6 戦争へ
~レベッカ視点~
それにしてもクララ嬢には驚かされる。資料を分析し、いくつもの提案をしてくる。冷静な分析力は、本当に子供か?と思う反面、子供っぽく、戦争は止めてほしいと主張する。
「何とか、合同演習を中止にすることはできないのでしょうか?」
クララ嬢の発言に、普段から冷静な父上の顔もほころぶ。
「戦争が無くなれば、ベル商会は大損をするのではないか?」
「それについては心配ありません。保存が効く商品を中心に力を入れているので、たとえ戦争がなくなったとしても、短期的に見れば赤字になりますが、長期的に見れば、十分に収益が上がります。こちらの資料をご覧ください・・・」
万事がこんな感じだった。私も妹を見るような目でクララ嬢を見ていた。
「しかしなあ・・・合同演習をこちらから中止にすることはできんのだ。大人の事情というやつだ。合同演習を行うという前提で、提案をしてくれるかね?」
「分かりました。しばらくお時間をください。それはそうと、我が国に間者が紛れ込んでいるようです」
衝撃的な内容だった。父上も驚きの声を上げる。
「何だと!?」
「こちらの資料をご覧ください。明らかにロイター王国の商人を優遇している様子が窺えます。他国の商会に一等地をこんなに安く払い下げるなんて、普通はしませんからね。これは推測ですが、賄賂の見返りにそういった措置をしたのでしょうね。
そしてやり口ですが、戦争が始まる前に安値で物資を購入し、ルータス王国の派兵が決まった段階で騎士団に高額で売りつけるつもりでしょう。いい商売ですよね?
ルータス王国から持ち出す必要はなく、時期が来れば、貸倉庫ごと売ってしまえばいいのですから、ボロ儲けですね」
「そんなことが・・・更に追加の資料を持ってくるので、しばらく待っていてくれ」
父上が部下に命じて、資料を持ってこさせるとクララ嬢は早速、分析を始める。帳簿の写しや行動履歴から、たちまち怪しい文官3人を発見してしまった。更にその文官どもについて、分析させると別の不正も発覚してしまう。
兄上が進言する。
「父上、別件で身柄を押さえましょう。合同演習との関係はすぐに証明できませんが、こちらの通行税の横領事件の証拠が揃っていますからね」
「うむ、すぐに動いてくれ。但し、合同演習の件で、こちらが動いてくれることは、絶対に気付かれるな」
「御意!!」
早速、兄上は部屋を出て行った。
そして、次の日には容疑者である3人の文官の身柄を押さえ、家宅捜索の結果、合同演習に関する証拠資料も押収されたようだ。もちろん、こちらが合同演習の件を調べているとは気付かれていない。
クララ嬢を帰らせた後、提案書を見ながら親子で軍議を行った。
「この策とこの策を組み合わせて・・・となると指揮官は・・・」
「私もそれでいいと考えます。指揮官ですが、私にやらせてください。騎士団にも顔が利き、冒険者ギルドのギルマスでありますから、適任かと?」
「ではそうしよう。それと話は変わるが、弟のゴンザレスと婚姻させてはどうだろうか?年齢も同じくらいだしな。家格が釣り合わないようなら、一旦寄り子の貴族の養女にさせてもいいし、何なら今回の功績をもって父親を騎士爵に推薦してもいい」
「私もギルド職員に勧誘したのですが、断られてしまいました。ここは焦らずに関係を維持するべきかと」
「そうするかな。騎士団に是非ともほしい人材だ。もしかしたら騎士団ごときで収まらない人物かもしれん。今の馬鹿宰相より、よっぽど優秀だしな」
★★★
不意に部下から声を掛けられた。
「隊長、どうしたんですか?ニヤ付いたりして?」
「少し考え事をしていてな・・・」
私はクララ嬢のことを考えて、柄にもなく思い出し笑いをしてしまっていた。
「もうすぐ向こうさんと合流ですからね」
そういう私は300名の部隊を率いて、合同演習に向かっている。結局、騙されたフリをして逆に相手を騙すことにしたのだった。まず私たちが行ったことは、部隊員を徹底的に鍛え上げることだった。ちょっとした旅行気分だった彼らを父上と兄上とともに地獄を見せてやった。完璧とはいかないまでも、それなりに戦える軍団にはなった。
そして、冒険者の編成も変更した。
Cランク以上の者を中心に編成し、騎士団との合同訓練までさせた。実力はあるので、こちらは大して苦労はしなかった。
合同訓練中に戦争が起こることは、一部の関係者しか知らない。私に気安く話し掛けてきた、父上直属の諜報部隊員と3人のAランク冒険者しか知らないのだ。敵を騙すにはまず味方からというように、私たちは騙されたフリをしたのだった。
しばらくして、ロイター王国側の関係者と合流し、簡単な顔合わせの後、親睦会が始まった。演習には似つかわしくない大量の酒と食事が用意されていた。明らかにこちらを油断させるためであろう。分かった上で乗ってやることにした。
それから3日は何もなかった。昼間は大して意味のない訓練を実施して、夜間は宴会というパターンだった。そんなとき、諜報部隊の男が報告してきた。
「王都で小麦の価格が高騰しているようです。そろそろかと・・・」
「それではこちらも動くかな・・・」
私はロイター王国の責任者の文官に面会を求めた。
「ここまで、もてなしてもらうと少し心苦しい。なので、今晩はこちらで宴の用意をさせてもらいたい。酒保商人希望の商会の者が、安く卸してくれるというのでな」
「そんな・・・お気を遣わせてしまって恐縮です・・・」
責任者は狼狽え始めた。そろそろ頃合いなのだろう。それから雑談を少ししていたところ、ロイター王国の伝令兵が天幕の中に駆け込んで来た。
「至急報告!!魔王国ブライトンが侵攻して来ました。演習を中止して、至急援軍に向かうようにとのことです。ルータス王国の方々は・・・」
「もちろん、同盟国の危機だ。最も戦地に近い我々が援軍に駆けつけよう」
責任者が言う。
「それは有難い。すぐにでも出発致しましょう」
「1日待ってもらいたい。その商会に酒を大量に注文しているから、その商会に言えば、すぐに軍需物資を融通してもらえるかもしれん。それはそうと、条約では食料と活動資金はそちら持ちだったな?」
責任者の顔が引き攣る。
私たちは生贄のはずだった。だからこそ、弱兵を食料不足と物資不足で更に弱らせて全滅させる予定だったのだろうが、万全の状態で戦地へ向かうことになってしまったのだ。
「それとこれは我々の願いだが、今晩だけは酒を酌み交わさせてほしい。これで今生の別れになるかもしれんからな」
「そ、それはもちろんです・・・・」
この状況で嫌とは言えないだろう。
そこに運よく、相手からしたら運悪く、ベル商会の商隊が到着した。大量の酒だけでなく、大量の軍事物資も持参して。
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