113 聖女として
~アイリーン視点~
私はどうしてこうなったのだろうか?
自問自答しても答えは出ない。
私は神聖ラドリア帝国と小国家群との国境沿いの村に生まれたごく普通の少女だった。8歳までは、両親とともに幸せに暮らしていたのだが、薬草採取に出ていた両親が魔物に襲われて急逝してしまう。私は8歳にして孤児となってしまった。
孤児になってしばらくは落ち込んだが、近くのテンプル教会が引き取ってくれた。テンプル教会は普通の教会ではなく、訓練施設のようなところだった。最初は怖い人たちばかりだと思っていたけど、話をしてみると皆、気さくでいい人たちばかりだった。特に「団長」と呼ばれているアウグストさんには、よくしてもらった。顔は怖いけど、まっすぐで温かい人だった。
そんな私もジョブ鑑定を受けることになる。結果は「カウンセラー」というジョブだと判明した。「カウンセラー」は人の心に寄り添い、勇気づけるスキルを持つジョブだった。そのスキルを活かすために回復魔法も頑張って習得し、それに薬草やポーション作りも学んだ。その頑張りが認められ、教会でも頼りにされる存在になっていき、自分の居場所が見付かった気がした。テンプル教会は、多くの武芸者が厳しい訓練をしている場所なので、怪我人が多く出る。その人たちに優しく声を掛けながら回復魔法を掛けたり、ポーションを渡したりしていると感謝の言葉を掛けられた。
「ありがとうな、アイリーンちゃん。アイリーンちゃんのお陰で訓練を頑張れるよ」
「そうだ。何か困ったことがあれば、遠慮なく俺たちに言うんだぞ」
「団長にいじめられたりとかな」
「貴様ら!!まだ訓練が足りないようだな!!みっちりしごいてやる」
偶に話が弾んで、アウグストさんに怒られることは、よくあったけどね。
そして10歳になる頃には、周辺の村や町に出掛けて、魔物を討伐したり、病人や怪我人の治療をする慈善活動にも参加させてもらえるようになった。直接戦闘には参加させてもらえなかったので、治療や炊き出しなどの活動を頑張った。
その努力が認められ、村の人たちからも信頼されるようになる。だったらもっと頑張ろうと思い、アウグストさんに頼んで支援魔法も教えてもらった。初めて戦闘に参加した時は怖かったけど、それでも終わった後に「いい支援魔法だった。次も頼む」と言われたときは、本当に嬉しかった。もっともっと頑張ろうと思った。
時は経ち、15歳になる頃には、付近の町や村で私は「聖女様」と呼ばれるようになってしまった。自分では一言も言ってないのに、そう呼ばれていた。かなり恥ずかしかった。アウグストさんに相談した。
「聖女とはジョブではなく、その行いや人柄、功績などから、そう呼ばれるのだ。恥ずかしいと思うのなら、恥ずかしくないような行いを続けるがいい。聖女なんて、単なる結果だと我は思っている」
「じゃあ、本当の聖女になれるように頑張るわ」
「そうだ、その意気だ。アイリーンならきっとなれるぞ」
その言葉は現実になった。
ある日、ピサロという男がやって来た。その男は痩せぎすで、青白い肌の男だったが、なんと聖騎士団長だった。聖騎士団といえば、アウグストさんや一生懸命に修行している武芸者をイメージしていたのに、全く違った。魔法の達人かと言われれば、そうでもないらしい。ものすごく、頭のいい戦略家だという。
なんでそんな人が来たのだろうと思っていたが、すぐに分かった。
「アイリーンはやさしい子だ!!そんな訳の分からんことに使うな!!それに聖女に祭り上げるだと!!ふざけるのも大概にしろ!!」
「アウグスト団長・・・もう決まったことですから。命令書もありますしね。そもそもこの教会自体が騎士団の施設扱いです。ここで暮らしている時点でアイリーンは騎士団員と言っていい身分ですよ。それをどうしようとこちらの勝手です。場合によっては反逆罪も適用されますよ」
ほぼ強制的に私はピサロに連れられて、思い出の詰まったテンプル教会を後にした。そこからは工作員としての教育が始まった。私はジョブ自体を「聖女」と偽装し、国家の認定も受けた。ピサロはなぜか、ジョブを偽装できるスキルを持っていた。
工作員となってからは、ピサロの政敵の元に送り込まれ、情報を取ったり、場合によっては暗殺の手引きまでさせられた。昼間は民衆に聖女として、愛想を振りまき、夜は後ろ暗い仕事をこなすようになる。
何度かやめさせてほしいと懇願したが、ピサロにこう言われた。
「もう手遅れだよ。多くの人を騙し、多くの人を殺めた・・・これがバレたら団長や教会の皆が悲しむだろうね。まあ、そういうことだよ。これからも頑張ろうね、聖女さん」
それからは諦め、聖女として生きていくことにした。成長すると色仕掛けも習得させられた。恋愛経験のない私は、ゼリースライムでできた胸パットを押し付けることしかできなかったけど・・・
割り切った私はどんどんと有名になっていく。だんだんと後ろ暗い仕事はしなくてよくなった。ここまで、有名になると、そんなことをするほうがリスクがあるという判断だった。なので、私は聖女として振る舞い、聖女と信じ込むことにした。そうしなければ、壊れそうになっていたからだ。
そして18歳の時、新たな任務を受けた。ルータス王国への工作活動だ。手始めに留学してきたダミアン王子に取り入り、ダミアン王子が帰国した後、追い掛けるようにルータス王国のケーブ学園に留学生として潜入した。ルータス王国での活動は多岐に渡った。王女への工作、ダミアン王子や有力子弟への懐柔工作などだった。そして最大の任務は「風の聖女」として有名な、エスカトーレ・ウィード公爵令嬢の評判を貶めることだった。
何度か亡命を考えたが止めておいた。侍女として私に張り付いている猫獣人の姉妹がいたからだ。彼女たちは隷属の首輪を嵌められ、喋ることすらできない。彼女たちも何か弱みを握られているはずだ。私に不審な動きがあれば暗殺するように指示を受けているのだろう。彼女たちには同情するが、極力関わらないようにした。
ルータス王国での工作活動は国の中枢に多くの内通者がいたので、ピサロも油断していたのだろう、ルータス王国での工作活動はことごとく失敗に終わる。私は何一つ成果を上げられていなかった。痺れを切らしたピサロは強引な手に出た。ダミアン王子を勇者とする勇者パーティーを編成し、魔族領に送り込むというのだ。
当然反対したが、聞き入れてくれるわけもなく、勇者パーティーとして活動する。いきなり魔族領に乗り込むことはせず、小国家群の各国を回り、その過程で「風の聖女」の評判を貶めていく。これが成功すれば、魔族領に行かなくてもよくなるはずだった。しかし、ことごとく失敗に終わる。
勇者パーティーとして神聖ラドリア帝国に帰還した時にピサロに新たな指令を受ける。魔族領で勇者パーティーを皆殺しにすると。ある意味これは簡単な任務だった。指定された場所に連れて行くだけだからだ。
それから神聖ラドリア帝国での活動を終えた私たちは、魔族領に入り、暗殺部隊を待機させている場所に到着した。しかし、暗殺部隊は姿を現さなかった。その代わり、魔族と交戦し、大敗を喫する。
少しほっとした。勇者パーティーと一緒に私も殺されるかもしれないと思っていたからだ。
そして、帰還した私に告げられたのは謹慎だった。
ピサロは利用価値がなくなるまでは生かしておく。今の段階では利用価値はないが、何かの保険として生かしておかれているようだった。しばらく任務から離れ、一般の修道女と同じ生活を送る。今思えば、本当に安らげる時間だった。このとき、聖書や色々な論文、研究資料などを読んで過ごしていた。アウグストさんに「勉強はしろ。ウチの馬鹿どもみたいにはなるな」と言われていたからね。
1年以上経った頃、ピサロに新たな任務を告げられる。任務の内容は、ロイター王国での工作活動だった。この任務で、私はいまだかつて味わったことのないような地獄を経験することになった。
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