(26)2025年8月7日 温泉と言質
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「ユウさん、ユウさん! この宿、温泉ついているみたいですよ!」
ジール村の宿に辿り着いた俺は、今晩の宿の代金を宿を経営している女の人に渡す。
彼女もNPC化した元人間なんだろう。
他の宿の店主と同じく、彼女は『はーい』と『ジール村の宿にようこそ! この宿は10ラピで泊まれるよ!』と『ありがとう!』以外の言葉を喋らなかった。
「へぇ、そうなんだ」
20ラピを女の人に渡し、部屋の鍵を2つ受け取った後、隣にいるルナに視線をやる。
彼女はクンクンと鼻を鳴らすと、硫黄の臭いを鼻腔に入れ込んでいた。
「ユウさん、一緒に温泉入りましょうよ! 女の子の身体の洗い方、丁寧に教えてあげますから!」
「いや、一緒って、……ここ混浴なのか? 混浴じゃなかったら、普通に俺、男湯に入るけど」
「え、男湯に入るのですか。そんなデッケェおっぱいぶら下げているのに?」
そう言って、ルナは俺の胸を指差す。
彼女が指差した先──俺の胸には、少し身を揺らすだけで、ぷるんと震える乳肉がぶら下がっていた。
「いや、今の状態で男湯に入るのはやめた方がいいですよ。今のユウさん、歩く猥褻物ですから」
「誰が歩く猥褻物だ」
「その状態で男湯に入ったら大変な事になりますよ、色んな意味で。ユウさんと同じように自分の意思で動く人と男湯に鉢合ったら、どうするつもりですか。今のユウさん、すっげぇエロい身体しているから、間違いなく犯されますよ」
「………」
……男に犯される自分の姿を想像してみる。
心の底から嫌だと思った。
「ていうか、仮に犯されなくても、その状態で男湯に入るのは非常識です。中身が男だったとしても、今のユウさんは女体ですから、女湯に入るべきかと」
「だ、だったら、俺は温泉に入らな……」
「いいんですか。今なら合法で女湯に入れますよ」
……ルナの指摘が俺の心を僅かに揺さぶる。
確かに女湯に入りたいよ?
でも、俺の中身は男。
女湯に入るのは倫理的にダメというか何というか。
「一糸纏わぬ私の姿、見る事ができますよ?」
そう言って、ルナはローブの下に隠れた自らの胸を揺らす。
ローブ越しでも分かる程に大きな彼女の胸が、俺の視線を引き寄せた。
……俺の男心が『彼女の胸を見たい!』と訴える。
けど、寸前の所で堪える事ができた。
「い、いい。お前1人で入って来いよ。お、俺は部屋で待っとくから」
そう言って、俺は本日泊まる部屋に向かおうとする。
すると、ルナは言った。
『だったら、私も温泉入りません』、と。
「え、どうして。1人で入って来いよ」
「いや、ユウさんが入らないんだったら、入る事ができません。ほら、私って、管理者を名乗る陰キャ女の所為で、お尋ね者扱いされているじゃないですか」
「あー、そういや、そうだったな」
今更ながら思い出す。
彼女──正確に言えば、魔女達が指名手配犯になっている事を。
ルナに懸賞金5万ラピがかけられている事を。
他のプレイヤーから狙われる立場である事を。
俺は今更ながら思い出してしまう。
「ユウさんが隣にいない状況で他のプレイヤーに襲われたら、自衛できずにやられるのは火を見るよりも明らか。ほら、私の魔法って『この世界』のモンスターや人に通用しない事が判明したじゃないですか。故に、ユウさんが温泉に入らないと私も温泉に入れないのです。いざという時に自衛できなくなるので」
「じゃあ、ルナが温泉入っている間、俺は更衣室で待って………」
「一緒に温泉入りましょう。そうじゃなきゃ、私は温泉に入れません」
「いや、でも、……」
「お願いします! 温泉一緒に入ってください! 久しぶりに湯船に浸かりたいんですぅ!」
そう言って、ルナは俺に頭を下げる。
その姿を見て、俺はつい言い淀んでしまった。
「安心してください! 温泉入っている間、ユウさんの裸見ないようにするので! ユウさんにセクハラとか一切しないので! 私の裸をユウさんが見ても、『きゃー! えっち!』みたいな事を言って、揶揄わないので! だから、どうかお願いします! 私と一緒に温泉入ってくださーい!」
頭を下げながら、ルナは俺に懇願する。
本当に湯船に浸かりたいのだろう。
彼女の是が非でも温泉に入りたいという熱意を感じ取ってしまう。
その熱意にやられたのだろう。
つい俺は無意識のうちに首を縦に振ってしまった。
彼女の勢いに呑まれるがまま、つい言ってしまった。
『わ、分かったよ』と、つい言ってしまった。
「よっしゃ! 言質取りました!」
そう言って、ルナは嬉しそうにガッツポーズを披露する。
その姿を見て、俺は思った。
思ってしまった。
『……え、俺、今から女湯に入るの?』、と。




