114 聖女として 2
ピサロから受けた任務はロイター王国のメサレムにおいて、信者たちを扇動することだった。そこまで難しい任務ではなかったが、今までで一番悪辣な任務だった。信者を集め、ロイター王国から最近独立した獣王国ビーグルと小競り合いを起こさせる。そして、戦闘となったら信者たちを前面に配置して、獣人たちに多くの信者を殺させる。
戦争になれば、ピサロ子飼いの部隊が指揮を取るから私は何もしなくていい。一度戦闘が起これば多くの信者が死ぬ。相手だって戦争なんだから殺しに来る。お互い様だ。戦闘が起こった後、私は本国に帰還して、獣人たちの極悪非道な行いを喧伝する。そして、国民をも扇動して、聖戦を発動する流れだ。
ピサロには珍しく強引な手だった。昔はもう少し、慎重だった気がする。だが、国際情勢を考えれば仕方がないことだろう。ルータス王国と魔王国ブライトンが和平を結び、獣王国ビーグルの独立を支援しているのだから。
なぜメサレムをピサロが選んだかというと、メサレムは聖書に登場する「最後の晩餐」の地であることが判明し、それを利用することを思い付いたのだろう。この歴史的発見のきっかけは、私と一緒に勇者パーティーとして活動した、クララという少女が発表した研究論文だった。彼女は魔王国ブライトンの捕虜となっていた者だ。
クララは優秀だった。いつも何か書類を書いていたイメージが強いが、一生懸命だった。彼女が作る書類は正確で私情を挟まず、私も彼女の書類を利用させてもらった。もちろん、都合のいいように改ざんしてだけどね。多分、魔族もクララの有用性に気付いたのだろう。彼女に資料の分析をさせ、それを論文としてまとめて発表したようだ。
他種族排斥を否定する内容や聖書の誤りを指摘する内容が含まれていたため、賛否は分かれたが、緻密に証拠を積み上げていく手法は一定の評価を得ていた。ピサロは魔王国ブライトンのプロパガンダを疑っていたが、彼女に限ってそんなことはないだろうし、プロパガンダに使うのであれば、そんな場所を聖地になんてしない。
そんな任務だが、当初は順調に進んだ。私としては長年やってきたことだし、ピサロ子飼いの部隊も慣れているからね。ただ、私の心は荒んでいく。私を聖女として崇め、信頼してくれている者たちを死地に送り込むのだから・・・
犠牲になるのは、信者だけではない。新兵に毛が生えた程度の若い騎士たちもだ。彼らは志願して、騎士の身分を返上し、この活動に参加しているという。その中で、パーンという茶髪であどけなさが残る少年騎士と仲良くなった。私を姉のように慕ってくれる。そんな彼も死地に送りこむことになると思うと、胸が締め付けられる。
神様。どうか、この悪魔のような作戦を止めてください・・・
その願いが通じたのかどうかは分からないが、ある出来事が起こった。たとえるなら、聖書にある「世界終末戦争」だろうか。本当に地獄絵図だった。
ある日、空から大量の魔物が降ってきた。幸い、郊外に落ちたので被害はなかったが、町はパニック状態に陥った。市民や信者たちは「地獄が来た」「神の祟り」「この世の終わりだ」と騒ぎ立てている。どうにかして、この状況を落ち着かせようとしたが、無駄だった。更に酷い状況に陥る。
魔物が降って来たのは、郊外だったが、今度は居住区や教会、そして信者たちの野営地も被害を受けた。
もう表現のしようがない。辺りは血塗れ、しばらくして疫病も流行りだした。そして、その地獄はその日だけではなかった。定期的にそのような悪夢は訪れる。私は祈ることしかできなかった。だが、無駄だった。一度教会の屋根が激しく吹き飛んだ。原因は分からない。
更に悪夢は続く、強烈な異臭を放つ物体やおぞましい奇怪な虫も降り注ぐことになる。
「聖女様!!何とかして下さい!!」
「お願いします!!」
住民や信者に懇願されたが、偽物の聖女の私にどうしろというんだ!!
どんどんと信者や市民がメサレムを離れて行った。もう作戦どころではない。そしてこの異常事態は大陸全体で起きているという。エランツ派や悪徳教会には天罰が下り、逆に慈善活動に積極的に取り組んでいる教会には天からの恵みがあるとのことだった。
そうなると、もう止められない。
メサレムはどう見ても天罰を受けているのだから。
そして、私たちにも帰還命令が下った。状況を聞くと、国内でも多くの問題が発生して、作戦どころではなくなったそうだ。それに私がお世話になったテンプル教会がテンプル騎士団を名乗り、神聖ラドリア帝国から離脱したのだという。
となると・・・ピサロのことだ、私をアウグストさんたちに対する人質にでも使うつもりだろう。長年接していると、ある程度のことは予想できる。ピサロは天才と世間では言われているが、そうではないと思う。基本的に膨大な情報を分析し、最善手を打っているだけだ。誰も考え付かないような策略を実行することはまずない。
だったら・・・
「私は帰りません!!聖女としての使命を果たします。この状況で民や信者を見捨てることはできません。最後の一人になっても私はここに残ります」
これは聞き入れられることになった。ピサロ子飼いの部隊員の中にも、脅されて活動している者や心ある人はいた。部隊長もその一人だった。
「分かりました。ピサロ団長には、その旨を伝えます。それで再度、命令は受けたときは・・・」
「分かっています。覚悟はできています。最後くらいは聖女として死なせてください」
「分かりました。ご武運を」
「はい、貴方たちにも神のご加護がありますように・・・」
この部隊長は知っている、ピサロがこんなことを許すはずはないと。次に下される命令は分かっている。時間は稼いでくれるだろうけど・・・
これでほぼすべての軍関係者は、メサレムを去った。しかし、驚いたことに熱心な信者や100人足らずの若い騎士は残ってくれることになった。その中には、パーンもいた。
パーンが言う。
「ここは地獄だ!!でも聖女様もいるし、俺たちもいる。困っている人を助けるのが騎士の務めだ。頑張ろうぜ!!」
「「「オオオオー!!」」」
★★★
メサレムは危機的状況だった。
領民を保護する立場である領主やその側近たちは、早々に逃げ出した。呆れて物も言えない。ただ、一部の心ある文官や領兵が残ってくれたのは不幸中の幸いだった。
本国からの支援が打ち切られたので、食料問題も解決しなければならなくなった。パーンたち若い騎士が魔物を積極的に狩ってくれるがそれだけでは追いつかない。そんなとき、謹慎中に読んだ、ある論文を思い出した。それはスライム食についてだった。
読んだ当初は、スライムを食べるなんて・・・と思っていたが、今の状況ならそうせざるを得ない。幸い、メサレムはスライムに溢れているのだ。理由は分からないが。
そのときの記憶を頼りに料理をしていく。スライムには毒がある種類もいるので、毒を抜くことが大事とも書いてあった。若い騎士の中に「薬術師」のジョブを持つ者がいて、毒鑑定のスキルで判別していく。実験の結果、長時間水に晒し、天日干しにすれば大体のスライムから毒は抜けた。食べてみるとなかなか美味しかった。
これに気を良くした騎士たちは様々な物で実験を始めた。そして、空から降って来るタウゼントワームも食べられることが判明した。流石にこれは・・・
とりあえず、味はまあまあだった。原型を留めないように調理する必要はあったけど。
そんな活動を続けていくと、避難していた市民たちが戻って来た。空からの振って来る怪奇現象も最近はなくなっていたからだ。
ある者は言った。
「これは聖女様の奇跡だ!!この災厄から私たちを守るために聖女様が来てくれたんだ!!」
この噂がまことしやかに広まり、私は本当の聖女にされてしまった。領主は流石に帰って来れなかったようで、私は聖女としてメサレムを統治するようになってしまった。
「聖女とはジョブではなく、その行いや人柄、功績などから、そう呼ばれるのだ。恥ずかしいと思うのなら、恥ずかしくないような行いを続けるがいい。聖女なんて、単なる結果だと我は思っている」
アウグストさんの言葉が思い出される。散々、悪い事もした。だけど最後くらいは聖女として死のう。
ピサロが差し向けた暗殺部隊が来るまでは・・・
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