7 進軍
「兵は拙速を尊ぶ」という言葉があるとおり、行軍はスピードが求められる。
しかし、今回は違う。なるべくゆっくりと進軍することが作戦成功の鍵となるからだ。現在地から魔族領との国境までは約5日の距離がある。ロイター王国自体が南北に細長い形状をしているので、ルータス王国から東方向の魔族領まで、それ程距離はないのだ。
ロイター王国があるお陰で、ルータス王国は魔族領と国境を接さずに済んでいるから、ロイター王国に滅んでもらっては困るのだ。だから、どうしてもロイター王国に甘い対応となってしまう。
しかし、今回は状況が全く違う。偶発的な戦闘の結果、こちらを頼るのなら、まだ納得はできるが、今回は同盟国である我が国の騎士や冒険者を生贄にして、戦争を始めようとしているのだ。絶対に許すことはできない。こんな馬鹿げた計画を立てた奴等には制裁を加えてやらなければならない。
まず初めに行った工作は、協力依頼をしたAランク冒険者を使って、喧嘩を起させることだ。こちらの冒険者部隊に2人、ロイター王国の冒険者部隊に1人の構成だが、宴会の席で、それとなく噂を流してもらい、喧嘩を誘発させる。酒も入っているので大規模なものに発展した。頃合いを見てその場を収め、次の日にロイター王国の指揮官に言った。
「何という失態だ!!こんな弛んだ状態では戦場に連れて行けない!!2日間の懲罰訓練を実施する」
「そ、それは・・・なるべく早く・・・」
「何を言っておられる!!この馬鹿どもに思い知らせてやらんとな!!」
2日間、しごいてやった。当然のことだが、疲労で次の日の行軍はグダグダだった。
そして、私たちの行軍に同行していたベル商会も帰還することになった。クララ嬢の父親で、商会長のシャイロ自ら同行していた。本当に責任感の強い奴だ。
「商会長、物資の件だが、馬車ごと譲ってくれないだろうか?我々は急いで行軍しないといけないからな。ここで、細かく購入物品を選定している暇はないのだ」
「分かりました。ですが、こちらの商売の関係上、通常料金の3倍でなら販売させていただきます。それでいいのなら・・・」
私は、ロイター王国の責任者に視線を送る。この状況で断ることはできないだろう。まあ、自分たちの財布から出すわけではないから、3倍だろうが5倍だろうが関係はない。
「し、仕方ありません。すぐに引き渡しの準備をしなさい」
「分かりました」
これで物資不足で困ることは無くなったわけだ。向こうからしてみれば、万全の状態で、しかも無駄に資金を使わせられて、非常に腹立たしいだろう。
★★★
出発して7日以上経ったが、未だに国境付近まで到着していない。細かい嫌がらせを積み重ねた結果だ。ベル商会から購入した馬車を夜中の内に細工をして、行軍中に壊れるようにした。当然、修理に1日費やした。
また、冒険者を使って、ロイター王国の部隊に酒を飲ませ、騒ぎを起こさせたりもした。
そんな行軍を続けて行く途中に兄上の第4騎士隊が合流した。ワザとらしく鷹揚に兄上が責任者に言う。
「このジョージと精鋭の第4騎士隊2000が援軍に駆けつけたのだから、魔族など一捻りだ!!合流するので現地まで案内を頼む」
「そ、そうですか・・・それは心強い・・・」
「偶々、国境付近で訓練をしていてな。気を利かせた商会の者がロイター王国の危機を教えてくれたのだ。これは非常に運がいい。天は我らに味方している」
兄上の部隊と合流してからは、行軍を遅らせることはしなかった。それから2日後に国境付近に到着した。
やはりというか、何というか、国境付近で戦闘は行われていなかった。現地の指揮官に戦況を尋ねるとしどろもどろになりながら答えた。
「そ、それがですね・・・魔族に国境沿いの村が襲撃されまして・・・それで迎撃態勢を・・・」
「魔族の襲撃があった村はどこなのだ?ここから近いのか?」
「そ、それが・・・情報が錯そうしており・・・確認中でして・・・」
兄上が堪りかねて口を出す。
「そんな状況で魔族領に攻め入ることなどできんぞ!!我らは同盟国の援軍という立場であるから、明確な敵対行動を確認してからでないと動けん。いずれにしても国境付近で陣を張ることになるだろうな」
結局、戦闘が始まることなく、この遠征は終了した。約2ヶ月、野営しただけだった。
撤収して、帰国するための行軍途中に兄上と今回の件について尋ねた。
「これは想像だが、若くて経験のない指揮官であれば、『魔族に周辺の村が略奪された』とでも言えば、義憤に駆られて、進軍するかもしれん。それが原因で戦争に発展すれば、原因はルータス王国ということになる。そうなれば、我が国が最前線に立たなくてはならんだろうな。同盟国に対する態度とは思えん」
「それもこれも、我が国から見れば、ロイター王国が魔族との緩衝地帯になっていることが原因でしょう。こんなことならロイター王国を飛び越えて、魔族と直接条約でも結べば解決するかもしれませんね」
「面白いことを言うなあ・・・クララ嬢なら可能かもしれんがな」
「それはそうですね。たとえ魔族領に行ってもクララ嬢なら何とかなるかもしれませんけど・・・」
冷静になって考えると、もしクララ嬢が居なければ、大惨事になっていたかもしれない。そう思うと彼女に土産の一つでも買って帰ってやろうと思う。
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