47 職場研修 4
その日の内に下山した私たちは、夜明け前に王都に到着、まずは冒険者ギルドを訪ねた。レベッカさんが応対してくれる。
「話は父上から聞いている。すでに冒険者を配備しているぞ。倉庫に何かあった段階で、関係箇所に一斉に踏み込む手筈になっている。私も一隊を率いて、取引先のゴミクル商会に踏み込む予定だ。ジャンヌたちは倉庫の工作に来た者の拘束を頼む」
「皮肉なものだな。レベッカに頭を下げることになるとはな・・・」
「気にするな。私も倉庫で痛い目を見たことがあるからな。それと倉庫の管理担当者は保護している。まあ、彼も無実ではないが、同情の余地はあるからな・・・」
レベッカさんの話では、取引相手のゴミクル商会や騎士隊の黒幕たちは、この担当者に罪をすべて被せようと画策しているそうだ。そうさせないためにギルドで保護しているという。騎士隊の担当者はダモールという男で、3ヶ月前から倉庫管理の担当者に就任、少額の賄賂を握らされて、不正を黙認するように言われていたそうだ。ゴミクル商会から実家である肉屋との取引を停止すると脅されて仕方なく従っていたという。
「話は変わるが、クララ嬢に依頼をしたい。今の時点でも証拠資料を少なからず抑えているから、その分析だ。もちろん、依頼料は弾むぞ」
これにジャンヌ隊長が驚きの表情を浮かべて抗議する。
「ちょっと待て、レベッカ。学生にこんなことをさせるのは、マズいぞ」
「ジャンヌもクララ嬢の能力には驚かされただろ?それに彼女はギルドの臨時職員でもあるし、何の問題もない」
それからすぐに資料分析を始めた。
こういったときはチャート図にすると分かりやすい。相関関係とかが一目で分かるからね。資料分析は2時間程度で終了したが、レベッカさんとジャンヌ隊長は私が作ったチャート図を見て絶句する。すべての矢印がある人物を指しているのだから・・・
★★★
ジャンヌ隊長が黒幕と睨んでいたのは補給部隊長のナッシュだった。しかし私の資料分析の結果、もっと上にいる人物が関与していることが判明してしまったのだ。すぐにレベッカさんは騎士団長に報告をしていた。何かしらの対策が打たれるだろう。
それから夕方まで休憩して、夕方から騎士隊の倉庫に移動する。容疑者が工作に来るのを待ち受ける形だ。容疑者には専門部隊が張り付いているので、通信の魔道具で逐次報告が来る。
「すまんな、クララ殿。貴殿を巻き込んでしまって。貴殿は通信兵としても有能だからな・・・」
「お気になさらずに。仲間たちも付近で待機してくれてますので、心配はいりませんよ」
どうやら私の通信兵としての能力はそこそこ高いようだった。OL時代もマニュアルどおりに電話対応するのは得意なほうだったしね。
日が落ちた頃に数名の男たちが倉庫に現れた。何やら話し声が聞こえる。
「しかし今回のことは肝が冷えましたぞ。まさか学生が倉庫整理するなど思いもしませんでした」
「それは確かにな」
「でも運は我らに味方しましたな。隊長は野外実習で不在、こんな幸運が舞い込むなんてね」
「ナッシュよ。ジャンヌは我にこう命じたのだ。『ナッシュが怪しい。実習終了後に監査を行うから監視を怠るな』とな。まさか副隊長の私が裏で糸を引いているとは思いもしなかっただろう」
「そうですね、スティーブ様。今日倉庫を燃やして証拠を隠滅、明日には倉庫管理担当のダモールに遺書を書かせて自殺に見せかけて・・・」
「そうだ。後はお前が知らぬ存ぜぬを貫けば、どうにもできまい。証拠は燃えてしまっているし、担当者のダモールは死んでいるのだからな。それに今日はお前に代わって私が当直責任者になっているからな。お前はアリバイ作りでこの後すぐに入院してもらう。流行りの熱病ということでな」
スティーブとナッシュが話している間に、部下たちは倉庫の周りに油を撒き始めた。
「そろそろだな・・・一応、アリバイも作っておこう」
そう言うと副隊長のスティーブは、通信の魔道具で何かを話始めた。相手はなんとジャンヌ隊長だった。
「隊長、緊急連絡です。倉庫が何者かに襲撃を受けました。激しく炎上しています。すぐにご帰還を」
ジャンヌ隊長も話を合わせる。
「分かった。だが、どんなに急いでも2日は掛かる。学生もいるからな」
「そうですか・・・それとナッシュですが、熱病に掛かって急遽入院いたしました。代わりに私が当直責任者をしています」
「早急に対処しろ」
「了解です」
安心した副隊長のスティーブは指示を出す。
「これで完璧だ。そろそろやるぞ。火を着けろ!!」
しかし、倉庫が燃え上がることはなかった。副隊長の部下たちは氷漬けにされてしまったからだ。これは「氷結の魔剣士」の二つ名を持つ、ジャンヌ隊長の魔法だった。スティーブとナッシュは驚愕している。
そこにジャンヌ隊長が姿を現す。
「おかしいなあ・・・入院したはずのナッシュがいるし、倉庫は燃えてないぞ。どういうことか説明してくれるかな?副隊長殿」
「こ、これは・・・その・・・・」
「もう言い逃れはできんぞ」
「こうなったら・・・力付くで・・・」
そういったスティーブだったが、一瞬でジャンヌ隊長に打ち倒されて、拘束された。ナッシュについては駆け付けたゴンザレスたちが拘束した。
私はすぐに報告を入れる。
「レベッカ様、ジョージ様へ。倉庫襲撃犯を確保、人員装備異常なし」
それからは後日聞いた話になるが、レベッカ様の部隊とジョージ様の部隊でゴミクル商会の関連施設と前第3騎士隊長の自宅を強襲したそうだ。多くの関係者を拘束し、証拠資料も押収したらしい。その後、どのような背後関係があって、誰が黒幕で、資金がどこに流れていたかなどについては、当然だが、教えてくれなかった。
まあ、聞いてしまったら、また厄介ごとに巻き込まれるから、いいんだけどね・・・
この件で私たちに影響があったことといえば、職場研修先が急遽変更になったことだろうか。当初は法務省を予定していたのだが、今回の事件でてんやわんやの大忙しになってしまい、学生を受け入れる余裕がなくなってしまった。そこで研修先が魔法省に変更になった。それがまた悲劇を呼ぶのだが、それはまた別の話だ。
★★★
~ジャンヌ・ドレイク視点~
やっと後処理が終わった。
隊長として最後の仕事だと思い、不眠不休で対処に当たった。今回の事件は、隊長の私でさえも全容を把握することはできなかった。というのも、問題があったのは我が第3騎士隊だけではなく、他の部隊や文官連中にも波及していたからだ。事件の背後関係には興味があったが、職を辞する身の私が出しゃばるのはよくないと思い、粛々と必要な仕事だけをこなした。
私は決意を固め、騎士団長室を訪ねた。レベッカとは因縁があるが、彼女の父である騎士団長のことは尊敬している。武人としてもう少し、騎士団長の下で仕事がしたかったが仕方がない。けじめは付けなければな。
私が騎士団長室に入ると騎士団長は笑顔でこう言った。
「ジャンヌ隊長!!よくやったぞ!!見事な采配だった。学生を上手く利用して、不正を暴くなど、そうそうできるものではないぞ。表彰の上申もしておいたからな。引き続き、頑張ってくれ」
「ちょっと待ってください。今回の件は偶然が重なっただけで、決して私の采配では・・・」
「ジャンヌ隊長、今の騎士団を含めた中央の状況は理解しているな?この状況で貴殿ほどの者を辞めさせることはできん。思うところはあるだろうが、そういうことにしておいてくれ」
「分かりました。今後も精進いたします」
処分はなく、逆に表彰されることになってしまった。
レベッカと懇意にしている気に入らない学生に嫌がらせしただけの話が、こんなことになるとは、本当に皮肉なもんだ。
ただ、クララという学生には非常に感謝している。もし彼女がいなければと思うとぞっとする。それは騎士団長も同じ気持ちだろう。
彼女が今後どのような道に進むかは分からない。だが、私は彼女が何か困っていたら、何をおいても助けることを深く誓った。
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