(30)2025年8月10日 神殿と等価交換
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ジール村を発って、3日後。
山を越え、野を越え、山を越え、俺達はようやくロックシティに辿り着く。
だが、俺達はロックシティに滞在する事なく、岩の神殿──ロックゴレムの下に向かって歩き始めた。
ロックシティに滞在しなかった理由は至って明瞭。
用がなかったからだ。
必要な物資はジール村で補給した。
武器も素材もロックシティに向かう道中で掻き集めた。
そして、前日の野宿で身体と心を十二分に休めた。
ロックシティにわざわざ寄らなくても、準備万端。
なので、俺達はロックシティに寄る事なく、岩の神殿に向かって歩き始めた。
「今回のロックゴレムは無属性だ。だから、ヒュードラの時に使った戦法は通用しない」
「なるほど。こないだみたいに瞬殺できないって訳ですね」
俺の隣を歩く魔女ルナが相槌を打つ。
それを見ながら、俺は前を歩きつつ、淡々と頭の中で考えている事を口にする。
「ああ。だが、攻撃パターンをしっかり把握していれば、ノーダメで倒し切る事ができる。ヒュードラよりもロックゴレムは攻撃にクセがあるから、慣れればヒュードラよりも簡単に倒せる」
「で、今回も私はお留守番ですか」
「いや、それは危険だ。あの茶髪の男性──こないだ俺達を殺そうとしたプレイヤーが、いるかもしれない。だから、今回、ルナはロックゴレムの攻撃が届かない上空で待機してくれ。ほら、確か箒に乗って空を飛ぶ事ができるだろ?」
「確かにできるっちゃできますけど、……あれ、かなり魔力消費するんですよ」
「10分以内に終わる。その間、我慢してくれ」
ロックシティから岩の神殿までの距離は思っていたよりも近かった。
たった徒歩1時間程度で、俺達は岩の神殿前まで辿り着く。
案の定と言うべきか。
岩の神殿はゲームで見たモノと同じデザインをしていた。
古代ギリシャの神殿をモチーフにしたであろう岩で造られた建物。
神殿らしい荘厳さを兼ね揃えたデザインが、モンスターの到来を予期させる。
「む。この音は、……モンスターの足音でしょうか」
そう言って、ルナは狐耳を神殿の方に傾ける。
彼女の言う通り、微かにではあるが、ズシンという重々しい音が聞こえてきた。
「多分、この音はロックゴレムの足音だ」
「となると、他のプレイヤーはロックゴレムを倒してないみたいですね」
「ああ、そうみたいだな」
「……ユウさん」
「どうした」
「……お尻、揉んでもよろしいでしょうか」
「そろそろ来ると思ってたよ!」
鼻息を荒上げるルナの脳天目掛けて、チョップを繰り出す。
彼女はヒョイっと俺のチョップを避けると、俺の下半身に視線を向けた。
「前の衣装はロングスカートだったので分かりませんでしたけど、ユウさんのお尻プリップリですね。お尻大き過ぎる所為で、ホットパンツからギチギチっていう悲鳴が聞こえていますよ。私の小さな手で揉んだら、尻肉が掌から溢れてしまいそうです」
「やめろっ! そんな事言われたら、この服着れなくなるだろうがっ!」
「はっ、すみません! ついセクハラしてしまいました!」
「セクハラって、『つい』でやるモノなのかなぁ!?」
「すみません、ユウさんのプリップリのお尻を見ていたら、つい性欲が昂って……んじゃあ、失礼します」
「おい、失礼するな。俺の身体に手を伸ばそうとするな。触ろうとするな。オッケー出した覚えねぇぞ」
「なら、等価交換しましょう」
「は? 等価交換?」
「私の胸を揉ませてあげますから、ユウさんの尻を揉ませてください!」
「それでオッケー貰えるとでも!?」
「ふっ、手応えあったぜ」
「一体どの辺に手応えを感じたんだ……!?」
「んじゃあ、失礼つかまつる」
「つかまつるな!」
ルナの脳天目掛けてチョップ。
彼女の口から『こーん!』という奇声が発せられた所で閑話休題。
本筋である岩の神殿攻略を始める。
と言っても、特筆すべき事は何一つない。
地下水殿と同じく、岩の神殿もゲームでプレイしたものと同じだった。
ダンジョンの構造も、モンスターが湧くポイントも、そして、宝箱が置いてある場所も。
そのお陰で、道に迷う事なく、モンスターに遭遇する事なく、難なく最深部まで辿り着く事ができた。
「んじゃあ、扉を開けた瞬間、ルナは上に浮上。俺がロックゴレムと闘っている間、上空で待機しといてくれ」
4階と5階を繋ぐ階段を上りながら、ルナは俺に指示を送る。
「あいあいさー! 私は上空でユウさんの勝利をお祈りいたします!」
そうこう話ししている間に、俺達は5階に辿り着く。
元気良く俺に返事するルナを眺めながら、俺は大きな扉を開ける。
扉を開け、神殿の最深部──ロックゴレムの下に向かって歩き始める。
扉の向こう側に足を踏み入れたその時だった。
──無数の岩の飛礫が飛んできたのは。
「なっ……!?」
ゲームの時とは違う展開。
それにより、俺は一瞬動揺してしまう。
けれど、動揺したのは一瞬だった。
「ルナっ!」
「ええ、分かっていますとも!」
迫り来る無数の岩の飛礫。
それに怯む事なく、俺もルナも前に向かって駆け出す。
ルナは何処からともなく箒を取り出しながら、俺は脳内ステータス画面から雷の棒を取り出しながら、前に向かって前進する。
先ず動いたのは、ルナだった。
中に入るや否や、ルナは箒に跨る。
上空に向かって浮上し始める。
俺はそれを見届けると、飛んできだ無数の飛礫を『ジャスト回避』で躱した。
(パターンにない攻撃……! となると、今、ロックゴレムを動かしているのは……!)
ルナが上空へと浮上する。
ロックゴレムの攻撃が当たらない場所まで浮上しようとする。
だが、それをロックゴレムの中にいる『誰か』が赦さなかった。
「ルナっ!」
『誰か』の存在を感知した途端、すぐさまルナの名を呼ぶ。
その瞬間、ゴムのように伸びたロックゴレムの大きな腕がルナの身体を掴んだ。




