59 魔族領へ
私たちはついに魔族領に入った。
私、エスカトーレ様、ネスカはピリピリしていて、ゴンザレスは「魔族は強いのかな?早く戦ってみたい」とのんきなことを言い、ダミアン王子はマニュアルをしきりに読んでいる。私たちがピリピリしているのには理由がある。ダミアン王子とゴンザレスには言っていないが、ネスカからこう伝えられたからだ。
「アイリーンが実力行使に出るとすると、魔族領に入ってからだ。何があっても魔族の所為にできるからね。だから、十分注意してくれ」
当のアイリーンだが、そわそわして、しきりに周囲を見回している。素人の私からしても、明かに何かを企んでいる雰囲気がある。
魔族領に入って、半日ほど経過したところで、ネスカが提案する。
「ここは敵地です。安全策を取って、少し早いですが、ここで一旦野営しましょう」
しかし、アイリーンは拒絶する。
「駄目です。少しでも早く魔王を倒さなくては!!苦しんでいる民が大勢いるのですよ!!できる限り前に進みましょう!!」
今更、早く進めだって!?
じゃあ、今までの行程は何だったんだ?急ぐなら、もっと何とかできただろうに・・・
「しかしアイリーンさん、ネスカさんが言うように、ここは敵地です。しっかり準備して・・・」
「お告げです。とにかく進むのです!!」
聞く耳を持たなかった。
仕方なく進むと、だんだんと街道のような道になった。魔族がどんな奴らか知らないが、それなりに文明は発達しているのだと推測できる。だったら、いきなり魔王を倒すのではなく、交渉から入ればいいのではないかと思ってしまう。魔族からしてみたら、私たち勇者パーティーはテロリストみたいなものだろうしね。
街道を進んでいた私たちは、ついに魔族と遭遇する。街道の真ん中に陣取り、30名ほどの魔族が待ち構えていた。その代表者と思われる筋骨隆々で、褐色肌の角の生えた大柄の女性が私たちに警告を発する。
「ちょっと止まりな!!ここは我が魔王国ブライトンの領地だと知ってのことか?すぐに立ち去るなら、見逃してやるよ」
うん、そうしよう。「ごめんなさい、道に迷ってしまって・・・」と言って、帰ろうと提案しようとしたが、アイリーンは拒絶する。
「こんな大勢で寄ってたかって・・・卑怯です!!私たちに神のご加護があります!!」
卑怯も何も、勝手に不法侵入したのはこっちなのだから、魔族じゃなくても怒るだろう。それにここにきて神頼みとか、一体何がしたいんだ?
するとその女は、部下に命じて、私たちの前に拘束された黒づくめの10名ほどの男たちを放り投げた。
「神のご加護とやらは、コイツらのことかい?どう見ても暗殺部隊の奴らだろ?」
アイリーンは青ざめる。この馬鹿聖女はコイツらを使って、私たちを暗殺しようとしていたのか?
しかし、素直に認めるアイリーンではなかった。
「し、知らない人たちです。こ、これも貴方たちの自作自演ですね!!本当に卑怯なやり方ですね」
それは無理があるだろ・・・それに堂々としているのは魔族の方だ。
流石に魔族の女性も怒りだす。
「ごちゃごちゃとうるさいよ!!痛い目をみないと分からないのかい?卑怯、卑怯と言うのなら、アタイ一人で相手にしてやるよ。どっからでも掛かってきな!!」
なぜ、交渉するチャンスを不意にするのか分からない。ここはネスカ辺りが、上手く収めてくれると期待したのだが、空気の読めないゴンザレスが、思い掛けない行動に出る。
「我はルータス王国ドナルド侯爵家のゴンザレスだ!!そちらも、なかなかの手練れとお見受けする。こちらも我一人で戦う。名を名乗られよ」
「大層な名前はないよ。ただのオルガだ。能書きはいいから早く掛かってきな」
「では参る!!」
ゴンザレスは大楯を構え、突進して行く。一方、オルガと名乗った女性は大きなこん棒を両手で持ち、ゴンザレスに対峙する。激しい打ち合いが始まった。序盤は互角の戦いで、オルガの攻撃をしっかり受け止めたゴンザレスが、カウンターで攻撃する展開だった。
しかし、徐々にゴンザレスが押され始める。ゴンザレスがパワー負けするなんて、初めて見る。そして、決着の時は訪れる。ゴンザレスの楯が砕かれ、こん棒がまともにゴンザレスにヒットした。流石のゴンザレスも立ち上がれない。
「なかなかやるねえ、だけど経験不足だ。力だけに頼った戦いじゃ、すぐに頭打ちになるよ。もっと頭を使って、躱せる攻撃は躱さないとね。それに楯はもっといい物を買いなよ。後10年修行したら、もう一回戦ってやってもいいよ」
ここで、アイリーンに促されたダミアン王子が前に出る。
「僕はルータス王国第三王子のダミアン・ルータスだ。勝負!!」
ダミアン王子も善戦するが、オルガには勝てなかった。
「アンタは、型通りに攻撃しすぎだよ。せっかく魔法も剣も使えるのに、もっと工夫しないと・・・それに圧倒的に実戦経験が不足してるよ。出直して来な!!」
ダミアン王子が倒されたところで、エスカトーレ様が鬼の形相でオルガに対峙する。
「殿下の仇は私が取ります。勝負です」
ここで、オルガの後ろに控えていたダークエルフの女性が歩み出る。
「貴方、魔導士でしょ?お姉様、ここは私にやらせて。私も楽しみたいの」
「分かったよ。ということで、選手交代だ。それとスターシア、くれぐれもやりすぎるんじゃないよ」
スターシアというダークエルフの女性とエスカトーレ様の戦いが始まった。予想どおり、壮絶な魔法の打ち合いになった。エスカトーレ様は得意の風魔法を連発し、スターシアはそれに対抗するように土魔法や水魔法で応戦する。エスカトーレ様も天才だが、相手のほうが上手だった。エスカトーレ様が魔法を放った直後にスターシアは、エスカトーレ様に急接近して、鳩尾に手拳を叩き込んだ。エスカトーレ様は崩れ落ちる。
「魔導士としては、一級品ね。でもそれだけよ。貴方も実戦経験が足りてないわ。どうせ今まで、魔法を撃つだけで、後は仲間に守ってもらってばかりだったんでしょ?」
「・・・う、う、うう・・・」
エスカトーレ様は呻いている。
もう無理だ!!降参しよう。最初から、大人しく帰ればよかったのに・・・・
アイリーンを見るとパニック状態だった。侍女二人に「お前たちも戦え」と言っている。「勇者」も「大魔導士」も打ち倒されて、ここで侍女を投入って・・・どうみても無理だ。
侍女二人も首を振って、「無理です、無理です」と目で訴えかけている。
「行けと言ったら、行きなさい!!この畜生ども」
それは酷いだろ!!
アイリーンは何かの魔道具を起動させた。すると、侍女二人は首を抑えて苦しみだした。仕方なく侍女二人は向かって行く。意外にこの二人は強かった。二人とも双剣使いで、身体能力も高く、コンビネーションもいい。オルガも褒めていた。
「今までの奴に比べたら実戦慣れしてるね。だけど、何かの魔道具で力を抑えられているようだね。流石にそれじゃあ勝てないよ」
侍女二人も倒されてしまった。
アイリーンはなおも叫ぶ。
「アンタたちも戦いなさい!!ほら!!行って!!」
どう見ても無理だろう。ネスカはいい勝負ができるかもしれないが、私は無理だ。流石に私もキレる。
「だったら、貴方が行ってよ!!私は戦闘力ゼロよ」
「行きなさい!!神のお告げですよ!!」
「じゃあ私、ヤスダ教から脱会します。信者じゃないから、もう関係ありません!!」
「なんと不敬な!!地獄に落ちますよ」
「アンタがね。偽者さん」
私とアイリーンの口喧嘩にオルガたち魔族は呆れかえっている。
「どっちでもいいから、早く決めてくれないか?」
ここでネスカが歩み出る。そして、剣を地面に投げた。
「降伏する。捕虜としての扱いを希望する」
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