74 変わりゆく魔王軍
ダークエルフの里の被害だが、スライムの餌として大量に魔石やパイン茸などを投下したことで、里の貴重な収入源の大半は消失してしまった。後になって思えば、もっと節約できたかもしれないが、あの状況では流石に無理だろう。建物被害は投擲資材用に取り壊した建物のみで、その建物も解体予定だったので、被害に入れていない。被害は思ったよりも少なく、固有種から採取した魔石を上手くやりくりすれば、追加の支援は必要ないと判断した。
戦後処理は順調だったが、再発防止策については、いい案が見付からなかった。ネスカは、再発防止策の構築を早々に諦め、スライムデザスターが起こったときにすぐに対処できるようにマニュアルを作っていた。それでも、私は資料を分析したり、マルレーンさんからダークエルフ族の言い伝えを聞いたりしながら、滞在期間中はこの問題に取り組もうと決めていた。マルレーンさんも忙しいだろうに、私の手伝いをよくしてくれている。
そんな時、資料室にいる私をネスカが訪ねて来た。
「流石のクララでも無理か?」
「そうね・・・当時の族長は、伝統的な暮らしに戻ることが解決策だと主張しているけどね・・・」
私はネスカに当時の族長の解決案を説明した。一言で言えば、ケンドウェル伯爵領のエルフたちと同じような生活を送ることだ。ただ、ここまで他種族と交流が進み、交易も盛んになると、そんなことはできない。
「そうか・・・魔王国ブライトンとルータス王国との国交が開かれたら、ダークエルフ族とケンドウェル伯爵領のエルフたちを交流させたら面白いと思うけどね。それは先の話だし、再発防止策もない以上、シュバルツ森林の調査を継続して行い、異常があればすぐに知らせる体制を作ることが先決だね」
「そうね。何気ないことだけど、記録によれば、今回も1年前から子供たちがスライムに襲われて怪我をすることが増えていたからね。注意して見ていれば、気付いたはずよ。注意して見ていたらだけど・・・」
ダークエルフ族は長命種なので、100年くらいは大丈夫だろう。だが、それ以後になると今回のことを種族としても忘れて「スライムにそこまで気を配る?」という認識になっていくだろうな。
3日後、私たちの滞在も終わりを迎えた。
私が研究したことは、資料としてまとめ、マルレーンさんに託した。マルレーンさんは言う。
「私たちのような若い世代は、言い伝えや伝統を少し馬鹿にする傾向にありました。今後は、言い伝えや伝統の本当の意味を考えて、研究を続けていきます。これは族長としての責務ですからね」
マルレーンさんは父から、族長の座を引き継いだ。彼女が研究を続ければ何か再発防止策の糸口が見付かるかもしれない。
★★★
スライムデザスターから1ヶ月、私は魔王軍の定例会に出席していた。今日は少し、オルガ団長の機嫌が悪かった。スターシア団長率いる第二軍団に討伐成績で負けたからだ。緊急出動は8回あったのだが、第三軍団は討伐達成2回、第二軍団との共闘1回という成績だった。第二軍団は5回、第一軍団はゼロだった。
なぜこのような結果になったかというと、一言で言えば、スターシア団長の手腕だ。まず、第一軍団で燻っている団員を勧誘し、前衛部隊を新たに編成した。いくら精鋭部隊でも落ちこぼれる者はいる。優秀な人を3人集めても1人は落ちこぼれるし、落ちこぼれを3人集めても1人は優秀な人になるとかいうやつだ。彼らは冒険者ランクでいうとAランクに僅かに届かないくらいの実力なのだが、緊急出動に連れて行ってもらえなかったり、いじめを受けていたりしたらしい。スターシア団長は言っていた。
「ウチの主力は弓兵と魔導士隊だから、前衛部隊はそれなりでいいのよ」
全部隊をエース部隊にしなくていいという発想だ。
また、どこから連れて来たのかは分からないが、一つ目巨人族の家族も採用していた。この家族の運用も第三軍団の殲滅狙撃隊と同じだ。少し違う点は、投擲攻撃に加えて、ドシアナ特製設置式の巨大なスリングショットを武器に鉄球を飛ばすことだろうか。もはや、スリングショットではなく、カタパルトといったほうがいいだろう。因みにこの悪魔のような部隊は「殲滅砲兵隊」と呼ばれている。
そして、最も差がついたのは移動手段だった。ドシアナが新型竜車を改良し、前世のホバークラフトを作ってしまった。これには魔力量が多い団員を豊富に抱えている第二軍団だからできたことだろう。
「魔力量が多いけど、魔法が得意ではない団員を生かす道が見付かったわ。ホバークラフトの運転手にすれば、活躍できるからね。クララちゃん、本当にありがとう」
軽い調子でスターシア団長に言われた。
ここで気になるのがスターシア団長のジョブだが「賢者」だった。魔法に優れ、知力も高い。魔法が得意なネスカみたいな奴だ。まあ、姉弟だからね。
会議終了後、オルガ団長は悔しさを爆発させていた。
「ずっと一番じゃないと駄目だ!!それが目標だっただろ?」
そんなことは一言も言ってない気がするが、ここで「違う」と言っても火に油を注ぐことになるので、私は「やられたら、やり返せばいいのでは?」と無責任な発言をしてしまう。
これで火が着いたらしく、オルガ団長は第二軍団からホバークラフトの運転手候補を引き抜き、何と獅子族の部隊を第一軍団から丸ごと引き抜いた。そして、こちらもホバークラフト部隊が編制できるようになり、次の月は1位を取り返した。すると今度はスターシア団長が第三軍団のゴブリンを10名引き抜き、第一軍団からリザードマン部隊を引き抜いた。
私が発した不用意な発言から、引き抜き合戦が激化してしまったのだ。これで一番煽りを受けたのは、第一軍団だった。2ヶ月間、出動実績がなく、魔王様からペナルティを受けた。スライムデザスターで発生した処理しきれなかったスライムが色々な場所に出没し、農作物に被害が出ていたので、その処理を命じられた。精鋭部隊がスライム駆除というFランク冒険者の仕事を行う非常にシュールな光景が、国内各地で見られることになった。
そして、危機感を抱いたハイドンを部隊長とするオーガ隊以外の部隊は、すべて第二軍団か第三軍団に移籍したのだった。これで事実上、第一軍団は壊滅してしまったに等しい。
この状況を重く見た魔王様は、緊急会議を招集した。その場でネスカが提案をする。
「どうせなら、均等に2つか3つに分ければどうでしょうか?そして緊急出動を当番制にして、ローテーションで回す。そうすれば無駄も減ります。今のままでは、現場へのレース状態になっていて、いつ事故が起きてもおかしくない状態ですからね」
それは本当にそう思う。最近では、オルガ団長は戦闘の指揮よりも運転手や御者に「もっとスピードを出せ!!」と怒鳴ることが仕事になっていたからね。
「分かりました。そうしましょう」
魔王様も承認する。
そうなると、後の展開は予想できる。
「クララ、部隊編成とその後のローテーション表の作成を頼む」
はいはい・・・・やればいいんでしょ?
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