69 初陣
朝出勤すると、ネスカから呼び出された。
「そろそろ、実戦を経験させようと思う。斥候部隊がブラックシープの群れを見付けて来た。僕たちも倒したことがあるブラックシープだが、当然変異種がいる。変異種の資料もあるから、確認しておいてくれ。僕も同行するから、そのつもりでね」
「ネスカ王子、貴方が同行する必要はないと思われますが?」
「変異種がいるといっても、ブラックシープだからね。オルガ姉さん一人で潰してしまうかもしれない。そうさせないために僕が行くのさ。それに斥候部隊や罠設置部隊の実力も確認しておきたい。僕は彼らの教官だからね」
「私に拒否権はありません。お好きにどうぞ」
ということで初陣が決定した。オルガ団長は大喜び、団員は緊張している。チャックさんが言う。
「みんな、訓練どおりやれば大丈夫だ。厳しかった訓練を思い出せ!!僕たちは、今までの僕たちじゃない!!各自、再度装備資機材の点検をしろ」
「「「はい!!」」」
チャックさんて、こんなに熱い人だったっけ?
団員たちはすぐに準備に取り掛かった。
ブラックシープの群れが発見されたのは、王都から徒歩で2時間くらいの草原地帯だった。監視している斥候部隊から通信の魔道具で報告が入る。
「ブラックシープは約50、変異種は2体、指令があるまで待機する」
「クララ了解、異常があればすぐに報告せよ」
チャックさんがオルガ団長に注意する。
「オルガ団長、くれぐれも一人で突っ込まないでくださいね。オルガ団長一人でも勝てるでしょうけど、これは訓練の一環と思って、我慢してください」
「分かってるよ。でも危なくなったら、すぐに行くからな!!」
これなら、ネスカがいなくても大丈夫そうだ。
すぐに罠設置部隊から報告が入る。
「罠設置完了!!殲滅狙撃隊も配置完了!!」
因みに「殲滅狙撃隊」というのは、一つ目巨人族の一家のことだ。カッコいい名前を軍団内で募集したところ、厨二病チックな名前になってしまった。
チャックさんが団長に伺いを立てる。
「作戦を開始してよろしいでしょうか?」
「よし!!ぶっ殺せ!!」
チャックさんが合図を送り、私が通信の魔道具で斥候部隊に指示をする。
斥候部隊がスリングショットとボウガンで攻撃を開始し、怒り狂ったブラックシープの群れが斥候部隊に向かってくる。それを絶妙の距離を保ちながら、罠地帯に誘導する。そしてブラックシープの群れが罠地帯に入った。
「ヘドロ君1号」が起動する。
「ヘドロ君1号」はロキ特製の「ドロドロ君2号」の改良版で、地面がヘドロ状になって、「ドロドロ君2号」よりも足止め効果は高い。どんどんとブラックシープの群れが地面に埋まっていく。
チャックさんが号令を掛ける。
「殲滅狙撃隊!!攻撃開始!!ロプス隊員は変異種を狙撃せよ!!」
「「「了解!!」」」
一斉に丸太が飛んでいく。
ブラックシープの群れは大混乱に陥り、その隙にロプス君が変異種2体をあっさりと仕留めた。しばらくして再度チャックさんが号令を発する。
「撃ち方止め!!軍団員はしばらく待機態勢を取れ!!」
あっという間の出来事だった。立っているブラックシープはいない。というか、原型を留めているブラックシープは数えるほどだった。
「オルガ団長、確認をお願いします」
オルガ団長は、ブラックシープの死骸の周りを歩いて回る。もし生きているブラックシープがいたら、とどめを刺すためだ。まあ、見た感じいないのだが、この役目は不意な反撃も予想され、他の団員に任せられないので、オルガ団長がやることになった。
確認を終えたオルガ団長は勝鬨を上げる。
「戦闘終了だ!!アタイたちの勝利だ!!」
「「「オオオオ!!」」」
歓声が上がり、団員が喜びあっている。ここでも冷静なチャックさんが指揮をする。
「すぐに素材の回収に移れ!!比較的奇麗な死骸は食用にするぞ!!それ以外は魔石だけ採取して、焼却処分だ。罠の解除も忘れるな!!」
実際問題、この回収作業の方が、戦闘の3倍の時間が掛かったんだけどね。
そういえば、ネスカは必要なかったね・・・・
それからしばらく、このような討伐活動を続けた。結果は連戦連勝、特に平野部での戦闘は、圧勝というか虐殺に近い状態だった。学生時代、ゴンザレスたちや派閥のみんなで苦労して討伐したグレートボアの群れだって、3分と掛からずに虐殺が終了した。最近では「戦後の処理が大変だから、殲滅狙撃隊にもっと奇麗に倒してほしい」という要望が出るくらいだった。
そしてこの要望を受けて、ドシアナが新兵器を開発する。それは「ビッグチャクラム」だ。巨大な輪のような円盤状の武器で、投擲武器には珍しく斬ることを目的とした武器なのだ。これで首を狙って投擲してもらい、首を狩れば奇麗に倒せるという発想だ。一つ目巨人族の面々は、意外にもコントロールがよく「狙撃手」のジョブ持ちのロプス君も「輪投げみたいで楽しい!!」と言って、変異種を討伐した後の掃討戦で使っている。少年ならではの無邪気な発言だが、実際にやっていることは虐殺以外の何物でもない。
この活動を通じて、最も驚かせたことは、チャックさんの活躍だろう。それまでは、控えめで裏方に徹していたのだが、オルガ団長の足らずを補い、オルガ団長が指示する前に部隊を動かしている。これならチャックさんが軍団長になってもやっていけるくらいだ。
そんな軽口を言うとチャックさんは、照れながらこう答えた。
「オルガ団長あっての第三軍団です。私はオルガ団長を支えているだけですからね。私がこういった役割をしているのも、クララ参謀長や団員たちに影響されてのことです。自分ができることを精一杯やろうってね。今までは諦めて、言われたことだけをやるだけでしたけど・・・」
そんなチャックさんのジョブは、ミリアと同じ「従者」だった。不思議な縁で、もしかしたら「雑用係」と「従者」は相性がいいのかもしれないと密かに思ってしまった。
そして、いよいよ私たちは新たなステージに進むことになる。
オルガ団長が団員に向かって薫陶を与える。
「そろそろ、他の軍団の奴らを驚かせてやろうぜ!!緊急出動を受けるぞ!!」
★★★
緊急出動とは、国内の様々な場所で、対処しきれなかった魔物を魔王軍が出動して対処する活動のことで、第一軍団と第二軍団の視察中に起こった、フロッグ族居住区シーサーペント襲撃事件に対処した活動がそれに当たる。
魔王軍の中では、「緊急出動に連れて行ってもらって初めて一人前」という、「ヒーローは遅れて登場」みたいな厨二病的思想があるらしい。なので、緊急出動の活動実績が最も評価される活動の一つだそうだ。その緊急出動を受けるとオルガ団長は言い出したのだ。
これを受けるにあたって、私たちが解決しなければならない問題があった。まずは部隊輸送だ。ゴブリンたちでだけであれば、何の問題もないのだが、最大火力である殲滅狙撃隊が乗れる竜車がないのだ。
これについては、ドシアナが新型の竜車を製作して対処した。これにはネスカの姉で、ダークエルフの特徴を持つスターシア団長の協力が大きかった。ロキ特製の橇を改良し、キャサリン様の魔方陣を応用して、ホバークラフト型の竜車を作ったのだ。魔王国ブライトンは魔石が安く手に入り、第三軍団は印税収入で活動資金もそれなりにあるので、何とかなった。
また、今までの活動であれば、こちら側で戦場を指定でき、ゆっくりと移動しても問題はなかった。しかし、緊急出動となるとそうはいかない。住民を救助しながらの活動になるし、戦場を選べない。
これにはネスカを招いて、様々な戦場を想定した訓練を繰り返して対応した。ネスカが第三軍団に入り浸りになるのは、腹立たしかったが、私は仕事にプライベートは持ち込まない主義なので、文句を言うことはなかった。
そして、私たちは初めての緊急出動を経験することになるのだった。
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