狂うなぁ)


 長時間シリアスモードを保ち続けるルナを見て、俺はそんな事を思ってしまう。

 いや、ふざけている場合じゃないって事は俺にも分かるよ?

 HPゼロになったプレイヤーが樹木になるという新情報が出てきたし、もしかしたら今まで俺達が見かけていた人面樹ももしかしたらって思っているよ?

 でも、いつもニコニコ笑ったり、俺にセクハラしたりするルナが長時間シリアスモードを保っているのは、俺にとって違和感の塊であって。

 彼女まで真面目になってしまったら、空気が重くなる訳で。

 できれば、ルナにはいつもニコニコ笑ったりして欲しいと思っている訳で。

 あー、もう、何だろう。

 今の自分の気持ちを上手く言語化できない所為で、イライラする。


(俺の胸をルナの背中に押し当てたりしたら、いつもの調子に戻るのだろうか)


 そんな事を思いながら、俺は自分の乳房(むね)を見る。

 足下が見えない程、前に迫り出した大きな乳房(むね)を見る。

 

(……試してみる価値はありそうだな)


 そう思った俺は自分の乳房(むね)を押し当てるため、ルナの下に歩み──寄ろうとした所で、自覚した。

 自覚してしまった。

 無意識のうちに痴女染みた事をやろうとしている事を。


「ああああああああ!!」


 無意識だった。

 無意識のうちにルナの背中に自らのおっぱいを押し当てようとした。

 自分の乳房(おっぱい)を使って、ルナを誘惑しようとしていた。

 その事実に気づき、俺は自己嫌悪に陥ってしまう。


「どうしたんですか、ユウさん!?」


 突然、奇声を発したからだろう。

 両手で頭を抱える俺を見るや否や、ルナは心配そうな表情を浮かべる。

 俺はすぐさま『なんでもない!』と叫ぶと、真っ赤に染まった顔を両手で覆い隠した。


「いや、何かあったでしょ。何かあった時の叫びでしょ。なんでもなくはないでしょ」


「なんでもない! なんでもないから放っておいてくれ!」


「今の錯乱したユウさんを放置する事はできません。ユウさん、一体何が起き……、いや、何が起ころうとしているのですか」


「何も起きてないし、これからも起きる事はない! だから、安心してくれ!」


「いやいや、今のユウさんを見て、安心できる訳ないでしょう。ユウさん、正直に話してください。私でよければ、耳だけでなく、力もお貸ししますよ?」


「じゃあ、今すぐ俺のおっぱいを千切ってくれ!」


「どうしてですか!?」


「このままじゃ格好だけでなく、内面までも痴女になってしまう……! そうなる前に、早く俺のおっぱいを引き千切ってくれ……!」


「何に思い悩んでいるのか、さっぱり分かりませんが、ユウさんが痴女になろうが悪役令嬢になろうが、私はアナタを愛します! 愛し続けます! だから、そのたわわに実ったおっぱいを捨てようとしないでください!」

 

「頼む……! このままじゃ、男に戻るよりも先に俺は身も心も女に……いや、痴女になってしまう……! そうなる前に俺の胸を千切るんだ、早くっ!」


「幾ら愛する者の頼みとはいえ、それは聞き入れる事ができません! ユウさん、しっかりしてくださいっ! 正気を取り戻してくださーい!」


 俺の声とルナのバカ大きい声が深い森の中を響き渡──った直後だった。

 『助けて』という声が聞こえてきたのは。

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