96 プロローグ
ベルシティにレベッカさん、ガルフさん、エスカトーレ様、レニーナ様、そして、ダミアン王子がやって来た。ルータス王国の意向を伝えるためだ。意向としては、獣人たちを保護する共同声明を発表し、ビーグル子爵領の独立も支援するという。魔王国ブライトンからすれば、願ったり叶ったりの状況だった。
レベッカさんが言う。
「少し遅れたのは、小国家群の諸国を回っていたからだ。どの国もロイター王国に憤慨し、支援金も停止すると確約してくれた。小国家群の交渉が円滑に進んだのは、ダミアン王子とエスカトーレ嬢のお陰でもある。勇者パーティーで訪問した際の評判がすこぶる良かったからな」
あのときも必死で勉強して、マニュアルを作ったんだっけ・・・それを思うと自称聖女のアイリーンにも少しは感謝しないといけないね。
「ルータス王国、魔王国ブライトン、そして小国家群が共同で声明を出せば、神聖ラドリア帝国といえども、そう無理な要求はできないだろう。我が国も国内のゴタゴタが収まらなければ、神聖ラドリア帝国と対峙することはできんからな。小国家群を勝手に巻き込んだことについては詫びよう」
ネスカが答える。
「いえ、ゆくゆくは小国家群にもお願いすることを考えていましたからね。小国家群の防衛戦略は画期的ですし、見習うべきところも多いですからね」
ここで小国家群の説明を少ししておくと、傭兵国家ロゼムやマドメル魔法国のような国もあれば、学園都市のような一都市も小国家群にはある。当然だが、一つの都市や国が大国から攻められれば、一溜りもないだろう。なので、普段は完全に独立している国や都市が、危機的な状況に陥ると結束して対応することが取り決められている。そうすれば、大国相手でも相当な被害を出すことができる。
攻めて来なければ何もしないが、攻めてきたら大変な目に遭わせるという思想だ。大国相手に勝利することは難しいだろうが、それでも大国が小国家群との戦闘で相当な被害を出してしまえば、他の国に攻められかねない。だから、迂闊に手を出せないという状況だ。
また、魔法の研究も盛んで、学園都市もあり、大国の貴族の子弟も多く留学している。それに、傭兵国家ロゼムが傭兵を各国に派遣していることもあり、迂闊に攻められない状況に輪をかけている。それをネスカは言っているんだろう。
「こちらも小国家群で徐々に協力者を増やして、こちら側の考えを理解してもらおうと思ったのですが、ルータス王国の協力もあり、それに何と言ってもクララの活躍がありましたからね」
「そうだな。クララ嬢、否、クララ女博と言ったほうがよろしいか?」
レベッカさんがニヤついて、話し掛けて来た。
「クララ嬢でいいです。そんな大したことはしてないですし・・・」
というのも、私は学園都市で博士号を取得してしまったのだ。本当に大したことはしていない。ブライトン王の手記や資料、ヤスダの手記を翻訳してまとめて論文として発表したのだが、過去300年で最も有益な神学論文ということで話題になってしまったのだ。まあ、聖書に書いてあることを根底から覆しているくらいの内容だからね。
なので、「絶対神ヤスダはブライトン王の妻だった説」が大流行していて、多くの学者がベルシティに大挙してやってきたのだ。そういえば、その学者たちを対象に王都ブリッドへのツアーも企画しなくてはいけなかった。
話は逸れたが、この論文がウケたのには訳がある。預言者マイモッダとヤスダのエピソードもそうだが、マイモッダの弟子たちとのエピソードも面白いのだ。翻訳した私も笑ってしまうくらいだ。一例を挙げると後に庶民派の開祖となるウスラルと現実派のカマラが言い争いをする場面がある。ウスラルは「最大限寄付する」と主張し、カマラは「必要最低限じゃないと、こちらの生活にも影響が出る」と主張し、ヤスダが仲裁に入る。そのとき、「もっといっぱい稼げば、いっぱい寄付できるよ。絶対大丈夫!!」と言って説得する。実際に普段の3倍以上の収穫があり、どちらも争っていたことが馬鹿らしくなったそうだ。
こういう小ネタがウケたみたいだ。真面目な話なんて、聖書を読めば終わりだからね。それに自分たちの宗派の開祖が実在する人物だったというのも大きい。ヤスダは基本的に、誰が正しくて、誰が間違っているということは言っていない。ケースバイケースだし、立場によってもいろいろあると曖昧に答えることも多かった。
なので、研究者としては研究のし甲斐があるのだろう。
また、博士号を取ったのは私だけではなかった。ハイドンもだ。スライム研究の第一人者として有名になってしまった。スライムを専門に研究する研究者がいなかっただけに、多くの弟子たちが押し寄せて来た。それに、冒険者も多くやって来た。特に駆出しと呼ばれるEランク以下の者が多い。ハイドンのお陰でスライムの捕獲依頼が多く、しかも報酬が高いからだ。
そんな状態なので、ベルシティの人口は爆発的に増えた。そうなると、ロキとドシアナにも注目が集まる。そして、今度は魔道具職人や武器職人たちが多く移住してきた。これに目を付けたお父様は学校を開設する。一般常識のないロキとドシアナもこの学校に通わせることにした。二人は嫌がったけど、将来のことを考えて、通わせているのだ。
ロキはともかく、ドシアナは全く常識がないからね。
ネスカが言う。
「エランツ派の権威を失墜させようとして、クララにお願いしたことだけど、想像以上の効果だ」
「そうね。でもヤスダの気持ちになると、あまりエランツ派をいじめるのは可哀そうかな」
というのも、ヤスダはエランツ派の開祖であるエランツを誰よりも心配していたのだ。手記にもこうあった。
「エランツ君は極端なのよね。ものごとを善悪二元論ですべて片付けようとしすぎなのよ。私が魔族のことを悪く言ったのだって、ブライトンと喧嘩してたから、感情的になっただけで、すべてが悪い訳じゃないのに。エランツ君は誰よりも真面目で頑張り屋なんだけど、もうちょっと肩の力を抜いたらいいのに」
ヤスダは気付いてないようだが、ヤスダの手記からすると、エランツはヤスダに恋心を抱いていたことがよく分かる。ブライトン王がヤスダを迎えに来たとき、魔族領に帰ることを最後まで頑なに反対していた。そして、ブライトン王と一緒にハイエルフの姉妹やドラゴン御一家、多くの魔族たちも同行しており、マイモッダにお礼として、宝石や魔石、食料などを贈与した。
マイモッダたちは喜んだが、エランツだけは、「ヤスダ様を売り渡すような奴らとは、もう一緒にいられない」と言って、マイモッダの元を離れたという。
そのとき、魔族や獣人を嫌いになっても仕方がない。でも、殲滅するのは違う気がする。ブライトン王だって完璧な人間だったわけじゃない。もちろんヤスダもだ。そこをどうにかして折り合いをつけていくのが人生なのに・・・
ネスカが言う。
「昔のことはそうかもしれないけど、僕たちは今できることをするしかないからね。これからは、本格的に獣人や亜人を保護していこう」
ネスカの言う通りだ。過去ではなく、私たちは今を生きているのだから・・・
気が向きましたら、ブックマークと高評価をお願い致します!!




