130 学会
私は論文を発表した。
タイトルは「王妃ヤスダとマイモッダの弟子たち」で、クララ・ベル、オッドの共著ということにして発表した。なぜ、オッドという謎の人物との共著かというと、当然ピサロの名前は出せない。何か別のペンネームを考えていたときに三人娘とハイエルフの姉妹が資料室を尋ねて来た。なんでも、懐かしい感じがしたからというのが理由だ。
私は三人娘とハイエルフの姉妹にピサロのことを簡単に説明した。そんなとき、ハイエルフの姉妹が何かを思い出したように言った。
「思い出した!!「雑用係」っていうと、オッドだよ」
「ああ、ゴブリンのオッドだね。彼はよく気が利くいい奴だった」
ゴブリンで「雑用係」のオッド?
私はオッドで「検索」してみた。すると数件ヒットした。ブライトン王の手記にもヤスダの手記にも記載があった。
ブライトン王の手記より
オッドには本当に苦労を掛けた。我やヤスダ、ブリギッタとブリギッテ、ベンドラたちの無茶苦茶な要望も上手く捌いてくれていた。その功績を称えて、宰相に任命したが、更に仕事を増やしてしまった。本当に申しわけない。だが、オッドがいなければ、この国は成り立たなかっただろう。
ヤスダの手記より
オッド君に「少し休みなよ」といつも言っていたけど、いつも忙しそうにしていた。オッド君からは「仕事を増やしまくったヤスダ様に言われたくありません」って怒られていたけどね。オッド君は本当に凄かった。私が無理を頼んでも、いつも「今回だけですよ」と言って、引き受けてくれた。本当にありがとう。
二人とも最大限の賛辞を贈っていた。
初代宰相がゴブリンのオッドだったことは、魔王国ブライトンにとっても大発見だ。すぐにゴブール宰相を呼び出して、事情を説明した。ゴブール宰相は涙を流して喜んでいた。
それからピサロにブライトン王やヤスダの手記を見せ、ハイエルフの姉妹が思い出の品を見せたら、少し懐かしい感じがすると言っていた。そして・・・
「ブライトン王・・・ヤスダ様・・・二人は、言いました・・・オッドが国を支えてくれているって・・・こんなに評価されたのは初めてでした・・・」
もしかしたら、ピサロはオッドの生まれ変わりなのかもしれない。
そこから、ピサロはハイエルフの姉妹と三人娘の側近にされてしまった。一応、王都から離れるときは監視を付けるという条件でだけど。
ネスカが言う。
「ある意味刑罰かもしれないよ。本当に大変そうだし・・・」
魔族の刑罰は本当に適当だ。そもそもピサロを罰する法律なんてないしね。これまでの取調べで、ピサロは職務を忠実に遂行していたにすぎない。戦争がいいとか悪いとかは別にして、個人的な戦争犯罪を犯したわけではないし、過激な思想を抱いているわけでもない。
皆が持っているちょっとした不安や欲望を煽り立てただけなのだ。教会の各宗派の対立を煽り、漁夫の利を得る。また、貴族や皇帝の欲望を駆り立て、そのおこぼれを掠め取る。それがピサロのやり口だった。直接的な行動に出ることはごくわずかで、ほとんどが勝手に自分が追い込まれていると感じさせるように仕向けただけだったからね。
★★★
私が発表した論文は大反響を呼び、学園都市の学会にも招かれることになった。ここまで、大々的に論文が支持されたのは、多くの聖女がこの論文に賛同してくれたからだ。「風の聖女」であるエスカトーレ様を始め、「メサレムの聖女」アイリーン、「謎の聖女」エリザベス、もちろん三人娘もね。その他にも多くの聖女がこの論文の内容に賛同してくれた。
そして今日、私は初めての学会での発表を迎える。今までは論文を発表するだけだったが、今回は内容が内容だけに学会で発表する必要があるということになってしまった。今回の発表には助手として、ネスカと覆面をしたピサロが傍らに控えている。
発表は順調に進んだ。途中に「嘘だ!!」「信じられない!!」とかいった野次が飛んできたが、それも予想の範囲内だった。
そして私は最後の言葉を話した。
「ヤスダ様もマイモッダ氏もその弟子たちも、完璧な人間は誰一人としていなかったということです。それぞれが思い悩み、それでも必死で生きていたのです。どの種族が素晴らしくて、どの種族が劣っているとも言っていません。それにジョブだけで、すべて人生が決まるわけではないのです。
これが私が出した見解です。発表は以上になります。ご清聴ありがとうございました」
拍手が起こるが、不服そうな顔も多くあった。そのほとんどが教会関係者だった。
そして、その中の一人、いかにも重鎮のような老人が手を挙げて質問を始めた。
「我は現実派の代表リドリアルだ。質問がある。我らの開祖カマラ氏はこう言った。『すべては金を稼ぎ、生活の基盤を整えてからだ。空腹で祈っても腹は膨れない』とな。これについて、クララ女博の見解を聞きたい」
これは異例の質問だったようで、お付きの者たちが声を上げる。
「導師!!それは我らが長年秘匿に・・・」
「そうです。こんな場で言うようなことでは・・・」
「黙れ!!我らは真実を探求する身だ。こういう場だからこそ、カマラ氏の恥部を晒してもいいと思っている。クララ女博、失礼をした」
「お答え致します。これはヤスダ様の手記にあったのですが、庶民派の開祖ウスラル氏に語った言葉で回答をさせてもらいます。
『ウスラル君は自分を犠牲にし過ぎだよ。少しはカマラちゃんを見習ったら?それにお祈りばかりしても何も生まれないよ。何事もバランスだよ。ちゃんとご飯が食べられるようになって初めて、人にやさしくできるんだからね』
ヤスダ様らしい言葉だと思います。決して、庶民派を批判をしているわけではありませんが」
「つまり、カマラ氏の言葉は正しくもあり、やり過ぎると間違いでもある。それは庶民派にも言えるということだな?」
ここで庶民派の代表が立ち上がった。何と私にジョブ鑑定をしてくれた神父様だった。今日まで、神父様が凄い人だと全く知らなかった。
「私はそう思います。当協会に寄付をしてくれるのは、現実派の商人さんが多いんですよ。この際だから言いますが、ウスラル氏も心の闇を抱えていました。ウスラル氏の手記にはこうあります。
『私はエランツのような武力もないし、カマラのように金を稼ぐ才能もない。かといって、ドスクのように誰とでもすぐ仲良くなれることもない。だから慈善活動で目立つしかない。つまり私がやっていることは偽善ということだ。今でこそ、聖人のように祀り上げられているが、ただ、彼らよりも評価されたかっただけだった。私など非常にちっぽけな人間だ』
とありました。クララ女博、ウスラル氏に宛てた言葉があれば教えてください」
「そうですね。ヤスダ様はウスラル氏にこのような言葉を残していました。
『ウスラル君は悩んでいるようだけど、100パーセントの善意なんてないよ。少しくらいは褒められるとか、次にお礼をしてもらえるとか思ってもいいと思う。そんなことよりも実際にやることが大切だよ。99パーセント打算でも、やらないよりはいいよ。ウスラル君はその調子で頑張ればいいよ』
つまり、ヤスダ様が言いたかったのは、気持ちよりも実際に行動を起こすことが大事だということです」
「ありがとうございました。私もウスラル氏と同じようなことを常々思ってますよ。ベル商会に行けば、缶詰を余分に1個多く貰えるかもしれないってね」
観客から笑いが起きる。
神父様もそうだけど、私もそうだった。ボランティア活動が楽しいというのもあるけど、みんとワイワイできるから活動していたというのがメインだからね。ゴンザレスはよく分からないけど、エスカトーレ様はダミアン王子のハートを射止めるため、レニーナ様は派閥とケンドウェル領のため、ミリアは実家のためにやっていたと思う。ネスカは言うまでもなく、打算の塊だけどね。
そんなことを思っていたら、エランツ派の代表であるアウグスト団長が手を挙げて発言を始めた。
「この場で言っておくことがある。エランツ氏は魔族や獣人を排斥しようとはしていなかった。確かに魔王と戦い敗れたのだが、魔王が卑怯なことをしたというのは大嘘だ。これはエランツ氏の名誉のために言っておくが、正々堂々と戦って敗れたのだ。そこには恨みも何もない、残ったのは友情だけだ。これは実際に魔王国ブライトンに赴き、魔王と戦った我だから言える。魔族は卑怯な奴らではなかった。強力な力を持っていただけだ。これ以後、魔族や獣人の迫害を主張する者は、エランツ派から破門する」
会場が静まり返るが、誰も反論する者はいなかった。
「最後に馬鹿弟子に言っておく。聞いているか聞いていないか分からないがな。失敗は誰にでもある。そこから立ち直ることが大事だ。どんな奴にも支えてくれる者がいるはずだ。感謝を忘れず、新しい道を歩め。我は信じている。以上だ」
後ろに控えていた覆面姿のピサロは震えていた。泣いているのだろう。多分、アウグスト団長はピサロのことに気付いているのだろう。それで激励の言葉を贈ったのだ。
そんなとき、一人の男性が手を挙げた。ピサロの父で、現教皇のエビルスだった。
「我も一言、いいだろうか?」
会場は再び緊張に包まれた。
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