49 ダミアン王子
まだ夏季休暇中だが、私たちは学園に登校していた。
職場研修も一通り終了し、学園側に提出する結果報告をまとめるために集合したのだ。研修はいつものメンバーで一緒に受けていたので、みんなで集まって、わいわい話しながら結果報告をまとめている。当然、お喋りがメインになり、なかなか進まない。そこまで急ぐものでもないので、のんびりとやっているわけだ。
そんな中、私とミリアは売店に向かった。結果報告を書きながらお菓子を摘まもうということになって、お菓子を買いに来ていたのだ。お菓子と飲み物を買って、借りている会議室に戻ろうとしたところで、校舎の陰で言い争う声が聞こえてきた。興味本位に覗いてみると、エスカトーレ様とダミアン王子だった。いけないとは思いつつも、私とミリアは覗くことにした。
ミリアに小声で言う。
「これって修羅場かなあ?」
「シッ!!黙って・・・気付かれちゃう」
ミリアと聞き耳を立ていると、修羅場ではないようだったが、あまりいい話ではなかった。
「いくら殿下の頼みでも、それはできません。レニーナさんを派閥のメンバーから外すなんて・・・」
「これはエスカのためでもあるんだ。獣人や亜人を優遇する奴らとは関わってほしくない」
「そんな・・・聖書にもそのようなことは書かれてませんよ」
「それはエスカが聖書を理解していないからそう思うんだよ。この解釈書にはこう書いてある。「獣人や亜人は人ではない。魔物に近い存在」だとね」
「しかしそれは・・・一つの解釈であって・・・」
「僕はね、この解釈書に出会って人生が変わったんだ。この解釈書と聖書のとおり行動すれば、「勇者」に相応しい行動が取れるって気付いてね。実際、エスカも褒めてくれたじゃないか」
「でも殿下、解釈書も完璧ではなく、常に・・・」
どうやら、ダミアン王子はマニュアル人間から脱却したわけではなく、新たなマニュアルである聖書と解釈書のとおり、行動していただけだった。
これって結構危ないやつじゃないのか?真面目な人ほど、変な宗教に嵌るっていうしね。
そんなことを思いながら、二人の会話に集中していると手が滑って、お菓子を取り落としてしまった。バシャーン!!という音が響いた。
ダミアン王子とエスカトーレ様に気付かれてしまった。
「とにかく、エスカもこの解釈書をよく読んでくれ。それで神様について、また語り合おう。僕はこれで失礼するよ」
そう言うと解釈書をエスカトーレ様に渡したダミアン王子は去っていった。
エスカトーレ様はもの凄く寂しそうな顔をしている。彼氏が変な宗教に嵌った大学のときの友人のようだった。エスカトーレ様と一緒に会議室に戻ったのだが、もう結果報告の作成どころではなかった。
エスカトーレ様から事情を聞く。
ダミアン王子がああなったのも、神聖ラドリア帝国に留学したことがきっかけだそうだ。最初は一生懸命に留学中の出来事や学んだことを語るダミアン王子のことを微笑ましく思っていたのだが、だんだんとその言動が極端になっていったそうだ。
「私が何を言っても聞いてくれなくて・・・聖書の話は、まだよかったのですが、解釈書の話になるとどうも・・・」
「速読」のスキルを使って、解釈書を流し読みしたのだが、かなり過激な思想だ。人族至上主義で、獣人や亜人を排斥し、魔族を殲滅しようというような思想だった。それ以外はまあ、常識の範囲だったが、戒律が事細かに決められていて、スーパーマニュアル人間のダミアン王子にはクリティカルヒットしたのだろう。
私は提案した。
「こういうのは専門家に意見を聞いたほうがいいのでは?知り合いにその道のプロがいますしね」
★★★
やって来たのは、ボランティア活動でお世話になっている教会だ。私のジョブ鑑定をしてくれた神父様に状況を説明する。
「なるほど・・・ダミアン王子がそんなことに・・・」
しばらく解釈書を見た神父様が言う。
「これはエランツ派の解釈書ですね。過激思想で有名な一派で、最近急速に勢力を拡大しています。特に神聖ラドリア帝国では主流派になりつつありますね。多種族共存を理念にしているルータス王国には合わない思想ですが・・・」
それはそうだろう。こんな馬鹿げた思想が幅を利かせるなんて、一体どんな国なんだろうか?
「皆さんが、不思議に思うのも無理はありません。しかし侵略国家には非常に都合のよい教えなのです。神が魔族や獣人の国を攻めることを推奨していることにすれば都合がよく、支持される理由も分かるでしょ?」
分かるには分かるのだが・・・
「それでですが、私からその教えは間違っていると指導することはできません。無責任に聞こえるかもしれませんが、同じ神を信仰している同志を否定することはできないからです。ぶっちゃけて言いますが、聖書なんて本当にあったことを書いているか証明できませんし、私の宗派の解釈がすべて正しいとは言い切れません。それとなく、諭すことはできるでしょうが・・・・お役に立てず、すいません」
まあ、神父様の立場なら仕方ないよね・・・
教会を出た私たちは、お昼を食べていないことに気付き、ベル食堂でお昼を食べながら対策を練ることにした。落ち込んでいたエスカトーレ様だったが、食欲は健在だった。
食事を食べ終えたところで、レニーナ様が提案してきた。
「聖書や解釈書よりも素晴らしいマニュアルを作れば、解決するのではないでしょうか?私たちのマニュアルはダミアン王子に合った最適の物だと自負しています。もう一度、殿下をマニュアル人間にしてしまいましょう!!」
それはちょっと極端ではあるが、背に腹は代えられない。
エスカトーレ様も賛成する。
「マニュアル人間にするのはどうかと思いますが、訳の分からない神様の話をされるよりはマシです。皆さんには苦労掛けますが、よろしくお願いします」
残りの休暇も徹夜続きとなることが決定してしまった。
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