115 聖女戦国時代
私は今も忙しい日々を送っている。今日もいつもの書類仕事を片付けている。
ふと、ある報告書に目が留まった。それはメサレムに関する報告書で、内容はメサレムは復興し、アイリーンが聖女として大活躍しているというものだった。それも悪い聖女としてではなく、住民からは本当の聖女として扱われているようで、実質彼女が統治しているようなのだ。それにアウグスト団長以下のテンプル騎士団も合流している。アウグスト団長がいれば、そう悪い事は起きないだろう。
その報告書には、今のアイリーンを象徴するエピソードも記載されていた。
神聖ラドリア帝国は新たな聖女を認定し、アイリーンを偽の聖女と断定、国の総力を上げて討ち取ると声明を出した。密かに暗殺部隊が送り込まれたことは言うまでもない。しかし、聖女親衛隊と呼ばれる若い騎士たちやテンプル騎士団の活躍で暗殺はことごとく失敗に終わる。ここで神聖ラドリア帝国は暗殺は諦め、アイリーンの評判を貶めることに注力するようになる。
工作部隊に感化されたであろう少年が慈善活動中のアイリーンを問い詰めた。
「お前は偽物の聖女なんだろ!?みんなを騙すな!!コイツのジョブは「聖女」じゃないらしいぞ。みんな騙されるな」
親衛隊がこの少年を取り押さえたが、アイリーンは離すよう指示し、少年にこう言った。
「貴方が言うとおり、私は偽物の聖女です。ジョブも「聖女」ではありません。何ならここでジョブ鑑定を受けても構いません。貴方が出て行けと言うのなら、私はここから大人しく出て行きます。ただ、今日の活動だけはさせてください。困っている方がいらっしゃるので」
すると少年の母親が出て来て、その少年を殴り付けた。
「何を馬鹿なことを言っているんだ!!人間一つや二つ嘘があってもいいじゃないか!!アンタだってこの前、嘘を吐いただろうが!!それにこの子はどんだけ、この町のために尽くしてくれたと思っているんだ。世の中の全員がこの子を偽物だって言っても、私はこの子を聖女様だと信じるよ!!」
これには多くの住民が賛成の声を上げる。
「そうだ、そうだ!!俺たちはアイリーンちゃん以外の聖女を認めないぞ」
「メサレムの聖女はアンタしかいない!!」
「今は復興が進んで、それなりに食べていけるけど、食糧難の時は、俺たちに食べ物を分けてくれて、この子はスライムや得体の知れない変な虫を食べてたんだぞ」
「そうだ!!お前はスライムやタウゼントワームを食べれるのか?できるならここで食ってみろ」
これで騒動は収まり、多くの市民の信頼を勝ち得たそうだ。
タウゼントワームを食べていたことは置いておいて、私はアイリーンが何かのきっかけで、昔のアイリーンに戻ったのだと思ってしまった。アウグスト団長にアイリーンのことを頼まれていたけど、私ごときが手を差し伸べるまでもなかったようだ。
★★★
私は報告書をまとめ、ネスカに報告に向かう。目ぼしい報告書はメサレムの関係だけだったので、報告はすぐに終わるだろう。
ネスカの執務室に入ると、ネスカはエスカトーレ様やお父様、ダミアン王子、レベッカさんたちと協議をしていた。
レベッカさんが言う。
「実はクララ嬢を待っていたんだ。そろそろ聖女の認定の件で結論を出してほしくてな。アイリーンの件もあるが、今度神聖ラドリア帝国から認定された聖女は厄介だ。公爵令嬢で貴族はおろか、国民の支持もある。国が本気でバックアップしているようだ。何とか評判を貶めることはできないだろうか?」
ネスカが言う。
「結局聖女なんて、信じるか信じないかの問題ですからね。あのアイリーンだってメサレムでは、絶大な人気ですし、三人娘だって親衛隊の中には、彼女たちのためなら死んでもいいと思っている者もいる程です。こちらが、三人娘を聖女に認定したところで、神聖ラドリア帝国の公爵令嬢を聖女と思っている者からしたら、こっちが偽物だと思われても仕方ありませんよ」
「それは分かるが、聖戦を発動されてはな・・・あちらは数が多いし、資金力も軍事力もある。今の神聖ラドリア帝国は手負いの獣だ。大国のプライドをかなぐり捨てて、何をしてくるか分からん。何かいい策はないものだろうか?なあ・・・クララ嬢・・・」
なぜ私を見る?それにみんなも・・・
仕方なく、思いつきを口にする。
「エランツ派に行った嫌がらせ作戦で私は反省しました。人を貶めることばかり考えるのはよくないと。だから、こう思うんです。聖女をいっぱい増やせばいいと。もし聖女が100人いれば、それだけで聖女の価値は下がると思います。商品の供給が増えれば、価格が下がるのと同じです」
「それは面白いよ、クララ!!だったらここにいる皆にも協力してもらおう」
ということで、私の思い付きがまたしても実行されることになる。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」をもじった「聖女様、みんなでなれば怖くない」作戦だ。またこれが様々なトラブルを引き起こすことになるのだが、この時は面白そうな企画だと思って、ワクワクしていた。呑気なものだった。
これから血みどろの聖女戦国時代に突入するとは知らずに・・・
★★★
やっぱり、こうなったか・・・
私は今、聖女の関係で更に多忙になってしまった。それを順に話していこう。
まず、最初は各国に対して、私たちの作戦のコンセプトを説明し、協力を求めた。多くの国が賛同してくれて、すぐに聖女の認定がスタートした。聖女の認定は国や都市で勝手にやってもらうことになり、その地方や国で特色が分かれることになる。まず、ルータス王国は聖女の認定基準を厳しく制限した。国王と東辺境伯、西辺境伯、北辺境伯にしか認定権限を認めなかった。そうすることによって、ルータス王国の聖女をブランド化する戦略だった。これはいい戦略だった。流石は現宰相のギールス商会長だと思った。
まず、国防の要である辺境伯たちに恩が売れるし、それでいて、ルータス王国の聖女としてのブランド力も保てる。今、ルータス王国が正式に認めているのは、「風の聖女」であるエスカトーレ様、「森の聖女」レニーナ様、東辺境伯令息と結婚された西辺境伯令嬢ロザンナ様も「鉄道聖女」として活動を開始した。これはルータス王国で初となる鉄道事業のPRが目的のようだった。
同じような理由で、ミリアも聖女に認定された。本人は気に入っていないが、ギールス商会のために「干し肉聖女」として活動することになった。ギールス商会の主力商品の一つ、高級干し肉をPRするためだ。ミリアは言う。
「実家のためだから、我慢するけど、もっと他の商品でもよかったんじゃないかな・・・よりにもよって、干し肉なんて・・・」
そして、もちろんあの三人娘も「奇跡の三聖女」として認定を受ける。ただ、ジョブが「聖女」とは敢えて、公表しなかった。色々と意図はあるけど、そもそもそんなことをしなくても、彼女たちの人気も実力も桁外れだからね。
一方、我がベルシティだが、ルータス王国とは真逆に聖女を認定しまくる戦略に出る。目的が聖女の価値を下げることが、この作戦のコンセプトだからだ。手当り次第に聖女を増やす。当然、私も「缶詰聖女」になった。ネスカが言うには、ベル商会の主力商品と、仕事で籠りっきりになることをかけているのだという。もうネタ聖女じゃないか!!
私の他にもレベッカさんを二つ名の「赤い稲妻」にちなんで、「赤の聖女」になったし、ドシアナも「職人聖女」になった。特にこれといった活動はないけどね。そんな中でもエース格は天使族のルシルさんだろう。普通に歌って踊るだけでも大人気だからね。因みにルシルさんは「天使の聖女」だ。
これを受けて、小国家群でも聖女が多く誕生する。傭兵国家ロゼムでは、女性傭兵集団を「傭兵聖女団」と命名して、活動を開始した。ロドス王は言う。
「いい商売だよ。護衛や警護で派遣するのに、聖女を付ければ、それだけで多めに報酬をくれるからな」
それはどうかと思うが、私も「缶詰聖女」なので同じようなものか・・・
そしてマドメル魔法国では、あのキャサリン様が認定された。単純に人格無視で、魔法の技能だけで選んだようだ。ただ残念なことに二つ名「狂った雷」から「雷聖女」にしようとしたが、登録ミスで「狂った聖女」になってしまった。
その名の通りなんだけどね・・・
まあ、こんな感じで多くの聖女を作ることには成功したが、これが地獄の始まりだった。
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