(31)2025年8月10日 ロックゴレムと中にいる人
◇
「ルナっ!」
ゴムのように伸びたロックゴレムの大きな腕が魔女ルナの身体を掴む。
その瞬間、ルナの身体は風船のように破裂した。
「ルナっ!?」
「安心して下さい、ユウさん」
背後から声が聞こえてくる。
振り返ると、下着しか身につけていないルナが俺の視界に映り込んだ。
「あれは囮用の空気人形。本物の私はアナタの背後にいます」
「なんで下着姿なんだよ!?」
「いや、脱ぐんだったら今のタイミングかなって」
「そんなタイミングは存在しないっ!」
「というか、こんくらいしないと、ユウさん、私の事を異性として見てくれないじゃないですか。見ろ! 私の半裸を! そして、眼に焼き付けるがいい! こっちは身体張ってるんだぞぉ!」
「空気読めっ! 今ボス戦だから! シリアスパートだから! TPOに合った行動と服装をしろ!」
「TPOに合った服装云々に関しては、ユウさんに言われたくないです!」
「仕方ないだろ! 防御力を求めた結果、この格好になってんだか……うおっ!?」
神殿の奥深くから岩の塊が飛んでくる。
それを目視するや否や、俺とルナは右に大きく跳んだ。
その瞬間、神殿の奥から再び岩の塊が飛んでくる。
「バカやっている場合じゃねぇ! ルナ、気を引き締めろ! あのロックゴレム、パターン通りに動いていない!」
「え、つまり、どういう訳ですか!?」
「あのロックゴレム、俺の予想が正しければ、中に人がいる……っ!」
ドシンという大きな音と共に俺達の身体が縦に揺れる。
すると、神殿の奥深くから全長10メートル程の巨岩が出てくる。
巨岩は辛うじて人の形をしていた。
脚は2本。
腕は6本。
2本の足で立ち、6本の腕を動かす様は何処かの仏像の様に神々しくて。
頭部に刻み込まれた幾何学的な紋章が禍々しい雰囲気を発していて。
神々しさと禍々しさを内包しているそれは、魔神と呼ぶに相応しい見た目をしていた。
『大当たりだ、プレイヤーネーム『ユウ』」
ロックゴレムの方から男の声が聞こえてくる。
聞き覚えのない声だ。
でも、声に僅かばかりの殺意を感じる。
『前回は殺しそびれたが、今回は確実に殺させて貰うぞ』
「ユウさん」
「ああ、分かっている」
持っている雷の棒を構え直す。
それと同時にロックゴレムが動いた。
ロックゴレムの6本の腕がゴムのように伸びる。
それを目視するよりも先に、俺達は前に向かって前進した。
「ユウさんはボス討伐に専念して下さい……! 私の方は私の力で何とかするんで……!」
「大丈夫なのか……!?」
「分かりません……! けど、やるしかないでしょう……!」
いつもみたいにルナは『安心してください』と言わなかった。
それが俺の不安を掻き立てる。
けれど、彼女を守りながら未知の敵と戦える程、俺は器用な人間じゃなかった。
「……3分」
「へ?」
「3分持ち堪えてくれ。その間に、俺がアイツを倒すから」
3分で倒す。
その発言が癇に障ったのだろう。
ロックゴレムの方から舌打ちする音が聞こえてきた。
「……分かりました。3分間、全力で逃げさせて貰います」
「ああ、頼んだ」
──それが開戦の狼煙だった。
闘いが始まる。
生存競争が始まる。
単純明快なデッドオアアライブが幕を開ける。
先ず動いたのは、ロックゴレムだった。
ロックゴレムの6本の腕から無数の石の飛礫が放たれる。
雷の棒を握り締めた俺は『ジャスト回避』を繰り出す事で、箒に跨ったルナは上空に浮上する事で、ロックゴレムが放った飛礫を回避した。
『先ずはお前からだ、魔女。──いい声で鳴いてくれよ』
ロックゴレムの中にいるモノの悪意がルナに向けられる。
ロックゴレムの中から聞こえて来た男の声は粘っこく、聞いているだけで不快感を抱いてしまった。
「──おい、ロックゴレム。お前の相手は俺だ」
雷の棒を握り締め、ロックゴレムの足下に向かって駆け出す。
俺を警戒していないのか、それとも俺がルナを守ると高を括っているのか。
ロックゴレムの中にいる何者かは、俺に注意を傾ける事なく、ルナに視線を傾け続けた。
「……っ!」
ロックゴレムの懐に入り込む。
すぐさま雷の棒を振る。
ロックゴレムの右脚目掛けて、雷の棒を思いっきり叩きつける。
瞬間、迸る雷。
雷はロックゴレムの身体の中に染み込むと、ほんの一瞬だけ、ロックゴレムをスタン状態に追いやった。
「── 肉山脯林。女体に囲まれるも華胥之夢」
ロックゴレムの動きが一瞬だけ止まる。
その間にルナは箒に跨ったまま上空で静止すると、何処からともなく取り出した大量の札を天目掛けて投げつけた。
「さあ、溺れろ──后宮十色花園幻象っ!」
天目掛けて投げつけられた大量の札が、ボンと破裂し、白い煙を撒き散らす。
すると、煙の中から箒に跨った大量のルナが次々に飛び出した。
『ちぃ……! 分身かよ……!?』
箒に跨った大量のルナの分身が上空を埋め尽くす。
その数は四十……いや、五十は優に超えている。
あの中から本物のルナを見つけるのは、かなり苦労するだろう。
そう思わせる程、彼女の分身の数は多かった。
『だが、広範囲攻撃をやれば、本体ごと分身を壊せ……』
「ルナに見惚れている暇はねぇぞ」
ロックゴレムの中にいるヤツに話しかけながら、俺は雷の棒を投げ捨てる。
そして、脳内ステータス画面からこないだ拾ったレアアイテム── 天空の剣を取り出す。
「──もう一度、言っておく。お前の遊び相手は俺だ」
そう言って、俺は天空の剣をロックゴレムの右脚に叩き込む。
クリティカルヒット。
天空の剣の刀身が光り輝いた途端、ロックゴレムの右脚は発泡スチロールの如く圧し折られた。




