(13)2025年8月1日 リュドラと逃走
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リュドラ。
蜥蜴の頭、虎のような胴体、コウモリの翼、鶏のような一対の脚、そして、ヘビの尾が特徴的なリバクエに出てくるモンスター。
ワイバーンを想起させる外見をしており、主な攻撃方法は突進と蹴り、そして、尻尾による殴打。
リバクエでは、フィールドの大型徘徊系モンスターとして登場しており、HPは大型モンスターであるため、同じ徘徊系モンスターであるゴブリンやスライムよりも多い。
ちゃんとした武器、ちゃんとした装備、そして、敵の攻撃パターンさえ知っていれば、苦戦せずに倒せる敵。
リバクエ中級者或いは上級者なら、数分かからずに倒せる敵。
でも、ちゃんとした武器、ちゃんととした装備、そして、敵の攻撃パターンさえ知らない初心者にとっては凶悪としか言いようのない敵が、俺と魔女ルナを見下ろしていた。
「逃げるぞっ!」
振り返り、魔女ルナの下に駆け寄る。
彼女は『はい!』と言った途端、俺の姿を見る。
そして、顔をリンゴみたいに真っ赤に染めると、俺の身体を指差した。
「ちょ、ユウさん! 服着てください! 服! お胸バインバイン揺れて、エッチい事になっています! てか、下着エロ! めちゃどエロ! え、そんな布面積少ないブラ着けてたんですか!? 超エッロ!」
そう言って、『きゃああ!』と嬉しそうな悲鳴を上げる魔女ルナ。
俺は今の自分の姿──エッチい下着しか身につけていない女体を一瞥すると、頭から火が出ていると思うくらい顔の温度が急上昇してしまった。
「〜〜〜〜!!」
慌てて脳内ステータス画面を開く。
装備欄にある『囚人の花嫁衣装』を選択する。
『装備しますか?』の一文が浮かび上がったので、すぐさま装備するを選択した。
俺の身体が花嫁衣装に似て非なるモノを身に纏う。
花嫁衣装にしては露出が多過ぎる衣服が、下着しかみにつけていない俺の身体に纏わりつく。
その瞬間、俺は何処からどう見ても、痴女みたいな格好に成り果てる。
胸の谷間は丸見え、萌え袖と呼ばれるモノが腕部分を彩り、白いスカートが下半身を覆い尽くす、そんな痴女としか例えようのない格好に成り果てる。
「………」
……元々着ている衣服もアレだった。
下着姿で恥ずかしがっていたけど、この格好もこの格好で超やべえ。
次の町に着いたら、防具屋でまともな装備を買おうと思いつつ、俺は魔女ルナの下に駆け寄る。
それと同時に、リュドラが河原に着地した。
「ぎゅるあああ!」
叫び声を上げると同時に、リュドラは俺達に向かって突進を仕掛ける。
俺はその姿をチラ見すると、顔を真っ赤に染めている魔女ルナの手を引き、森の中に向かって駆け出した。
「リュドラの攻撃パターンは、突進と蹴り、そして、尻尾による殴打! 鳴き声を上げた後、あいつはプレイヤーに攻撃を仕掛けてくる! だから、鳴き声に注意しつつ、逃げてくれ!」
「え、倒さないんですか!?」
「倒しても旨みがない! あいつを倒した所で得られるのは、僅かばかりの金と素材だけだ! それに今の俺の武器は木の棒だけ! 今の俺がアレを倒そうとしたら、かなりの時間と労力を浪費してしまう!」
倒そうと思えば、今の状態でもリュドラを倒す事ができる。
ジャスト回避とカウンターラッシュを駆使すれば、木の棒だけでも倒す事ができる。
時間と労力さえ惜しまなければ、一応、倒す事ができる。
だが、そんな事をしても、時間と労力の無駄だ。
リュドラの素材は今後の四天王戦で使い物にならないし、金目的でアレを狩るくらいなら、ゴブリン数頭狩った方が遥かにマシだ。
そう判断した俺は魔女ルナの手を引き、リュドラから逃げようとする。
森の中に入り込む事で、追っかけてくるリュドラを撒こうとする。
だが、リュドラは執念深く俺達を追いかけ続けた。
「ぎゅああああ!」
木々の合間を駆け抜けながら、俺達は走る、走る、走り続ける。
そんな俺達の後をリュドラが追いかける。
けれど、リュドラよりも俺達の足の方が圧倒的に速かった。
(よし、これなら逃げられる……!)
『この世界』はリバクエと大体同じだ。
リバクエ同様、『この世界』にはスタミナという概念がない。
だから、常に全速力で走る事ができる。
逃げに徹すれば、鈍足のリュドラから逃げ切る事ができ──
「はぁ、……はぁ……」
──ると思った矢先、魔女ルナの息切れ音が聞こえてきた。
視線だけを背後に向ける。
苦しそうに息を弾ませる魔女ルナの姿が俺の視界に映り込んだ。
「大丈夫かっ……!?」
「大丈夫……です! でも、……はあ、……このペースで走り続ける事が、……はあ、……できそうに、……はあ、ありません……!」
どうやら『この世界』のルールは『魔女』である彼女に適用されないらしい。
恐らく彼女の魔法がゴブリン達に通じないのも、スタミナ無制限のリバクエで息切れを起こしているのも、彼女が『この世界』の住人じゃないからだろう。
「……っ! 俺が時間を稼ぐ! その間に森の奥に逃げ……」
「いえ、……このままのペースで! はぁ、……私に策があります……!」
そう言って、彼女は懐から札を取り出す。
取り出した札を放り投げる。
放り投げられた札は眩い光を発すると、瞬く間に箒に成り果ててしまった。
「箒に乗って、……逃げます! ユウさんはそのまま全力疾走で!」
息を弾ませながら、箒に跨る魔女ルナ。
彼女が箒に跨った途端、箒は待っていましたと言わんばかりの態度で、浮上し始めた。
ビュンという音と共に魔女ルナを乗せた箒が飛行を始める。
彼女を乗せた箒は森の木々の合間を縫うように飛翔すると、ママチャリよりも少し速い程度の速度で森の中を駆け始めた。
俺よりも少し速い速度で木々を避け、森の中を駆け抜ける魔女ルナ。
それを見て、俺は『これなら逃げ切れそうだ』と心の中で思──ったその時だった。
「ぐきゅあ!」
リュドラが唐突に脚を止める。
右脚を軸に一回転し、蛇のように長い尾を振り回し始めた。
「……っ!?」
リュドラの長くて太い尾により、薙ぎ倒される木々。
鞭のようにしなりながら、迫り来るリュドラの尾。
俺達の背中目指して突き進む敵の尾を見ながら、俺は思う。
思ってしまう。
──これは避けられない、と。
「ちっ……!」
回れ右を繰り出し、脚を止める。
脳内ステータス画面の武器欄を選択。
そこに仕舞っていた木の棒を取り出し、すぐさま『木の棒を装備する』を選択する。
突如、何処からともなく現れる木の枝。
それを右手で握り締めながら、俺は繰り出す。
──リフレクトアタックを。
「……っ!」
木の枝とリュドラの尾が交差する。
その瞬間、木の棒が折れ、リュドラの尾が弾かれる。
右手に強い衝撃が走る。
敵の攻撃の威力を殺し切れず、二、三歩だけ後退してしまう。
(よし……!)
リフレクトアタックの効果により、ほんの数秒間だけ硬直してしまうリュドラ。
その姿を一瞥した後、俺は再び走り始める。
森の奥に向かい続ける魔女ルナの後を追いかける。
背後からリュドラの鳴き声が聞こえてくる。
また攻撃が来るかと思い、視線だけを背後に向ける。
もう俺達を追いかけるつもりはないのだろう。
リュドラは不貞腐れたように鳴き声を上げると、八つ当たりだと言わんばかりに、近くにあった木を思いっきり蹴飛ばしていた。




