(10)2025年8月1日 スライムとボス対策
◇
「ねぇねぇ、ユウさん。魔王城に行く時に使ったアレ、使わないんですか?
ニシノハテ村の宿から飛び出して、十数分が経った頃。
ニシノハテ村近くにある森の中を歩いていると、突如隣を歩く狐の耳をつけた魔女ルナール・ヴァランジーノ──愛称ルナがが俺に声を掛けてきた。
「アレって、すり抜けバグの事か?」
「イッツ、イグザクトリー。あのすり抜けバグを使えば、今から行く予定の……何でしたっけ? 水の地下水殿でしたっけ? そこにパパッと行けるのでは?」
「あのバグ技は使わない事にした。これ以上、俺ばっか楽しんだら、本格的に恨み買いそうだからな」
「恨み? 誰からですか?」
「他のゲーマー達からだよ。ほら、あの管理者、言ってたじゃん? 魔王や四天王は再生されないって。そんな一度切りしか闘えない四天王を俺ばっか倒したら、他のゲーマー達から恨みを本格的に買っちまう」
「なるほど。他のプレイヤーに配慮した結果、バグ技を自主規制したって感じですか」
「そういう事。あと、あの時は勢いでやってしまったけど、あのバグ技、成功率6割程度な上、致命的な欠陥抱えていてな」
「致命的な欠陥とは?」
「あのバグ技、失敗してしまうと、謎空間に囚われちゃうんだよ。ゲームリセットするまで身動きできない闇の中に囚われちゃうから、この状況下だと、地獄を見る事になる」
「…………」
『よく成功率6割程度のバグ技やろうと思いましたね、この人』みたいな目で見つめつつ、魔女ルナは苦笑いを浮かべる。
彼女の視線に耐え切れず、つい俺は明後日の方を見つめてしまった。
……冷静になって考えると、よく失敗率4割のバグ技やろうと思ったな、俺。
『い』の一番に魔王と闘いたかったとはいえ、この状況下で失敗率4割のバグ技を使うのは、流石に頭おかし過ぎだろ。
もし失敗して、身動きさえ碌にできない暗闇空間に囚われていたら、どうしてんたんだよ俺。
下手したら取り返しのつかない事になって──
「むぅ! ユウさん、敵襲です!」
──魔女ルナの声により俺は現実に引き戻される。
慌てて思考の渦から飛び出した俺は、眼前に現れたスライムを目視する。
それと同時に、俺は武器を装備──できなかった。
(そういや、魔王戦で武器、全部喪失したんだっけ)
武器を持っていない事実に気づき、慌てて地面に落ちている木の棒を拾おうとする。
だが、俺のそんな行動は魔女ルナの勇ましい声によって遮られた。
「ユウさん、此処は私にお任せを! あの程度の敵チョチョイのチョイで、やっつけてあげましょう!」
そう言って、彼女は取り出す。
札のようなものを。
高層ビルのように縦に長い紙切れ一枚を。
彼女は札のようなものを取り出すと、取り出したばかりの札を光らせる。
そして、キリッとした表情を浮かべると、スライム目掛けて、札を投げ捨てた。
「──呪法『炎律』──我が怨敵を灼き尽くせ」
赤黒い焔が札のようなものから放たれる。
札から放たれた赤黒い焔は瞬く間にスライムの身体を包み込む。
そして、呆気なくスライムの身体を焼き──
「ぴぎっ!」
──尽くせなかった。
「ほぎゃあああああ!!」
スライムにタックルされる魔女ルナ。
彼女の口から情けない断末魔が漏れ出ると同時に、彼女の身体がヒョイっと宙を舞う。
「だ、大丈夫かっ!?」
「だ、大丈夫です!」
受け身を取りながら、魔女ルナは地面に着地する。
そして、すぐさま体勢を整えると、今度は札のようなものを三枚取り出した。
「──呪法『氷衝』、此岸に出し我が怨敵を撃ち砕け」
三枚の札が赤黒い氷柱に成り果てる。
赤黒い氷柱は弾丸の如く宙を駆け抜けると、スライムの身体を貫──かない。
彼女が繰り出した氷柱はスライムの身体に『ぼよん』と弾かれると、粉々に砕け散ってしまった。
「ぴぎっ!」
『こんな氷柱、屁でもねぇぜ!』みたいな面持ちで、助走をつけ始める。スライム。
そして、助走をつけると、スライムは再び魔女ルナに突進を仕掛け──
「せいっ!」
──るよりも先に、俺は拾った木の棒でスライムの身体を叩いた。
「ぴぎっ!?」
スライムの口から痛みを訴える声が漏れ出る。
どうやら俺の攻撃は効くようだ。
スライムの視線が魔女ルナではなく、木の棒を持っている俺の方に向けられる。
俺は木の棒を構え直すと、スライムの突進を避けた。
木の棒を振るう。
スライムの身体にダメージを与える。
スライムが突進を仕掛ける。
迫り来るスライムの突進を避け、木の棒を振るう。
木の棒でスライムの身体にダメージを与える。
避けては攻撃、避けては攻撃を数回程度繰り返す。
それを何回か繰り返す事で、スライムは『びぎっ!』という断末魔を上げると、黒い煙と化してしまった。
「大丈夫か」
スライムの姿が完全に消え失せる。
それと同時に、俺は魔女ルナの下に駆け寄る。
彼女は地面に両手と両膝を着けたまま、項垂れていた。
「……大丈夫です」
「大丈夫そうに見えないんだけど」
「大丈夫です。ちょーっと、自慢の魔法が敵に効かねぇ事に傷ついているだけですから」
そう言って、魔女ルナは重苦しい溜息を吐き出す。
……どうやら外傷よりも心の傷の方が重いらしい。
それを何となく察しながら、先程の戦闘で損傷してしまった木の棒を投げ捨てる。
「……さっきのスライムといい、こないだのゴブリンといい、なーんで私の魔法は通用しねぇのですかねぇ。油断も慢心も手加減もしてねぇってのに」
「………」
「私の魔法よりも木の棒の方が役に立つって事実に心折れそうなんですけど。いや、本当、何で木の棒は通用して、私の魔法は通用しねぇんですか。意味分からないんですけど。意味分からねぇんですけど」
「………」
あ。これ、ガチで凹んでいる感じのヤツだ。
そう思った俺は慰めの声を掛けようとする。
けれど、何で声を掛けたらいいのか分からず、俺は口を閉じたまま、明後日の方向に視線を向けてしまった。
◇
「そういや、ユウさん。さっきから何をしているのですか」
スライムとの遭遇から数十分が経過したある日の昼下がり。
ガチ落ち込みから立ち直った魔女ルナが歩きつつ、俺に疑問を投げかける。
俺は森の中に落ちているキノコや木の実を拾いながら、彼女の疑問に答えた。
「次のボス対策だよ。このまま挑んでも、勝てる勝負も勝てなくなるし」
次のボス対策で必要な木の実を拾いつつ、俺は歩く。
ニシノハテ村から南東部にある地下水殿──水の四天王『ヒュードラ』の下に向かって歩き続ける。
「次のボスって、『ヒュードラ』なんでしょう? 私、リバクエを一度プレイしたから、なんとなーく分かるんですけど、『ヒュードラ』って、そこまで強いボスじゃないですよね? そこそこ強い武器を沢山持っていれば余裕で勝てる相手ですよね? 対策なんて必要なんですか?」
「ああ、必要だ。『この世界』にはリバクエにあったワープ機能がないみたいだからな。ワープ機能無しで、そこそこ強い武器を集めるとなると、かなりの時間がかかっちまう」
「なるほど。じゃあ、今ユウさんがやろうとしているのは、スピーディー且つ確実に『ヒュードラ』を倒せる方法……という理解で間違いないですかね」
「ああ、その理解で合っている」
首を縦に振りつつ、地面に落ちている素材を集める。
ここら辺はゲームと同じ仕組みなのか、拾った素材は掌の中に吸い込まれるようにして消え去ると、脳内ステータス画面の道具欄の中に収まってしまった。
一応、念のために脳内ステータス画面を確認。
案の定、先程俺が拾った『雷の実』は脳内ステータス画面の道具欄に『雷の実×6』みたいな感じで表示されていた。
『雷の実×3』と念じてみる。すると、何処からともなく雷の実が3個現れると、俺の両掌に乗っかり始めた。
(なるほど。アイテムはこんな感じで使うんだな)
取り出した雷の実3個を脳内ステータス画面の道具欄に収めつつ、辺りを見渡す。
大体拾え終えたのだろう。
お目当てである雷の実は何処にも落ちてなか──
「ユウさん、足下にアイテム落ちてますよ」
魔女ルナに指摘されたので、足下を覗き込もうとする。
すると、ドンと前に突き出た大きな乳房が俺の視界を遮った。
『胸が大き過ぎる所為で、足下が見えねぇ』と思いつつ、俺は地面にしゃがみ込む。
そして、手探りで足下を探る。
魔女ルナの言ってた通り、俺の足下には雷の実一個が落ちていた。
「………」
俺の足下を覆い隠している大きな乳房を見て、『ああ、俺、今女なんだな』的な事を思ってしまう。
ドンと前に突き出た大きな乳房は『何か文句でもあんのか』と言いたげな態度で、俺の事を睨み返していた。
(男だった時は、『胸は大きければ大きい程いい』って思っていたんだけどなぁ)
溜息を吐き出しながら、無駄に揺れ、無駄に足下を覆い隠し、そして、無駄に重い乳房を睨みつける。
そんな俺を不審に思ったのだろう。
魔女ルナが『どうしたのですか』と声を掛けてきた。
「あー、いや、何でもない。ちょっと『あ、今の俺って女なんだな』って思っただけだ」
溜息を吐き出しながら、拾った素材を脳内ステータス画面の道具欄の中に放り込む。
そして、強引に気持ちを切り替えようと、短く息を吸い込もうとしたその時だった。
「ん……? 何ですか、これ」
魔女ルナが『何か』を見つける。
彼女の視線の先を見ると、そこには大きな樹が突っ立っていた。
「ユウさん、あの木の幹を見てください」
そう言って、魔女ルナは指差す。
視線の先にある木の幹を。
「あの木の幹がどうした?」
「よーく見てください。あの木の幹、なんか変じゃないですか?」
そう言われて、俺は木の幹を注意深く観察する。
そのお陰で、ようやく魔女ルナが言っている事を理解できた。
「アレって、どう見ても、『人の顔』ですよね」
そう言って、魔女ルナは木の幹を指差し続ける。
彼女の言う通り、木の幹には『人の顔』が浮かび上がっていた。




