(18)2025年8月2日 こんがり肉と調査
◇
昼過ぎ。
ゴブリンやスライム等を倒しつつ、森の中を移動していた俺と魔女ルナは、なんとか目的地である『ダール町』に辿り着いた。
「……ついにアレをやるんですね」
「ああ、アレをやるぞ」
そう言って、俺達は目の前にある鍋(点火済み)を見つめる。
ダール町の宿屋の前にある大きな鍋。
何の変哲もない鉄でできた鍋は、焚き火によって熱されていた。
『オレはいつでもいけるぜ』と言いたげな鍋を見つめながら、俺は脳内ステータス画面を開く。
そして、脳内ステータス画面のアイテム欄の中に収まっている生肉×2を取り出した。
「よし、鍋に入れるぞ」
脳内ステータス画面から取り出した途端、両掌の上に生肉2個が乗っかる。
掌に生肉2個の重みを感じると同時に、俺は魔女ルナの返事を聞く事なく、生肉2個を鍋の中に放り込む。
その瞬間、何処からともなく軽快な音楽が聞こえてきた。
「おお! ユウさん! 天から聞こえてきます! リバクエで料理を作る時に流れる、あの曲が!」
どうやら軽快な音楽は俺だけじゃなく、彼女にも聞こえているらしい。
リバクエプレイ済み(プレイ時間は50時間未満らしい)である魔女ルナは、ゲームで聞いた事がある音楽を聞くや否や、満面の笑みを浮かべる。
彼女の感情の動きに連動しているのだろう。
彼女の頭頂部に生えている狐耳は、ピコンと嬉しそうに動くと、軽快な音楽に合わせて、ピコンピコン動き始めた。
(あのピコンピコン動く狐耳、どういう仕組みで動いているんだろう)
知的好奇心が刺激される。
触ってみたいと思ってしまう。
リズミカルに動く狐耳を見て、つい触れてしまいたいと思ってしまう。
「あ! 出来上がったみたいです!」
だが、軽快な音楽が鳴り止むと同時に、魔女ルナの狐耳はピクリとも動かなくなった。
ピコンピコン動く狐耳を触りたかったなと思っていると、『こんがり肉×2ができあがった!』の文字が脳内に表示される。
速攻で脳内ステータス画面を弄ると、アイテム欄に『こんがり肉×2』が追加されていた。
「よし、昼飯出来上がったぞ」
脳内ステータス画面から『こんがり肉×2』を取り出す。
すると、漫画やアニメでよく見る骨付き肉二つが、俺の両掌に乗っかった。
「うわあ! 出やがりましたね! 漫画肉!」
魔女ルナの頭頂部に生えている狐耳が再びピコンと揺れる。
嬉しそうに頬を緩める彼女を見ながら、『こんがり肉』を一つ彼女に分け与えた。
「ほらよ、冷めない内に食べな」
「わーい! ありがとーございまーす!」
お礼の言葉を告げながら、こんがり肉に勢い良く齧り付く魔女ルナ。
小さな口で骨付き肉に齧り付く彼女の姿は、親から与えられた餌を頬張る雛鳥みたいで可愛らしくあるも野生味溢れるものだった。
「はむはむ、むぅ……これは!」
リスみたいに頬を膨らませながら、肉を咀嚼する魔女ルナ。
彼女は口の中にあった肉を咀嚼し終えると、嬉しそうな表示を浮かべながら、味の感想を述べ始めた。
「ほのかに口の中に広がる塩味、迸る肉汁、そして、表面はカリッと、中はやわとした食感! うん、デリシャス! とてもワイルドな味です! 塩か胡椒があったら、もっと美味しくいただけたかも!」
そう言って、魔女ルナは再び肉に齧り付く。
そんな彼女を眺めつつ、俺も持っている『こんがり肉』に齧り付いた。
カリッとした食感と噛んだら溶けてしまいそうな程に柔らかい肉の感触が、俺の口内を愉しませる。
口内で弾ける肉汁を堪能しながら咀嚼。
微かに感じる塩味──素材元来の味が舌の上で踊る。
美味しい。
けれど、何か物足りない。
魔女ルナの言う通り、塩か胡椒があったら、より美味しく食べられたかもしれない。
(でも、この辺り岩塩入手できる場所がないんだよなぁ)
『今度、こんがり肉を作る時までに岩塩入手したいな』と思いつつ、俺は肉を食べる、食べる、食べ続ける。
すると、こんがり肉を半分程食べ終わった魔女ルナが俺に話しかけてきた。
「どうやら、この街にいる人達もNPCみたいですね」
周囲にいる人達を眺めつつ、魔女ルナはボソッと呟く。
彼女の言う通り、街にいる人達はNPCのように同じ言葉を繰り返していた。
その姿を見て、思い出す。
ニシノハテ村で出会った桜田花子──俺の家の隣に住んでいる幼馴染の姿を。
『ここはニシノハテ村だよ!』と延々呟く彼女の姿を。
彼女と同じように、この村にいる人も同じ言葉を延々と繰り返し呟いていた。
「どうしてユウさんは自由に動けて、あの人達は自由に動けないんでしょう。何か違い、……いや、差があるのでしょうか」
「分からね。俺達以外に自由に動けるヤツにも、まだ会っていないし。もしかしたら、俺とお前以外に自由に動けるヤツなんていないかもしれない」
こんがり肉を齧りながら、ダール町にいる人達を見つめる。
彼等は歩きながら、同じ言葉を延々と呟き続けていた。
まるでゲームに出てくるNPCみたいに。
ニコニコ笑いながら、独り言をブツブツ呟く彼等の姿は不気味以外の何物でもなかった。
「ユウさん、この後の予定は」
そんな彼等を眺めていると、魔女ルナから疑問の言葉を投げかけられる。
俺は口の中に入っていた肉を呑み込むと、ゆっくり彼女の疑問に答えた。
「とりあえず、鍛冶屋に行くつもりだ」
「その後は。今日は移動は無しですか」
「この町の宿屋で寝泊まりする。地下水殿探索は明日の昼から行う予定だ」
「なるほど。じゃあ、調べる時間は沢山あるって事ですね」
「調べる? なにを?」
「そりゃあ、NPCみたいになっている人達ですよ」
そう言って、魔女ルナは唇についた肉汁を舌で拭い取る。
めちゃくちゃ自信があるのだろう。
『ドヤァ』という擬音が今にも聞こえてしまいそうなドヤ顔を彼女は俺に見せつけた。
「私は最も大魔女に近いと噂される優秀かつ可憐な魔女。ユウさんが鍛冶屋に行っている間に、このNPCみたいな人達の正体を暴いてみせましょう」




