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55話 彼女の真実

 かつてことりとミックスリードが邂逅した医務室で、テンは仕事をサボっていた。

 部下の女性ガーディアンクルに全ての後処理を投げっぱなしで押し付けて、自分は優雅に紅茶をすする。そして弟子の起こした奇跡を思い出し、独りで悦に入っていた。


 静かな部屋で響くのは、愛義娘の人生初インタビューの生放送だ。

 緊張のしすぎで情けない姿を晒す画面の先の少女に、テンがニヤニヤと笑っていると、


「本当にだっせえ顔してるよな、あんたの弟子は」


 クウが扉を開き現れる。いつものように嫌味な口を開きながら。


「よく言うわい。そんなあの子にベタ惚れのくせに」

「別に、ベタでも、惚れでもねえよ」

「デュフフ、そういうことにしておいてやるわい」

「……その笑い方、流行ってんのか?」


 画面の向こうでは、話題の少女が思いっきり舌を噛んでいた。


「で、これからどうする気じゃ。ベヌラ・クウフィードの存在は、我々レーヴァテインですら一部の者しか知らされていなかった超極秘事項。それをこうもド派手に出しおって」


 今回の件で世界中が、クウの中の魔法の存在に気づいてしまった。

 太古から守られてきたこの力は、時には外交カードにすらなりえる強力な秘術だ。

 故にこれからことりは、否応無しに国家間の闘争に巻き込まれる恐れがある。


「これからお主達を狙って、色々な国がいちゃもんをつけてくるぞい」

「だから何とかしてもらいに来たんだよ。あんたにな」

「無茶言うでない。レーヴァテインというてもワシは所詮バイトの身じゃぞ?」


 老人の手に余る。とテンは首を左右に振っていた。

 クウの望みを叶えるのならば、ミックスリードクラスの要人でなければ不可能だ。

 けれど――クウは静かに笑った。


「……だからあんたに頼みに来たんじゃねーか」


 そして少年は物語に王手をかける。


「言霊は愉快痛快、導師名はミックスリード。かつて様々な国と渡り合い、月面にルーカディアを作り出した女、ノエル・カッター。あんたにな」


 その名が出た瞬間、テンの表情はピタリと固まった。


「二本あるんだろ……変身宝具クロイデュオスはさ」


 正解は屋敷に残されたとある古い書物にあったのだ。


「あんたが発売前に差し止めにしたノブレスキャドーの日記にヒントはあったよ。

 宝具の名前は伏せられてたが、コスプレ好きな姉妹が互いに一振りずつ所有する『双剣』の宝具。それがクロイデュオスの真の姿だ」


 クウ曰く、ポアロの名はかつてミックスリードがコスプレ時に使ったレイヤーネームとしても有名らしい。

 つまりクロイデュオスとはミックスリードとその妹、二人が持っていた宝具なのだ。


「ドロウに宝具を与えたって話は、あんたじゃなくその妹の方――つまり師から弟子に託したものだとすれば……それがあんたとことりについての解答にもなる」


 すると全てが繋がる。何故、老人の姿になってまで少女の傍にいるのかが、


「敵の多いあんたに巻き込れないように、ことりとの繋がりは消してる……けど爺さんに変身してまで一緒にいる理由が、大事な姪っ子の為ってのがあんたらしいよ」

「ふん、何のことかと思ったら根拠はそんな古本か。説得力のかけらもないのう」


 すべては机上の空論だと、老人は鼻で笑う。けれど――


「逆だ、逆。あんたがミックスリードだとわかってたから、気になって調べたんだよ」


 クウが気づけた理由は簡単だ。ミスジャッジに扮したドロウを判別できた理由でもある。

 なぜなら少年には見えているのだ。老人の胸に燦然と輝くあるものが……


「ネタバレすると、その宝具ってさ。まゆたまは変わらないんだよ」


 しばしの静寂――互いに瞳で語り合い。そしてテンの声色が急に高くなる。


「――っぷ。なによそれ! じゃあ、割と最初から気付いてたのねん」


 筋骨隆々な老人の姿が霧のように霧散し、中から螺子の髪飾りをつけた女性が現れる。

ことりによく似た形の耳を掻きながら、ノエル・カッターはつまらなそうに口を尖らせるてブーブーと文句を垂れた。


「正解よ。何もかもが大正解なのよん。ことりは私の妹の娘で、私がこの世で一番愛する姪っ子なのよん! ほらほら、耳の形とか超似てるでしょー」

「何の自慢だ。そもそも本気で隠す気があるならこの本を出しっ放しにすんなよ」

「嫌よん。片付けろと叱りつつも、なんだかんだで甲斐甲斐しく世話をしてくれる義娘を、デュフフと愉快痛快に見守るのが私の生きがいなのよん!」


 ことりのダメ人間ホイホイ体質は、この国一番の魔術師にも有効なようである。

 姪っ子の自慢話を始めたノエルをクウは白けた目で見つめていた。


「それで……目的はうまくいったのか?」

「あらん。何のことかしら」


 そもそも今回の件は何もかもがことりにとって出来過ぎなのだ。

 ノエルなら三年前の時点でドロウを捕まえることも可能だったはずだ。ことりが襲われた時も同じだろう。なのにテラソフィアまで決着を持っていったのはなぜだったのか?

 クウの問い詰めに「買い被りすぎよん」とノエルは指を振って返すが――


「でもそうした場合、ドロウ君は殺すしかなかったわん」


 声色を黒く染め――切なさで瞳を潤ませながらクウを見つめる。


「私には殺すことでしか解決出来なかったわん。救うことができたのはあの子の力――

 結局私も同じよん。もしドロウ君を始末することを選んでしまったら、もう二度と私の中で妹が笑ってくれなくなる気がしたから――だから我ままを通したのよん」

「それでルーカディア中を巻き込むか……似たもの義母子で、似たもの師弟だな」


 しかし可能性はゼロではなかった。なぜならばドロウはバルを撃つ瞬間、ことりの声に反応して殺すことをやめ、精神を凍結させるに留めたのだから。


「愛する義娘と、ドロウ君に残っていた僅かな人の心に、私は賭けたのよん」


 窓の外の青空を見渡し、大魔術師は口元を艶やかに吊り上げる。


「そして私の願いに見事に答え、ことりは夢へ向かって巣立ったわん。

 もうこの先、親鳥に出来るのは……愉快痛快に空を眺める事だけよん」


 少し寂しそうな、だがどこか嬉しそうな呟きが事件の本当の終わりを告ていた。 






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