(19)2025年8月2日〜8月3日 人に限りなく近い樹木と地下水殿
◇
「すみません、無理でしたぁ!」
ダール町。
そろそろ空が茜色に染まり始める頃。
鍛冶屋で用を済ませた俺──ユウは魔女ルナと合流した。
「数時間かけて調べたけど、NPCみたいな人達の正体を暴く事ができませんでしたぁ! 私は無能な豚です! ぶひぃ!」
合流するや否や、魔女ルナは泣きべそを晒す。
めちゃくちゃ自信あったんだろう。
彼女は悔しそうに涙を流しながら、地団駄を踏んでいた。
「き、気にするなよ。分からない事が分かっただけで、一歩前進だ」
「私的には一歩じゃなくて、一気にゴールまで辿り着いて、ユウさんに『こやつ……! できる……!』みたいな事を思われたかったんですぅ! でも、分かった事と言えば、あのNPCみてぇな人達の身体が樹木でできている事くらい! それ以外の事は何一つわかりませんでしたぁ!」
「おい、待て。なんか重要そうな情報がサラッと出てきたんだけど。樹木でできているってどういう事だ」
聞き逃したらいけない情報がサラッと魔女ルナの口から出てくる。
彼女は『はい?』と首を可愛らしく傾げると、俺の疑問に答え始めた。
「言葉通りの意味ですよ。あのNPCみたいな人達の身体は、樹木でできています」
「樹木でできているって、……じゃあ、ここにいるNPCみたいな人達は人間じゃないのか?」
周囲にいる人達──NPCのように同じ言葉を延々と繰り返す村人を見ながら、俺は首を傾げる。
「私の見解が正しければ、ここにいるNPCみたいな人達は人間じゃありません。人の形をした樹木……いえ、限りなく人に近い樹木と表現したらピンと来るでしょうか」
人に近い樹木。
その言葉を聞いて、俺は思い出す。
昨日見た人面樹の群れを。
「……昨晩見た人面樹と何か繋がりはあるのか?」
「現時点では不明です。もしかしたら繋がりがあるかもしれませんし、繋がりなんてないのかもしれません。この時点で私が言える事は、二つだけ。一つは、あのNPCみたいな人達の皮膚、内臓、筋肉、そして、骨。それら全てが木でできている事。そして、もう一つは『ユウさん! 今からベロチューしませんか!? ぐへへへ!』だけです」
「ベロチューの下り必要ねぇよな?」
「すみません。ユウさんの唇を見ていたら、ついムラムラしちゃって」
「………」
「ああ! 無言で後退しないで下さい! それ、地味に傷つきますからぁ!」
「いや、身の危険を感じたので、つい」
「大丈夫です。私、サクランボの茎を舌で結ぶの激うまですから」
「何処に安心する要素があるんだ、それ」
「安心してください、天井のシミを数えている間に全て終わらせますから」
「いや、ここ野外だから。天井ねぇから。終わらせるつもりねぇだろ、お前」
「あのー、すみません。本筋から逸れちゃったので、話を元に戻してよろしいでしょうか」
「話逸らしたの、お前だろうが」
魔女ルナがコホンと咳払いした所で閑話休題。
話が本筋に戻──
「ユウさん、めちゃくちゃいい匂いしますね。お胸の谷間に顔を突っ込んで、クンカクンカしてもよろしいでしょうか」
「違うだろ、話の本筋はそっちじゃないだろ」
「すみません、つい欲望に流されてしまいました」
魔女ルナがコホンと咳払いした所で閑話休題テイク2。
今度こそ話が本筋に戻る。
「調査した結果、分かった事は一つだけ。『このNPCみたいな人達の身体が木でできている事』。それ以外の事は一切分かりません。ですが、私の経験上……」
「ですが? 私の経験上?」
「……いえ、今はやめときましょう。何も分かっていない状況で根拠なき推測を述べても、混乱を与えるだけだと思うので」
そう言って、魔女ルナは首を横に振る。
一瞬、ほんの一瞬だけ、彼女は少しだけ険しい表情を浮かべていた。
それを見て、俺は何となく察する。
彼女の言う『根拠なき推測』が俺に混乱だけでなく、不安を与えるものである事を。
(……もしかしたら、俺が思っている以上にヤバイ状況なのか?)
冷たい汗が背中を伝う。
そんな俺を嘲笑うかのように、茜色に染まり始めた空が『もうそろそろ夜が訪れるぞ』と囁いた。
◇
翌日の昼。
ダール町の宿で一泊した俺と魔女ルナは、野を越え、山を越え、川を越える。
川を越えた先にある大きな建造物前──地下水殿前まで辿り着く。
「此処が地下水殿ですか」
地下水殿と呼ばれる建物はゲームと同じ有様だった。
一言で有様を説明すると、古びた石でできた建造物。
出入り口部分の通路は蔦や植物で覆われており、濃い緑の香りが地下水殿の奥の方から漂っていた。
(着くまでに結構時間かかったな。ゲームだと、1時間も経たないくらいで着くのに)
一人称と三人称、……いや、『この世界』がゲームと違う事を改めて実感しながら、俺は息を短く吐き出す。
恐らく無駄に広くなった『この世界』と同じように、この地下水殿も無駄に広くなっているのだろう。
『攻略するのに時間かかりそうだな』と思いつつ、魔女ルナの方を見る。
彼女はのほほんとした表情を浮かべながら、『うわー、攻略するのに、かなり時間がかかりそー』みたいな事を呟いていた。
「人の気配はしないみたいですね。どうします、ユウさん。また魔王の時みたいに『すり抜けバグ』使いますか?」
「いや、すり抜けバグは使わない。というか、『この世界』になってから、もう3日目だ。誰かが先に水の四天王──『ヒュードラ』を倒しているかもしれない」
欠伸を浮かべながら、魔女ルナの疑問に答える。
やる気があんまりない俺を見て、不審に思ったのだろう。
魔女ルナは狐耳をピコンと動かしながら、首を横に傾けた。
「魔王の時と比べて、あんまりやる気を感じませんね。どうしてですか?」
「そりゃあ、1000時間以上もリバクエをプレイした俺にとってボスってのは、『早く』倒さなきゃいけない存在だ。俺にとってボスって存在は倒して当たり前の存在だから、倒すって目標だけじゃ、ちょっと燃え上がらないというか何というか」
そう。
リバクエを1000時間以上プレイした俺にとって、四天王という存在は倒して当たり前の存在。
サンドバッグみたいなものだ。
行動パターンも攻撃パターンも丸暗記しているから、ダメージを負う事は殆どない。
時間をかけ、且つパターン通りに動けば、必ず倒せる存在。
だから、魔王の時みたいに『早く倒す事』を優先しなければ、確実に倒せる相手。
油断や慢心等しなければ、確実に勝てる強敵。
というか、『ヒュードラ』は四天王の中でも一番弱いから、もうとっくの昔に討伐され……
「クォォオオオオオオオオ!!!」
地下水殿の奥の奥。
そこから聞き覚えのある鳴き声が聞こえてくる。
それを聞いた瞬間、魔女ルナが俺の方に視線を向けた。
「ユウさん」
「ああ、生きているみたいだな」
水の四天王──『ヒュードラ』が生きている事実を俺達は噛み締める。
どうやら他のプレイヤーは『ヒュードラ』を倒さなかったらしい。
或いは、倒せなかったか。
どちらにせよ、此処に来たのは無駄足じゃなさそうだ。
「………」
俺の中にあるゲーマーとしての部分が微かに刺激される。
それを感じ取ったのか。
地下水殿の奥の奥にいる『ヒュードラ』は威嚇するかのように再び鳴き声を上げ始めた。




