77 クララ大臣 2
大臣就任から1週間、挨拶周りも終えてしまい、本当にすることがない。
OL時代の定年間際の上司が「仕事があり過ぎても困るけど、逆にないのも辛いものだよ」と、しみじみと語っているのを思い出した。私もその心境だ。
今の私は、1日の大半を魔王国ブライトンの歴史書などを読んで過ごす。なので、1日に1回は絶対に雑談をしに来るネスカの来訪が待ち遠しくなる。
今日もネスカは来てくれるかなあ・・・
ダメだ!!これはネスカの策略に違いない!!
私が退屈しているのを利用しやがって・・・本当に卑怯な奴だ!!
そうでなければ、私がネスカを待ち遠しく思うなんてあり得ないからね。
後日、ネスカの策略でもなんでもなく、ただ、編成に戸惑っていただけだと判明したのだが、この時は本気でそう思っていた。
私は、すぐに仕事しようと決意した。
何から手を付けていいか分からなかったので、とりあえず、ルルとロロに何か困っていることや要望を聞いてみた。身近な人をまず幸せにするのが、仕事の基本だからね。
「シーサーペントの缶詰を作ってほしいニャ」
「蒲焼きは食べさせてもらったけど、毎日アレが食べられたら、嬉しいニャ」
この子たちの魚好きは変わらないなあ・・・
まあ、検討の余地はある。工場建設にはそれなりの用地が必要だし、立地もシーサーペントが定期的に採取できる河川沿岸が望ましい。となると・・・私が思い当たるのは、フロッグ族の居住区かな。あそこはシーサーペントは定期的に取れないけど、ウナギに似た魚は大量に獲れるし、養殖もできるかもしれない。味は本当にウナギだしね。
でも、魔物の襲撃を受ける度に町が壊滅的な被害に遭ってしまえば、商売どころではなくなる。
私はある結論に辿りついた。
「ルル、ロロ、仕事よ!!忙しくなるわ!!」
★★★
私が考えた解決策は、各居住区の防衛戦略だった。
缶詰工場と防衛戦略は全く別の話だと思うかもしれないが、そうではないのだ。頻繁に魔物の襲撃被害を受ける居住区の多くは、それでもそこに住む価値があるのだ。フロッグ族の居住区はレーネ川の恩恵で、農作物も魚介類も豊富に取れるし、ゴブリン族の第三居住区はルセン山の恵みと温泉施設といった具合だ。
これらの場所を安心して住める場所にすれば、それだけで多くの利益が得られる。私がやることも、魔王軍参謀長の仕事の延長だし、今も兼務で名誉参顧問だからね。
そこからは、ルルとロロだけでなく、ネスカも呼び出した。なぜなら、この資料を作るのには膨大な手間と時間が掛かる。
それをネスカにも味あわせてやるのだ!!
「策士、策に溺れる」とはこのことだ。思い知らせてやるぞ、ネスカ!!
まあ、この政策案を提出するにあたって、魔王軍の現役幹部に話を通さないわけにはいかないから、仕事2、復讐8といった心境なのだ。
「流石はクララだ。幸運なことに現在魔王軍は再編成の真っ只中だ。だから今の段階なら、魔王軍の新編成にも間に合う。なのでクララ・・・悪いけど、魔王軍の編成案も提出してくれ」
おい!!ネスカ!!
仕事を増やしてどうするんだ!?こんなことになるなら・・・
「策士、策に溺れる」は私だった。
魔王軍の編成に取り掛かる前にゴブール宰相やエサラ財務大臣の承認を得ようと考え、基本的なコンセプトを資料にまとめる。
この案の最大の特徴は、各都市に少人数の精鋭部隊、目安として10人1個分隊を常駐させる。彼らがいるだけで、全く違うからね。というのも、これは議論の余地はなく、証明されている。ゴブリン族第三居住区で、新婚旅行中のウドルさんたち11人が、上手く住民を避難誘導し、遅滞戦闘をしてくれていたため、第三軍団が到着するまで、ほぼ被害を出さなかった。
第三軍団で活動しているとき、被害に遭って打ちひしがれている多くの住民たちを見てきた。もっと早く私たちが到着していればと思ったものだ。団員たちも同じ気持ちだっただろう。
早く現場に行くにも限界がある。なので、ウドルさんのような存在を増やせば、予算も人員もそのままに大きな効果が期待できるのだ。
「いい案だ。僕も同じようなことを考えていた。分隊はもっと細かく近接戦闘員5名、弓兵又は魔導士5名を基本に編成しよう。それと僕からも案を出す。これまでの活動で、ゴブリンたちのような後方支援部隊が重要な役割を果たしていると気付かされた。だから、この役目を住民にやってもらおう。住民から第三軍団で研修する者を募集して・・・それから、退役軍人を使うのもいいな・・・それから、それから・・・」
ネスカよ!!いい案だとは思うし、住民を後方支援部隊にするという発想は、住民の防災意識を高める意味でも有効だと思うよ・・・
でもね・・・これ以上仕事を増やすな!!
自分で言い出したことだ。文句を言っても始まらない。
その日から3日後に宰相と財務大臣にプレゼンをすることになった。
「噂には聞いていたが、これ程とは・・・」
「ゴブール宰相、これなら大幅に予算を削減できますし、税収アップも見込めます。是非やりましょう」
あっさり承認が下りた。
魔王様もオルガ団長もスターシア団長も、「クララが言うことだから、賛成する」と無駄にプレッシャーを掛けられた。もう一人の軍団長、やっていることはFランク冒険者がやるスライム駆除しかしてないが、一応軍団長なので、ハイドンの元も訪ねて、説明をした。
「なんでも言ってくれ。それより、お茶でも飲んで行かんか?俺の武勇伝を聞かせてやろう」
ハイドンは寂しかったようで、なかなか帰してくれなかった。もちろんだが、ハイドンに頼むことは、何一つない。
そんなこんなで、早速運用が始まった。いきなりすべての居住区は無理なので、フロッグ族居住区とゴブリン第三居住区、ダークエルフの里が特区として選ばれ、分隊の派遣と住民の代表者への訓練が始まった。ダークエルフの里だけは、住民の訓練は必要なく、分隊の派遣もメインの目的はシュバルツ森林の調査隊にした。ダークエルフは戦闘力が高いので分隊派遣は必要ないものの、マルレーンさんの「森林に関して、他種族の意見も聞いてみたい」との要望を受けての調査隊の派遣であった。
この政策は大きな効果を上げ、国中に波及することとなった。
★★★
私たちは今、視察でフロッグ族の居住区に来ている。
実は3日前にシーサーペントの襲撃を受けたのだが、被害はほぼゼロだった。リザードマン分隊11名が駐在していて、第二軍団が来るまで、戦線を維持していたのだ。それに第三軍団の出身で、家業を継ぐために退役していたフロッグ族の元軍人も居たことも大きな要因と言われている。
リザードマンの分隊長は言う。
「退役間近の儂が英雄扱いを受けるなんて思いもしませんでした。それに勲章までいただけるなんてね」
リザードマンは近接攻撃できて、投げ槍も得意、魔法もそれなりにできる。水中活動も得意なので、この居住区に適任と判断して、リザードマンだけの分隊を派遣していたのだ。好みの食材も似通っているので、上手くやっていけるだろう。
住民も分隊の派遣には大喜びで、魔王軍の方もウドルさんの活躍は有名で、「自分も英雄になりたい」と言って希望する者も多かった。WIN-WINの関係だね。
この特区の成功をきっかけに、多くの居住区が分隊派遣を熱望する状況になっていった。そして、国内の主要な町や居住区に分隊が行き渡ると魔王軍の緊急出動の回数も激減した。派遣される分隊は、精鋭部隊なので、自分たちだけで対処してくれることが多いためだ。人間の町でいうと、町に一つAランクの冒険者パーティーがいてくれる感覚だからね。
一方魔王軍本体は、緊急出動をただ待つのではなく、パトロールして、討伐する部隊も編制していた。これはオルガ団長が言い出したことで、「1ヶ月もじっと待てるか!!ないなら探しに行くぞ!!」と言い出したのがきっかけだ。
パトロール部隊の影響もあり、緊急出動は月平均2~3回に激減していた。
ルルとロロの「シーサーペントの缶詰が食べたい」という発言がここまで大きなことになるとは、全く思っていなかった。
一方、当のルルとロロは悩んでいた。
「缶詰と出来立ての蒲焼き・・・難しいニャ」
「毎日食べられる缶詰か・・・偶に食べられる熱々の蒲焼きか・・・・答えが出ないニャ」
本人たちは、真剣に悩んでいるのだろうけど、傍から見たら、幸せ悩みだと思うよ・・・
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