67 参謀長クララ 6
団員たちのデータも集まり、何となくだが私たちのやるべきことが見えてきた。早速、チャックさんとともに団長室に向かう。
団長室に入るとオルガ団長は上機嫌だった。あの後の飲み比べでも圧勝したらしい。
「昨日は儲けさせてもらって、感謝してるよ。ところで用ってなんだい?」
上司が機嫌がいいときは、提案が通りやすいとOL時代の同期が言っていたのを思い出し、団長室に乗り込んだのだ。
「オルガ団長が目標とする「第一軍団や第二軍団よりも強い部隊」について、私なりに考えたことを提案させていただきます。それは第一軍団と第二軍団にはない部隊を作ればいいと思うのです。その方向で進めさせていただいて、よろしいでしょうか?」
「それで、本当に強くなるのか?」
ここでチャックさんが助け舟を出してくれる。
「第一軍団と第二軍団に無い部隊を作れば、それだけで勝ったことになりますよ。だって無いんですから、不戦勝で勝利です。3つも作れば、後の部隊で負けてもトータルで勝ちです」
「そうだな。そうしてくれ」
屁理屈だが、納得してくれた。チャックさんは本当にオルガ団長のことがよく分かっている。
「それで編成を少し変更し、訓練メニューも変えますが、よろしいでしょうか?」
「強くなるなら、それでいいぞ」
あっさりと了承をもらった。
基本的なコンセプトだが、種族の特徴を生かし、足らずは装備で補うことにする。問題は装備だが・・・仕方がない。ネスカに頼むとするか。
★★★
ネスカの執務室を訪ねると大喜びで歓迎された。私は努めて事務的に要望を伝える。
「戦闘力を装備と工夫で補うか・・・クララらしいね。だったらこれから、魔王軍と提携している工房に案内しよう。代表者がクララに興味を示していたから丁度いい。そこはドワーフの工房で、代表者が気難しくて扱いづらいんだけど、クララなら大丈夫だと思うよ」
「面会はお願いします。ただ、安易な憶測で物を言うのは止めてください。それと他の部下や外部の人間がいる前で馴れ馴れしい態度は止めてください」
ネスカに嫌味を言った後、私とチャックさんはネスカに連れられて、ドワーフの工房に向かった。ドワーフの工房では、ドワーフたちが色々な物を作っていて、新鮮だった。作業中のドワーフに尋ねると代表者は、工房長室にいるという。そのドワーフの案内で、工房長室に入る。
そこには私たちから鹵獲した武器や防具、ロキ特製の橇や罠なども所狭しと並べられていた。それらは無残にもバラバラにされていて、戦略上、仕方ないことだとは思いつつも、居たたまれない気持ちになってしまった。
しばらくして、私より少し小柄なドワーフの女性が、私たちに気付いて近寄って来る。
「久しぶりッス、ネスカ王子。何か用ッスか?これでも忙しいんスよ」
「相変わらずだな、ドシアナは・・・・こちらが君が会いたがっていたクララだよ」
「ああ!!初めましてッス。ドシアナて言うッス」
ドシアナという女性が工房長だった。「グランドマイスター」という上級の職人のジョブ持ちで、20歳というドワーフでは少女と呼べる年齢だが、既に天才の名をほしいままにしている。
「それで、なんか用ッスか?」
ネスカがどうという前に、王族にこの態度はないと思う。若くして天才と呼ばれ、天狗になっている印象を受ける。それにロキが一生懸命に作ってくれた橇や武器をバラバラにした張本人だと思うと、少し腹立たしい気持ちもあるが、そんな気持ちを押し殺して、必要事項を伝える。
端的に言うと、ロキが作ってくれたボウガンやスリングショット、罠などを作ってほしいという要望だ。
「そんな物を頼みに来たんスか?どれもアイデアはいいんスけどね。これを作った職人がポンコツというか・・・ありふれた物を詰め合わせた感じが職人としてどうかと思うんスよね。わざわざ私が作るほどの物でもないかなって思うんスよ。
クララ参謀長は見てくれたッスか?私が作ったオルガ団長の大剣を。ああいう類の物じゃないと作る気が起きないんスよね。それにゴブリンとかコボルトが使うんすよね?だったら、お断りするッス」
ロキを馬鹿にし、ウチの団員であるゴブリンやコボルトたちを馬鹿にして、腹が立つ。
「ネスカ王子、工房はこちらだけですか?」
「いや、他にもあるけど、先代からの付き合いで、こちらに依頼しているんだけど・・・」
「だったら参謀長として、この工房とは今後一切、取引しないことを進言します。理由はあります。まず王族に対する態度、取引先に対する態度がなっていません。それに職人として武器や防具に対するリスペクトが欠けています。貴方が興味本位でバラバラにした橇やボウガンは、私の弟のロキが一生懸命に作ってくれた物です。私が出した思い付きのアイデアを、資金も素材も潤沢にあるわけではないのに、工夫に工夫を重ねて作ってくれました。できた物をアレコレ批判するのは、誰でもできます。完璧ではないかもしれませんが、無から有を生み出したロキのほうが、貴方よりも素晴らしい職人だと思います」
「職人でもないのに偉そうに!!ネスカ王子、こんな参謀長クビにしてほしいッス。私の腕がないと魔王軍は立ちいかなくなるッス。この際、私かこの参謀長かどちらか選ぶッス!!」
ネスカは迷わず言った。
「僕はクララを取るよ。ドシアナ、悪いけどクララ参謀長の意見を受け入れ、この工房との取引は停止する。それにオルガ姉さんの大剣だけど、もう折れちゃったよ。この際だから言うけど、君が部隊長クラスに納品している武器は性能はいいけど、コストも高く、壊れやすい。それが予算を圧迫している。それに一般の部隊員用の装備は明らかに手を抜いているよね?」
「手を抜いているんじゃなくて、見習いに作らせてるんッス。実力がないのに私の武器を使うなんて100年早いッス!!」
自信満々にドシアナが言うが、呆れて物も言えない。これがレストランで、シェフが「不味いのはアルバイトが作ったからだ。お前が俺の料理を食べるなんて100年早い」と言ったら、1ヶ月も経たずに閑古鳥が鳴くだろう。
「それが答えだ。そんなことも分からないのに工房長をしていたなんてね。今日来て、本当によかったよ。クララ、帰ろう」
私たちが帰ろうとしていると、工房のドワーフたちが心配そうに尋ねて来た。ネスカが事情を説明する。
「・・・そういうことで、取引停止にした。だが先代にはお世話になった経緯があるし、君たちが業務改善をして、真摯に仕事に向き合うなら今後のことは考え直してもいい」
そして、私たちは工房を後にした。
怒りで我を忘れてしまったが、これはネスカの計略に嵌ってしまったのだと思ってしまった。思わずネスカに尋ねる。
「ネスカ!!私を出汁に使ったね?こうなることを計算して私に会わせたんでしょ?」
「やっぱり分かった?」
「そりゃあ、長い付き合いだから・・・・」
「そうだね。こんな感じで、あの時のように頑張って行けたらと思うよ」
ふと気付いた。不覚にも、あの時に戻ってしまったようだった。
慌てて、訂正する。
「ネスカ王子、あの時とは、いつのことか分かり兼ねます。私は業務があるのでこれで失礼します」
チャックさんはニヤニヤしながら私を見てくる。私は小走りでその場を立ち去った。
★★★
次の日、出勤すると団長から呼び出しを受けた。もう謝罪に来たのかと思い、急いで向かう。まあ、早く作ってくれるのなら、文句はないけどね。
しかし、予想外の展開になってしまった。団長室にいたのは、ネスカとドシアナだった。
「この度、第三軍団に配属になったドシアナというッス!!よろしくお願いするッス」
ネスカが教えてくれた。
あの工房が出した答えは、ドシアナをクビにすることだった。元々は一般的な武器や防具を作る工房で、安くて丈夫が持ち味だったそうだ。特に先代の仕事は丁寧で、魔王軍の中にもファンは多かった。しかし、ドシアナという天才の出現により、一変する。ドワーフ自体が実力主義で、多少人格が破綻していても腕が確かなら言うことを聞く。しかし、今回の件はあまりにも酷いので追い出されたそうだ。まあ、経営者としては失格だからね。
そういう事情でドシアナが第三軍団の配属が決まったのだが、ある意味幸運かもしれない。ドシアナには給料だけ魔王軍から払えばいいので、その分経費を材料費に回せるからだ。
そんなことを思っていたら、ドシアナが驚きの発言をする。
「じゃあ、早く作業場に案内するッス。あの程度の武器でよければ、寝ながらでも作れるッス」
全然、反省していなかった。
私はオルガ団長に提案する。
「オルガ団長、ドシアナ団員の新兵訓練をお願いしてもよろしいでしょうか?オルガ団長直々の訓練をさせることで、団員としての基本と心構えを徹底的に教え込むことができると考えます」
「そうだな、そうしよう。久しぶりの新兵訓練だから、気合い入れてやるぞ!!」
「なるべく厳しくしてください。それが強い部隊を作る第一歩ですから!!」
しばらくして、ドシアナの悲鳴が聞こえて来たことは言うまでもなかった。
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