(34)2025年8月10日 オレの敵と雌
息切れを起こしながら、敵──茶髪の男性はレア武器である弓── 天空の弓矢を構える。
俺は肩に突き刺さった矢を引き抜きながら、眉間に皺を寄せ、敵を睨みつけた。
「第1ラウンドはお前の勝ちだ……! だが、第2ラウンドはさっきみてぇに上手くいくと思うなよ……!」
そう言って、男は弓矢を投げ捨てる。
両手剣── 天空の両手剣を何処からともなく取り出す。
俺はそれを一瞥すると、茶髪の男性に尋ねた。
「なぜ俺達を狙う? そんなにレア武器が欲しいのか?」
「あん? お前らを狙う理由? そんなの、お前らが雌だからに決まっているだろ」
「は?」
「『この世界』に雌はいらねぇって言ってんだよ。雌の存在は全てを腐らせる。だから、オレが駆除してやってんだよ。『この世界』が永遠に続くように」
「………は?」
男が言っている事は突拍子のない事だった。
その所為で、俺は困惑してしまう。
だが、ルナは一切困惑していないのか、目の前の敵に疑問を投げかけていた。
「なるほど。私達魔女の目的は『この世界』の破壊。だから、アナタは私達魔女を排除しようとしているのですね」
「魔女? いいや、オレはそんなちっぽけな枠組みに囚われちゃいねぇ。オレの目的は雌の駆除だ。魔女だろうが、プレイヤーだろうが、雌の外見をしているヤツは全員ぶっ殺している。善悪問わずにな」
「……どうして、そのような事を。なぜアナタは女を憎んでいるのですか」
「オレが雌を憎んでいる? 違う違う。オレが雌を憎んでいるんじゃない。雌がオレを憎んでいるんだ」
「………」
敵の返答が予想外だったのだろう。
ルナの顔が困惑したものに成り果てる。
彼女が黙ってしまったので、代わりに俺が疑問を投げかけた。
『どういう意味だ』、と。
「小さい頃から雌はオレの敵だった」
そう言って、敵──茶髪の男性は語り始める。
自らの悲惨な過去を。
「……始まりは小学生の頃だった。帰りの会、とある女子が先生にチクったんだ。『先生! 掃除の時間、玲央君がサボってました! みんな頑張って掃除しているのに玲央くんだけサボって、いけないなって思いました』ってな」
「「………」」
「勿論、オレはちゃんと掃除したさ。なのに、早川はオレをサボり魔扱いしやがった。オレは反論した。そしたら、担任は何て言ったと思う? 『玲央くん、掃除はちゃんとしなきゃダメだよ』って言ったんだぜ。担任も雌だった。その所為で、男のオレの言う事よりも女子の言う事を信じやがった」
「「………」」
「それだけじゃねぇ。雌は中学になってからも言いがかりをつけやがった。オレは毎日風呂に入っているってのに、雌はオレの事を不潔だと言い放った。バイキン扱いして、オレの事を避けやがった」
「「………」」
「高校は男子校だったから雌はいなかった。だが、入った会社には雌がいた。そいつはオレが一生懸命仕事してんのに、先輩面して一々文句をつけやがった。『仕事が遅い』だとか、『何で同じ失敗しているの。前に教えたよね?』だとか、『この前辞めた人の方が仕事早かったよ』だとか、言ってオレを精神的に追い詰めやがった」
「「………」」
「だから、『この世界』──オレが理想とするリバクエの世界に来た時、こう思ったよ。『この世界』を完全なものにしよう。雌がいない、雄だけの世界にしようと。だから、オレは……」
「あ、あの」
「あん? どうした、そこの金髪」
茶髪の男性が俺の目を見る。
発言権を与えられたので、俺は聞きたい事を単刀直入に尋ねた。
「あんたが女を恨んでいる事は分かった。……でもさ、何で俺達、あんたに命狙われたんだ……? 俺達、あんたに何もしてねぇよな?」
「さっきから言ってるじゃねぇか、お前らが女だから殺そうと思った。女は『この世界』に必要ねぇ」
そう言って、茶髪の男性は憎悪を俺とルナに向ける。
彼の憎悪は本物だった。
それを見て、俺は思った。
そして、思った事をそのまま口にした。
「もしかして、あんた、本当に『俺達が女だから』って理由だけで命を狙っているのか?」
「あん? 何言ってやがる。さっきから、そう言っているだろうが」
不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、男は俺の言葉を肯定する。
それにより、俺達は理解させられた。
男が本気で俺達の命を狙っている事を。
「……アナタが女性に不当な扱いをされてきた事は理解いたしました」
俺の隣にいたルナが声を上げる。
「不当な扱いをされてきたアナタは被害者と言っても過言じゃないでしょう。ですが、それはアナタとアナタを不当な扱いをしてきた女性達の問題。私達には関係ありません。私達の命を狙うのはお門違いです」
凛とした声で、ルナは男に身体の正面を見せつける。
ルナの話を聞き流しているのだろう。
男はルナの言葉に特に反応を示さなかった。
「まだ私達の命を狙うのならば、私達は全力で争います。アナタを傷つけます。これは私達がアナタを忌み嫌っているからでも、私達が女だからじゃありません。命を狙われているが故の抵抗。──正当防衛です」
「ほら、それらしい事を言って、お前らもオレを傷つけようとしている。やっぱり、雌はオレの敵だ」
「ならば、アナタの信用を得るため、先ず私達から武器を下ろしましょう」
「命乞いしても、もう遅い。お前らはロックゴレムを倒した。『この世界』を維持するために必要なエネミーを、……ロックゴレムだけでなく魔王とヒュードラも倒しやがった。このままお前らを生かした所で、残った四天王が倒されるだけだろう。ならば、……」
「『この世界』を守るため、俺達を倒す。そう言いたいのか?」
当然だと言わんばかりの態度で茶髪の男性は鼻を鳴らす。
それを見て、俺達は戦いが避けられない事に気づかされた。
溜息を吐き出しながら、武器を構え──
「んあ?」
──ようとしたその時だった。
茶髪の男性が素っ頓狂な声を上げる。
その瞬間、彼は唐突に何の前触れもなく、両手剣を床に落とした。




