57 勇者の旅
王都を出発した私たち勇者パーティーは、すぐに魔族領に向かわずに各国を歴訪し、理解と協力を求めるのだという。これも自称聖女のお告げらしい。ネスカでなくても何か裏があると思ってしまう。まあ、全く思わない人もいるんだけどね。
「ダミアン王子!!訪問する各国には熱く語りかけて、協力を求めましょう!!」
「そうだね、ゴンザレス。君の働きには期待しているよ。最初に訪れる国は・・・なるほど・・・こういうことをすると、マナー違反になるのか・・・」
ゴンザレスはそれでいいし、ダミアン王子には何も期待しないことにしているしね。
自称聖女はというと、私たちといるときは不機嫌だ。今もお付きの侍女二人にくだらないことで当たり散らしている。なぜかこの侍女二人は同行が認められているのだ。まあ、ツッコムとしたら、いくら絶対神のお告げだからと言って、侍女の同行まであれこれ指示するとは思えないんだけどね。
自称聖女の態度にエスカトーレ様が文句を言う。
「アイリーンさん、侍女とはいえ、もっと接し方があると思います。この方たちも含めて勇者パーティーなのですから」
「博愛主義で脳みそお花畑の自称聖女様は、言うことが違いますね!!私は厳しく、侍女たちの為を思って・・・
ダミアン王子!!エスカトーレ様が・・・」
涙目でダミアン王子に抱き着く。エスカトーレ様は、鬼の形相をしている。
まあ、こんな感じなので、勇者パーティーの雰囲気は非常に悪い。
★★★
各国を回っているうちにこの自称聖女であるアイリーンの思惑が何となくだが、分かってきた。何かにつけて「風の聖女」であるエスカトーレ様を貶めようとする。
同じ小国家群でも国が違えば、風習やマナーが全く違う。例を挙げると、同じ贈り物を受け取る場合でも、ある国では「三回断ってから受け取るのがマナー」だが、ある国では「すぐに受け取り、その場で中身を確認して、お礼を言うのが礼儀」なのだ。
そういった細かいルールやら風習を利用してエスカトーレ様に恥を掻かせようとしていた。
しかし、そんなことでどうにかなる私たちではない。
謁見前や晩餐会の前には、その国の担当文官に頼んで、必死でマナーや風習を勉強し、エスカトーレ様とダミアン王子の二人分のマニュアルを作る。それはもう大変だったが、自称聖女への怒りで、これまでにないくらい私も、ネスカもエスカトーレ様も団結していた。
苦労は実を結び、ダミアン王子もエスカトーレ様も王族や各都市の代表者から最高の評価を受けていた。また、私とネスカの一生懸命な姿勢に、担当してくれた文官は皆、好意的だった。中には「こんな小国の私たちの文化を真剣に学んでくれて有難いです」と泣き出す者もいた。
それとゴンザレスだが、行く先々で勝手に熊人族伝統競技のナダスを普及し始めた。これには各国の武人たちに評判がよく、暑苦しい男たちの間で、ゴンザレスは大人気になっていた。特に絶大な人気を博していたのは傭兵国家ロゼムだった。
傭兵国家ロゼムは傭兵王ロゼムが建国した国で、世界各国に傭兵を派遣して国を維持している。堅苦しい礼儀もなく、気質は騎士よりも冒険者に近い。実力主義で、ゴンザレスとナダスが受け入れられる土壌は十分にあったとはいえ、正直ここまで仲良くなるとは思わなかった。今も五代目傭兵王ロドスとゴンザレスは肩を組んで酒を酌み交わしている。
「ゴンザレスの兄弟!!困ったことがあったら何でも言ってくれ。魔族だろうが何だろうが、すぐに兵隊を集めて駆け付けてやる」
「ありがとうロドス王、礼を言いたいのはこちらのほうだ。何かお礼の品を渡したいのだが・・・あっそうだ!!クララ!!余った缶詰を持ってきてくれ」
私は、保存食として持ってきた缶詰を傭兵たちに振る舞う。当然大絶賛だった。
「これは旨いぞ。こんなのが戦地で食べられたら言うことないな・・・」
「酒にもよく合うぞ」
瞬く間に缶詰は食べ尽くされる。まあ、侍女二人も一心不乱に食べていたけどね・・・
「そこの女!!どうやったらこれは手に入るんだ?」
「私の実家のベル商会で販売しています。商業ギルドを通じて注文していただければと思います」
「なら、明日にでも注文しよう」
思わぬところで、実家の売り上げに貢献してしまった。
そんな状態なので、思惑をことごとく潰された自称聖女は機嫌が悪い。逆にエスカトーレ様の評判はどんどん上がっていく。ネスカが色々と調査した結果、なぜ自称聖女がエスカトーレ様を目の敵にしているのか判明した。
自称聖女のアイリーンには各地で偽者説が浮上しているそうだ。
高名な「星読み師」によると、この時代に「聖女」が誕生したことは間違いないらしい。ただ、それがアイリーンだとは断定していない。そんな中、エスカトーレ様が数々の功績を打ち立て、「風の聖女」と呼ばれるようになる。エスカトーレ様が活躍すればするほど、アイリーンの偽物説が信憑性を帯びてくる。だってアイリーンは大した功績を上げていないのだから・・・
アイリーンは神聖ラドリア帝国公認の聖女であり、偽物と判明したら、アイリーンだけでなく神聖ラドリア帝国の権威も丸潰れになる。だから、国を上げてエスカトーレ様を偽物にしたいのだろう。自分が本物と証明することができないからね。
「私は自分が聖女などと、一言も言ってないですし、ジョブが「大魔導士」と公表していますのに・・・」
本当に迷惑な話だ。
★★★
そして私たちは小国家群で最後の訪問国となるマドメル魔法国にやって来た。魔法国と名乗るくらいだから、魔法や魔道具などの研究が盛んな国だ。ここでは入国初日から注目を集める。天才魔法少女としてエスカトーレ様は有名で、国民的人気者なのだ。普通に考えれば、この国で問題は起こるはずはないのだが、この地にはどんなにマニュアルを作っても対応できない規格外の人物がいるのだ。
その人物とは、晩餐会で再会した。
「クララちゃんじゃないか!!それにゴンザレスも!!滞在中に頼みたい仕事があってね・・・・」
ゴンザレスの母親のキャサリン様は相変わらずだった。キャサリン様は表向きは特別講師としてだが、実際は私への監禁容疑で当面の間、国外追放になっている。
「は、母上!!クララとは接触禁止のはずです。無事に刑期が明けるまで慎んでください。いくら母上でも、これ以上クララに何かすると報告しますよ」
「へえ・・・言うようになったじゃないか。ゴンザレスに免じてここは引くとしよう。じゃあ、クララちゃん、お義母様は、クララちゃんが嫁いで来る日を心待ちにしているよ」
キャサリン様は恐ろしい言葉を残して、去って行った。将来、ゴンザレスとそういう仲になるとは思えないけど、今回のことは素直に感謝した。
それからは私たちは平和だった。晩餐会の出席者もダミアン王子ではなく、エスカトーレ様が主役のような形だったので、トラブルも起きなかった。あくまでも私たちだが・・・
トラブルというか、大問題が起こる。自称聖女のアイリーンは、酒に酔ったキャサリン様に絡まれていた。
「アンタ、偽物の聖女なんだろ?本当のジョブを教えなよ!!」
「何を失礼なことを!!私は正真正銘の聖女です!!」
「だったら、その胸に着けてるものは何なんだい?ほら!!」
あろうことか、キャサリン様はアイリーンの胸にある二つの物体を引きちぎった。
「なんだ・・・ゼリースライムを集めただけか・・・なるほど・・・手触りはいいし、初心な奴は騙されるだろうね」
会場は騒然となる。
一番早く対応したのは、なんとゴンザレスだった。慌てて、キャサリン様を会場から連れ出す。
「母上!!お酒はほどほどにしてください。とりあえず、この件はギルドを通じて姉上と父上に報告いたしますから!!」
流石に女性として、アイリーンには同情した。エスカトーレ様も同じ気持ちだったようで、アイリーンを庇う。
「我が国出身のキャサリン女史が、大変なことをしてしまい申し訳ありませんでした。今回のことは母国に持ち帰り、正式に謝罪いたします。こちらのダミアン王子もそう仰っています。ですので、今回の件はご内密にお願いします。何も見なかったことにしていただければ、幸いです」
この件で更にエスカトーレ様の評価は上がった。
一方アイリーンはというと、激しくエスカトーレ様を睨み付けていた。
それよりも私が気になったのは、侍女二人がアイリーンを見て、笑いを堪えていたことだろう。侍女二人は、アイリーンのことをよく思ってないのかもしれない。
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