110 エランツの思い 2
アウグスト氏は語り出した。
「まずエランツ派の歴史についてだ。エランツは高名な武人でもあった。ジョブは「聖騎士」と言われている。そして、神聖ラドリア帝国の初代聖騎士団長でもあったのだ」
「聖騎士」とは武勇に優れ、回復魔法も使える万能職だ。それに聖騎士団長に上り詰めたのだから、相当な武人である。因みに神聖ラドリア帝国は、騎士団員の中でも能力、人格に優れた精鋭が聖騎士団への入団が認められるらしい。
「強く、正しく、力が無ければ大切なものを守れない。大きな力には大きな責任が伴う・・・いずれも、エランツの教えだ。我らはエランツの教えを忠実に守り、日々鍛錬に励んできた。しかし、貴殿が指摘されたように近年は大きくその教えが歪められている」
これには従者たちが渋い表情をするが、黙ったままだった。
「今の聖騎士団長は文官出身だ。政治的な理由でそうなったのだが、エランツ派を名乗ってはいるが、訓練などしたことがない。文官が悪いとは言わん。しかし、本来の教えとはかけ離れたことをされると、もう我慢ならんのだ。聖書にもエランツが残した手記にも他種族の排斥など、一言も書いてはおらん」
今の聖騎士団長になってから、領土は拡大する。主に獣人中心の国や集落を力で占領したらしい。聖騎士団長のジョブは明かされてはいないが、かなりの切れ者のようだ。軍隊なんてトップ個人の戦闘能力が必ずしも必要なわけではない。兵站を整え、必要な戦力を戦地に送り込むことのほうが重要なのだ。
「聖騎士は一般騎士団員の目標でもあり、国民の信頼も厚い。しかし、ここ最近はその信頼が揺らぐような事件が多数起こっておる。我がテンプル教会もその当事者だがな。そこで我は思い立ったのだ。これは神が我らに探求せよと示しているのだと」
こんなところで、「幸せのスライム作戦」が効果をもたらすとは思ってもみなかった。
そんな時、ネスカが思いも寄らないことを言い出した。
「申し遅れましたが、私はネスカ・ブライトン。魔王国ブライトンの王子です。百聞は一見に如かず、視察に来てください。資料室もお見せしますし、気の済むまで見ていってください」
★★★
鉄道に乗り込みアウグスト氏と従者5人とともに王都ブリッドに向かう。車内の空気は非常に重い。従者たちは非常にピリピリしているし、それに釣られてこちらの護衛たちもピリピリしている。アウグスト氏だけは、私に色々と質問してくる。少し話しただけだが、悪い人には見えない。ちょっと空気を読まないところはあるけどね。
「創世記の話と魔王国ブライトンの建国の物語が酷似しているのは面白い。たとえヤスダが王妃であったとしても、それで何か変わるものでもない。他にもそういった話はないのか?」
「メサレムでの出来事ですかね。ヤスダとマイモッダたちが別れるシーンは、聖書では「最後の晩餐」として語られていますが、魔王国ブライトンでは「楽しいお祭り」と認識されることが多いですね。これは送り出す側と迎え入れる側の立場の違いもあるのでしょうけど・・・」
「うむ・・・本当に興味深い。皆も楽しみであろう?早く着かぬかなあ・・・」
従者たちは微妙な表情をして、押し黙っている。そんな話を続けている内に王都ブリッドに到着した。最初にネスカが案内したのは、訓練場だった。第一軍団がいつもどおり、激しく訓練をしていた。
ネスカが言う。
「皆さんは資料室よりも、こちらの方が興味があると思いましてね」
「ほう・・・気付いておったのか?」
「こちらもそれなりに諜報部隊は持っていますからね。それに、そちらの5人の方は聖騎士団の隊長さんですよね?」
そう言われた従者5人は殺気立った。
「ネスカ、どういうこと?」
「それは聞いてみればいいよ。前聖騎士団長さんにね」
アウグスト氏は笑い出した。
「ワハハハハ、余程自信があるようだな?よし、存分に見てやろう。お前たちも心して見てやれ」
訓練を視察していた従者5人は、かなり驚いていた。アウグスト氏が言う。
「これを我らに見せた意図は何だ?」
「そうですね・・・その前にそちらの5人は、ウズウズしているように見えますけど、参加されてもいいですよ」
「お前たち、ちょっと稽古をつけてやれ」
従者たちは、先程までと変わって武人の顔になっていた。
ネスカが第一軍団に声を掛ける。
「みんな聞いてくれ!!体験入隊の希望者だ。模擬戦でも、してくれないか?」
獅子族の部隊長が答える。
「ネスカ王子、いいですけど。怪我しても知りませんよ。自己責任でお願いしますね」
「少し手加減してあげてもいいんじゃないか?体験入隊だしね」
「分かりました。おい!!新入隊員集合!!ちょっと相手をしてやれ!!後の者は見学だ」
若干、煽りが入っていたので、5人の従者はいきり立った。すぐに模擬戦が始まった。5人の従者は、かなりの実力者で、新入隊員では歯が立たなかった。聖騎士団の隊長というのは本当だろう。獅子族の部隊長が言う。
「おい!!小隊長!!集合だ。お前たちが相手をしてやれ」
流石に小隊長たちとの模擬戦は白熱したものとなった。結果は小隊長が4勝1敗だった。負けた4人は悔しそうにしている。従者5人の中でも1人は実力が抜きん出ているようだった。
「なら俺が行こう!!我は獅子族部隊長のレオルドだ。相当な武人とお見受けする。名を名乗られよ」
「俺は神聖ラドリア帝国聖騎士団第一隊長のゲハルトだ!!勝負!!」
激しい模擬戦が始まった。素人の私が見た限りでは、強すぎて何をしているのか分からないレベルだった。かなりいい戦いをしていた。しかし、徐々に獅子族の部隊長が押し始め、最終的には獅子族の部隊長が力でねじ伏せて、決着がついた。
アウグスト氏が言う。
「どうだ、お前たち?どう感じた?」
模擬戦で獅子族の部隊長と戦ったゲハルトが答える。
「戦った感じ、実力は見てのとおりです。皆が言うほど悪い奴には思えませんね」
どうやら、これがネスカの狙いだったようだ。
「我が国と神聖ラドリア帝国が戦ったとしても、負けることはないでしょう。ただ、こちらからは攻めません。攻められない理由もありますからね。それをこれから・・・」
言い掛けたところで、緊急通報が鳴り響いた。
「緊急!!緊急!!ボーデン湖で大型の首長竜を探索部隊が発見。今のところ被害はなし。至急探索部隊の応援に迎え!!」
「ネスカ王子!!出動します。殲滅狙撃隊に出動要請をしろ!!第三小隊とリザードマン部隊で出動だ!!」
アウグスト氏が言う。
「我らも連れて行ってくれ。気の済むまで見てもいいのだろう?」
なぜか、アウグスト氏たちも出動することになってしまった。
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