9 新規事業
お父様が騎士爵になって2年、ベル商会も大きくなったものだ。王都で5本の指に入る商会になり、従業員も増えた。仕事量は増えたが、やることはほとんど変わっていない。
基本的にはお父様の秘書的な役割をして、大量の保存食を作るときや大口の宴会を受注したときは、お母様の食品部門の応援に駆け付ける。また週に一度、アルバイト事務員として冒険者ギルドで事務処理をする。忙しいながらも充実した日々を送っている。
そんな私にも悩みがある。
私が立ち上げた新規事業の収益が思うように上がらなくなったのだ。新規事業というのは冒険者を使っての素材採取だ。
私の強みは雑用スキルと圧倒的な情報量だ。OL時代の研修で、「自分の強みを生かせ」と習ったことを思い出し、考え付いた事業だった。そうは言うものの、特に目新しいことはしていない。私が持っている相場情報とギルドの持っている魔物の発生分布を照らし合わせて、指名依頼をするのだけなのだが。
これを思い付いたのは1年前だった。
冒険者ギルドの業務もかなり改善した頃、お父様とともにレベッカさんから呼び出しを受けた。
「クララ嬢のお陰で、当ギルドの業務は大幅に改善された。そこでだ!!当ギルドの悲願である難敵に立ち向かおうと思う。これは先代、否、先々代のギルマスも太刀打ちできなかった難敵なのだ。是非とも協力してもらいたい。報酬は弾もう」
お父様が苦笑いしながら答える。
「私どもは商人でして・・・戦闘は・・・ちょっと・・・・」
「とりあえず、現場を見てくれ!!話はそれからだ」
レベッカさんに強引に連れ出され、案内されたのはギルドが所有する大倉庫だった。
「貴殿らに頼みたいのは、この倉庫の整理だ。まずは中を確認してくれ」
レベッカさんの先導で、お父様とともに倉庫内に入る。
一言で言うと、まさに魔境、未開の地だ。使用されているのは倉庫の入口から約三分の一で、それより奥は、ギルマスのレベッカさんでさえ、どうなっているか全く分からないそうだ。
「人間とは、急がない仕事は後回しにしがちだ。この倉庫もそうだ。先代も先々代も引継書には、「いつか倉庫整理をしてほしい」と記載してあった。このまま、私の次のギルマスに引き継ぐのは心苦しい。だから、クララ嬢という強力な戦力がある今こそ、立ち向かうべきだと私は思う」
熱く語るレベッカさんだが、要するに歴代ギルマスが丸投げしてきた倉庫整理を私たちに丸投げしようという魂胆なのだろう。OL時代、「倉庫の番人」という二つ名を持っていた私としては、やってやれないことはないだろう。
問題は、週に一度のアルバイトでできる業務量ではないということだ。朝からフルタイムで働いても、下手すると半年は掛かりそうなものだが・・・・
私がお父様を見やるとお父様も同じ意見だったらしく、レベッカさんに提案する。
「いかにクララと言えど、一人では無理ですし、週に一度の勤務では何年かかるか分かりません。人数を掛け、一月でやり切る位の気概でやらなければ無理でしょうね。そうなると、人件費やなんかで、かなり経費が掛かりますが・・・」
レベッカさんの表情が明るくなる。
「もちろん報酬は弾む。クララ嬢はそれでいいかね?」
「お父様が受けるというのなら受けます。但し、鑑定スキル持ちの者を5名程度、荷運びする者を10名程度は確保しておいてください。私は1ヶ月間、こちらで専属勤務になることを了承してくれれば、可能だとは思います」
「人を掛けるのは賛成だが、クララを長期間拘束されるのは痛手だな・・・」
「ではこうしよう。倉庫の奥で発見された素材で、ベル商会が必要な物は、通常価格の三分の一で販売しよう」
この提案にお父様は渋々承諾した。
そして、地道な仕事を積み重ねていたところ3日目にして、倉庫の奥はお宝が満載だということが判明した。鑑定士が腰を抜かすほどだった。
「こ、これは・・・邪竜の竜殻!!それにこちらはエクストラポーションじゃないですか!!どうしてこんな所に・・・・」
竜殻というのは、竜種から採れる魔石のことを言う。どの魔物も魔石は少なからず取れるのだが、竜種、特に上位の竜種の魔石は魔力も汎用性も高く、特別に竜殻と呼んでいるのだ。それに邪竜って、災害級の強さじゃないの!!
そしてエクストラポーションだが、こちらもかなりの逸品だ。高ランクの冒険者でも、持っていてハイポーションまでだ。ほとんどの怪我はハイポーションで治る。エクストラポーションを使うのは瀕死の場合や部位の欠損がある場合だ。もちろんベル商会で扱ったことはない。
「エクストラポーションは100本以上ありますね・・・何々・・・」
鑑定士がエクストラポーションの入っていた箱の中にあった手紙を見付けて読み上げた。手紙の作成者は先々代のギルマスだった。
「次代のギルマスへ、いくら高価なポーションも使わなければ意味はない。冒険者や市民の命には代えられない。使うときは思い切って使え。宝の持ち腐れにならないことを祈る」
もう半分以上、宝の持ち腐れになっていますけど・・・
一同が絶句しているなか、お父様が言う。
「とりあえず、レベッカ様に報告しよう。それにいくら三分の一の価格で販売してくれると言っても、こんな素材や商品ばかりじゃ、ベル商会が破産してしまう。ここはギールス商会にも応援を頼もう」
どうやら私たちは、パンドラの箱を開けてしまったようだ。
★★★
次の日、ギールス商会の担当者がやって来たのだが、驚愕していた。
「これは私の権限では判断ができません。会長に来ていただきます」
そして、その日の昼には会長がやって来た。会長が言う。
「流石にこのクラスの素材や商品を買い占めるのはベル商会の資金力では無理だろう。ギールス商会であれば可能だが、それはあまりしたくはないな・・・となると・・・こういうのはどうだろうか?」
会長が提案したのは、商人や貴族を集めて、販売会を開くことだった。具体的には、ベル商会は在庫を抱えずに参加者に通常価格の半分の価格で販売する。取引が成立したときにはじめて、後付けでベル商会が、ギルドから三分の一の価格で購入したことにする。これはいい案だ。
「例えば通常価格が1000ゴールドの素材であれば、参加者は500ゴールドで購入できてて大喜びだし、ベル商会はギルドから333ゴールドで購入したことになるから、差額の167ゴールドが在庫なしで儲けられる。ギルドは素材は捌けて、皆が得をすることになりますね。でもそれだと、ギールス商会さんに儲けが出ないのでは?」
「それは気にせんでいいぞ。若く優秀な商人への投資と思ってくれ」
話はとんとん拍子に進み、2ヶ月後に販売会が開催されることになった。
販売会当日、私はお母様と来場した商人たちを対象にカレーの屋台で働いていた。これもギールス商会の会長のアイデアであった。こちらのほうもかなり収益が上がった。
そして販売会は大盛況で、毎年開催してほしいとの要望もあったくらいだ。
すべての営業が終わり、帰宅途中にお父様が言った。
「優しそうな好々爺に見えて、あの会長は本当に抜け目がない。今回、ギールス商会がどの商会よりも儲けている」
お父様が言うには、ギールス商会が手に入れたのは、その人脈と信用だという。私は全く気付かなかったが、近隣の貴族や少し離れた小国家群の王族も来ていたらしい。あの龍殻を買っていったのは、その王族だったようだ。
「これでギールス商会は多くの商人や貴族、それに王族にまで貸しを作った。前回の戦争騒ぎでも一番儲けたのはギールス商会さ」
実は商品の売買で儲けたのはベル商会だったが、撤退した商会の土地建物を軒並み押さえたのはギールス商会だった。
「まあ、敵対しなければ心強い味方でもあるのだがね・・・」
雑用しかやらせてもらえなかった元OLとしては、未知の世界だと思ってしまった。
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