16 事前準備 2
とりあえず、果たし状を確認する。果たし状の内容は半分以上が嘘だった。卑怯な手を使い、三人がかりで教師をリンチにし、辱めを受けたと書いてあった。レベッカさんが目配せをしてくる。
仕方なく、私がフレッド様に説明をする。
「あの教師は問題がありました。ゴンザレス様が苦手な型の訓練ばかりさせ、少しでも間違うと『馬鹿、無能』などと罵倒するのです。それでレベッカさんやジョージ様に相談し、ゴンザレス様の特徴を生かせる近接戦闘訓練に変更しただけです。実際、ゴンザレス様がやり過ぎたかもしれませんが、卑怯なことはしていません。正々堂々戦っておられました」
フレッド様は少し考えて言った。
「事情は分かった。とりあえず、決闘ではなく、双方の関係者立ち合いで、模擬戦に変更してもらう。プライドの塊のような近衛騎士団長に頭を下げるのは癪だが、こちらに非が全くなかったとは言い切れんからな・・・」
ということで、3日後にゴンザレスと教師との模擬戦が決定してしまった。
★★★
決闘場所は、冒険者ギルドの訓練所になった。噂を聞いた冒険者や非番の騎士が多く集まった。ベル商会もちゃっかり屋台を出し、賭けをしている者もいるようだった。この模擬戦に際して、ゴンザレスはレベッカさんの指導で特訓を行っていた。主に練習していたのは、攻撃を受ける練習だった。訓練を見学したが、ゴンザレスに合っているようだった。
「ゴンザレス、華麗に勝とうと思うな。泥臭くてもいい。冒険者は生き残ってなんぼだからな」
「はい、姉上!!」
レベッカさんは騎士流の指導ではなく、冒険者流の指導に切り替えたようだった。
そして模擬戦の日、場外でもバトルが起こっていた。レベッカさんに聞いたところ、あの教師は近衛騎士団長の息子で、近衛騎士団長と騎士団長のフレッド様は犬猿の仲らしい。
「教師は出来損ないだが、近衛騎士団長は侮れん。スピードと技術重視の華麗な剣術が持ち味の近衛騎士団長とパワーで押し切るスタイルの父上では、水と油だ。何かにつけて衝突しているのだ」
「それならなぜ、そんな人の息子を教師にしたんですか?」
「これは両家の取り決めだ。何代も前の当主が、お互いを高め合おうということで、剣術教師は双方から出すようになったらしい。まあ、最近では喧嘩の火種にしかならんがな」
そんな話をしているところ、近衛騎士団長と従者たちがやって来た。フレッド様と挨拶を交わしているが、険悪な雰囲気だ。
「取り決めどおり、偶々訓練中に模擬戦が始まったということでいいな?」
「それで構わん。息子が負けたことを考えるなど、フレッドも老いたものよ」
「ゴンザレスが負けるとは思っておらん。そちらの愚息のためを思ってのことだ。入学前の子供に決闘で負けたとなっては、近衛騎士として生きていけんからな」
「なんだと!!」
お互いの従者がそれぞれの当主を止める。どちらも慣れているようで、こういうことはよくあるのだろう。
そしていよいよ、模擬戦が始まる。
あくまでも偶々模擬戦が始まったという体なので、名乗りとかはしないようだった。観客が囃し立てる。
「早く始めろ!!」
「ゴンザレス!!お前に賭けてんだ!!ぶっ殺せ!!」
審判役のギルド職員が開始の合図を告げる。
「あの時は油断したが、今回はそうはいかんぞ。嬲り殺しにしてやる」
そう言うと教師はゴンザレスに木剣で切り掛かる。素人の私から見ても、教師の腕は確かなものだと思った。スピードも速く、フェイントを織り交ぜながらの攻撃は強力で、ゴンザレスは防戦一方だった。
どれくらいそんな時間が続いただろうか。ゴンザレスはボロボロになり、教師のほうはまだまだ余裕そうだった。ゴンザレスは上手く攻撃を捌いてはいたが、すべてを捌ききれるわけではなく、体中に痣や擦り傷が多数できていた。
木剣ではなく、真剣であったならゴンザレスは死んでいたかもしれない。
心配になってレベッカさんに尋ねる。
「レベッカさん、大丈夫なんでしょうか?ゴンザレスはボロボロですし、棄権したほうが・・・」
「心配ない。傷だらけだが、ゴンザレスの目は死んでいない。それに素人目には分からんだろうが、
教師の男が振るう剣のスピードが徐々に落ちてきている」
しばらく攻防が続いた後、素人の私が見ても、教師のスピードが落ちてきているのが分かった。
そして決着のときが訪れた。
徹底したヒットアンドアウェイ戦法を続けてきた教師だったが、渾身の一撃を放った直後、間合いを取るのが一瞬遅れた。渾身の一撃を受け止めたゴンザレスは、教師に抱き着き、地面に組み伏せた。そして、抑え込みの態勢になり、教師の首を締め上げる。
しばらくして、教師は動かなくなった。失神したようだ。
慌てて、審判役のギルド職員が止めに入り、ゴンザレスの勝利を宣言した。会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
一方観覧席では、フレッド様と近衛騎士団長が話をしていた。
「見事な勝利だった。もう一度息子を鍛えなおす」
「いや、真剣であれば、負けていたのはゴンザレスのほうだ。ルールがゴンザレスに味方したに過ぎない」
模擬戦開始前は、一触即発の空気だったのに、今は握手までしている。
「クララ嬢、父上と近衛騎士団長は犬猿の仲だが、お互い実力は認めている。それにあの教師も性格的にはクズだが、剣の腕は確かだからな」
ゴンザレスは訓練所の中央で、拳を掲げて、歓声に応えていた。いつも何かに怯えているゴンザレスはもういなかった。
★★★
そんなゴンザレスも最後の最後まで上達しなかったものがある。それは社交ダンスだ。
私は受けた仕事はきっちりやる質なのだが、こればっかりは気持ちが折れそうだった。何度もゴンザレスに投げ飛ばされる。それでも必死に立ち上がり、ゴンザレスに向かって行く。まるで、スポ根アニメの主人公のように。
「クララ、もうやめたほうが・・・」
「大丈夫よ、ゴンザレス。もう少しで掴めるはずだから・・・」
結局、決まったステップを覚え込ませ、リズムがズレようが、ぎこちなくなろうがお構いなく最後までやりきる作戦が功を奏した。
褒められたものではないが、ダンスとは呼べるものにはなっていた。
フレッド様が言う。
「クララ嬢以外、ダンスの相手が務まらんのは問題だが、それくらいは何とか誤魔化せるだろう。入学しても引き続きゴンザレスを頼むぞ」
「は、はい・・・」
これがきっかけで、ゴンザレスとの縁は、学園を卒業しても切れることはなかったとだけ、今は言っておこう。
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