51話 魔法使い
数分前の熱気は既に消え失せ、テラソフィアの外は重苦しいどよめきに包まれていた。
突然、魔法使い達が倒れ、ミスジャッジが不審な男へと変容した。さらに天に放たれた不気味な魔法陣が、リオマティアを観ていた者たちへ不審を募らせていく。
「駄目です。フィールド内への転送も封じられています。内部へ突入出来ません」
メガネの女性ガーディアンクルが、ドロウの手際の良さをテンへ憎憎しげに報告する。
「全く、相変わらず用意周到な奴じゃ。無理やり突破するのはいけそうかのう?」
「申し訳ございません……我々の装備では厳しいです」
「気にせんでええ。ミスリルのテラソフィアはミックスリードのお手製じゃからのう」
マジティアの場に何者の影響も持ち込まない。その考えに基づいた結果、運命力すら拒絶する拘り設計にしたせいでミスリルのテラソフィアはとても強固なのだ。
「突破できるとすれば、アホほど魔力を練りこんだ術をぶつけるぐらいか……」
「無茶を仰らないで下さい、テン執行官。それ程の術者を簡単には用意できませんよ」
「まあ、それほど強固じゃから、逆に封印もしやすいんじゃよ」
「では……やはり……」
「うむ、これからテラソフィアを―――」
その時、テンは目撃する。空からテラソフィアへ舞い降りる紅の翼を。
全てを救うために現れた、愛しき弟子の勇ましい姿を。
「ふふふ、どうやら答えは見つかったようじゃ……」
満足げに髭をなぞるテンの様子に、周りのガーディアンクル達は一同に首を傾げる。
炎の翼が生んだ眩い残照を、老人はいつまでも見守っていた。
「魔法の才に愛されるが魔法を忌み嫌う男。魔法の才に恵まれぬが魔法が大好きな女の子。
二人の始まりは全く同じ言葉。じゃがその答えは合わせ鏡のように正反対。
その想いが違えるならば、マジティアで全てを決めるしかあるまい」
これにて全ての糸が結ばれ、老人が待ち望んだ運命へと名を変える。
あとは託そう、我々が心から愛した未来へと進み続けるあの少女に。
「予定通り、これから愉快痛快に封印処理を行う。ただし固めるのは表層域のみ。内部のフィールドと術者達には何があっても手出し無用じゃ」
「それでは中にいるドロウは自由に行動できてしまいますよ。ただ檻で囲うだけのような処理では、いずれ内側から破られてしまう危険もありますが……」
「かまわん。今から出てくる怪物達の余波から皆を守る。これはその為だけに行うのじゃ。
この命令は、ミックスリードから直接賜ったものでもあるぞい」
初めて耳にする内容に、メガネの女性ガーディアンクルは訝しげに肩を竦める。
「怪物『達』ですか……一体、ミックスリードは何を考えているのでしょうか?」
「……気にするな。ただ親馬鹿なだけじゃよ」
テンはひっそりと独りごち、テラソフィアを見つめ続けた。
「何だ……何かが来る!?」
術の仕上げに取り掛かっていたドロウはある異変に気づく。
急速に近づきつつある巨大な魔力を警戒して天を見上げた。
瞬間、轟く爆炎が天蓋を破壊する。
強大なエネルギーを練りこんだ、ただの馬鹿力での強行突破。
その衝撃は仮想空間の天を激しく揺さぶり、舞い落ちる結界の破片がきらきらと眩い光で世界を照らす。結界の内外の魔力濃度の差異によって天空にオーロラのカーテン生まれ、来訪者を包み込んだ。
「この尋常ならざる魔力量……まさかミックスリードか!?」
天の穴から現れたのは一つの炎――その中で佇む人影に彼は問い叫ぶ。
「――いや、違う。貴様は一体何者だ!?」
紅蓮に燃え盛る翼を携え、舞い乱れる火の粉を身に纏い、彼女達は微笑んだ――
「俺が夫で」「私が妻です」
炎の翼が威風堂々と大きくはためき、紅き輝きが希望となって全ての者へ光を与える。
その術は爆炎。その言霊は勇気。その想いを力に変え、世界の理すらも超える者。
「私達は魔法使いです!」




