(25) 2023年7月中旬 誰も踏み込めぬ理想郷(2)/2025年8月7日 衣替え
─────『誰も踏み込めぬ理想郷(2)』─────
◆side:瑠璃川桜子 2023年 7月中旬
「何で私に声を掛けたんですか」
公園で出会った女の子──瑞稀くるみの家に上がり込む。
彼女の家は一軒家だった。
新品同然だったので、恐らく築年数はそこまで経っていないんだろう。
自分の靴を並べ、短い廊下の上を歩き始める。
親はいないんだろうか。
彼女の家の奥から足音は聞こえてこなかった。
「楽しくなさそうだった」
「は?」
くるみの返答を聞きながら、私はリビングに足を踏み入れる。
リビングは片付いていた。
ロボット掃除機が闊歩できるよう、床にモノを置かないようにしているのだろう。
床にはモノどころか埃一つ落ちていなかった。
リビングを一望する。
ソファー、ダイニングテーブル、そして、テレビ。
それ以外の家具や電化製品は置かれていない。
ロボット掃除機は隣の部屋に置かれているのか、リビングに隣接している部屋の扉は開けっぱなしになっていた。
「お姉ちゃん、つまらなそうにブランコ漕いでいたじゃん。だから、声掛けたの」
「……そんな理由で声を掛けたんですか」
「ん、そうだよ」
「私が悪い人だったら、どうするつもりでしたか」
「悪い人はあんな暑い所でブランコ漕いだりしないよ」
訳の分からない持論を述べながら、くるみはリビングに置かれている大型テレビの下に駆け寄る。
そして、テレビ台の中からゲーム機本体とコントローラーを取り出すと、満面の笑みを浮かべた。
「ねぇ、お姉ちゃん。『リバクエ』なら、楽しいが一杯あるよ」
そう言って、彼女は私にコントローラを投げ渡す。
私はそれを難なくキャッチすると、眉間に皺を寄せながら、尋ねた。
「そもそも、リバクエって何ですか」
「え、お姉ちゃん、『リバースクエスト』知らないの?」
「知らないですよ。生まれて初めて聞きました」
「リバクエってアレだよ。アイナ姫とか出てくるアレだよ。アレして、アレして、アレするゲームだよ」
「いや、その説明じゃ、どういうゲームなのか分からないんですけど、……そもそも、ゲームって楽しいモノなんですか?」
「え、お姉ちゃん、ゲームやった事ないの?」
「小学生の頃、友達の家で少しやった事があります」
「じゃあ、家にはゲーム機がないんだ」
「ええ、父も母もテレビゲームを嫌っていますから」
「えー、勿体ない。あんなに楽しいのに」
そう言って、くるみはゲーム機とテレビの電源を入れる。
そして、私にソファーに座るよう促した。
「じゃあ、此処で楽しいを一杯補給しなよ。そうしたら、お姉ちゃんも笑えるようになるから」
「………」
満面の笑みを浮かべる彼女を眺めながら、私はゲームコントローラを握り締める。
彼女の言っている事はよく分からなかったけれど、彼女の優しさだけは私の身体の中に染み込んだ。
◇
『この世界』に来て、約1週間。
水の四天王ヒュードラを討伐して、4日程経ったある日の夕暮れ。
「うおおおおおおおおお!!!!」
ジール村の鍛冶屋から出た途端、魔女ルナが奇声を発する。
彼女は俺の新衣装を見るや否や、興奮した様子で鼻息を荒上げていた。
「……っ! ……っ!」
ルナの視線が露出した二の腕や胴回り、そして、太腿辺りに突き刺さる。
その視線を感じる度、喩えようのない羞恥が俺に襲いかかった。
「うおおおおお!!! 前の衣装よりも露出度高まってるぅぅうううう!! うおおおおおおお!!!! セクシィィイイイイイ!!!!」
ルナの言う通り、俺の新しい衣装──ヒュードラの素材を元に造られた防具は、前着ていた花嫁衣装よりも露出度が上がっていた。
「……っ! ……っ!」
羞恥心を抑える事ができず、俺はつい左腕で胸の谷間を、右腕で露出している臍を覆い隠す。
だが、俺の両腕で隠すには露出が多過ぎた。
その所為で、細いながらもムチムチしている太腿が隠し切れていない。
顔の温度が急上昇してしまう。
恥ずかしさに耐え切れず、俺は頬を真っ赤に染めてしまう。
……ああ、防御力が高いからという理由で、この装備を選ぶべきじゃなかった。
数刻前の自分の選択を悔やみながら、ルナの方に視線を移す。
すると、ルナの瞳に映る自分の姿を目視してしまった。
腰まで伸びた艶のある金髪。
真っ赤に染まった可憐な顔。
ヒュードラの鱗を模したショートジャケット、そして、胸に巻き付いた白い布以外何も纏っていない上半身。
布面積が足りない所為で、胸の谷間と臍周りが露わになってしまっている。
両腕にはヒュードラの骨を素材に造られた手甲。
股間周りはヒュードラの皮を素材に造られたホットパンツしか纏っておらず、その所為で太腿が完全に露出してしまっている。
そして、脛周りを覆うヒュードラの角で造られた足甲。
うん、何度見ても露出度が高過ぎる。
露出度が高過ぎる所為で、胸の谷間も、くびれている腰回りも、ムチムチした白い太腿も、外気に曝け出してしまっている。
まるで痴女……いや、痴女そのものの格好だ。
そんな格好を自分がしている事実に耐え切れず、俺は羞恥心を抱いてしまう。
「くびれている腰回りがセクシー過ぎます! それに太腿……! 今までロングスカートで見えなかったんですが、こんなムチムチしているとは! 身長が高い所為で、一見、細そうに見えますけど、太腿がちゃんと太腿してる……! 膝枕したら、永遠に眠ってしまいそうなくらい柔らかそう……! ああ、本当、セクシー! 露出しているお臍を今すぐペロペロしたい!」
そんな俺を見て、ルナは鼻息を荒上げる。
興奮した様子で熱っぽい視線を俺に浴びせる。
その視線が俺の羞恥心を大いに煽った。
「……む」
「え、今なんて仰いました?」
「……頼むって言ったんだよ」
真っ赤になった顔を右手で隠しながら、俺は視線を明後日の方に向ける。
そして、か細い声を発すると、ルナに懇願してしまった。
「頼むから、俺を見ないでくれ……その、恥ずかしいから」
俺の口から出た言葉。
その声色は、いつもの俺のものじゃなかった。
雌々しいものだった。
そんな声を自分が発したかと思うと、またもや羞恥心が刺激される。
俺の男の部分がゴリゴリ削れる。
けれど、見ないでくれ発言を撤回できる程、今の俺に余裕なんてものはなかった。
「か、かわいい……!」
そんな俺を見て、ルナは目にハートマークを浮かび上がらせる。
そして、荒々しく鼻息を荒上げると、俺との距離をじわりじわり詰め始めた。
「もう我慢できません……! 据え膳食わぬは何とやら! 私はチャンスを逃さぬ女! うおおおおおお!! 今からユウさんの初めてを奪ってやら、……あいたぁ!」
今にも襲いかかってきそうなので、ルナの脳天目掛けてチョップを繰り出す。
軽く叩いたにも関わらず、彼女は『あいたぁ!』と叫ぶと、大袈裟に痛がった。




