38話 特務魔道執行官
この国にはレーヴァテインと呼ばれる特務執行官が存在していた。
彼らはミックスリードから様々な特権を与えられた各機関を先導する魔女の懐刀だ。
普通の役職と違い。国を影から支える彼らの身分は、世間一般には秘匿とされている。
故にミックスリード自らが公言するその役職は、ある意味で都市伝説に近い。
わかっているのはただ一つ、この国の為に振るわれる刃であることだ。
「貴様が……師匠で、おまけに特務魔道執行官だと……?」
多方面から当てられた光に、ドロウは眉をしかめる。
テンの大胆不敵な佇まいに警戒を続けたまま、周囲のガーディアンクルを一瞥――
そして最後にことりとテンを交互に見比べ、苛立ちを露わにした。
「そういうことか。俺の空けた席を使って、貴様らは色々と企んでいるようだな」
「ふん。企むも何も、レーヴァテインはミックスリードから全権を委ねられた正義の執行者じゃ。元々、お前の様な暗がりに落ちた男を愉快痛快に捕えるのが仕事じゃぞい」
そしてテンはギアカードを掲げた。
すると砂が周囲をドーム状に囲い、砂の結界を作り上げる。
逃げ道を無くしてからの一撃必殺。それが老人の戦略だ。
「貴様には少々、気絶していてもらうぞ。ゆけ、サンドダイダンス!」
術式開放により、かつてフォーゲルと渡り合った砂の大魔球がドロウへと飛来する。
だが、男は――それを正面から受けて立った。
「その程度で勝てると思うな。全てを打ち砕く光の衝撃、ブラストドロウ!」
ドロウが穿つのはただの単純な魔力の塊の放出。だが、光球はサンドダイダンスを軽々と砕くとガーディアンクルをなぎ倒しながら進み、砂の壁へ大きな風穴を開けた。
「ふん、相変わらず真正面からの殴り合いは十八番のようじゃの。
だが砂の壁に少しばかり穴を開けた程度で、逃れられると――」
テンが台詞を終える前にドロウは行動を起こしていた。
彼は身動きのとれぬフィーリアへと近づき、小ぶりな剣を柔肌へとあてがった。
そして刃がシスターの血を吸った瞬間――男の体が光に包まれる。
「しもうた。まだそれを持っておったのか!」
輝きが収束する。すると彼の姿はドロウではなく――
金髪おさげの修道女フィーリア・ホーマーへと変貌していた。
彼の体は、容姿も、服装も、装飾品も、全てがフィーリアと同じものへ変化している。
更に首に下げた十字架のネックレスに口づけ、基本術式を取り込むと……
顕現したのは――空を自由に飛ぶ光の翼ジュピタルだ。
「お、お兄さんが、フィーリアさんになっちゃいました!?」
驚愕することりを前に、彼はフィーリアと全く同じ魔術で空を飛んだ。
逃亡を阻止する為に数十名のガーディアンクルから捕獲用魔法銃が放たれる。
だが彼は驚異的な速力で全てを交わすと、胸元からギアカードを取りだした。
「ギアカード オープン。竜巻」
フィーリアの声で解放の呪文が紡がれる。
すると天空の術が起動して、全てをなぎ払う強烈な竜巻が辺り一体を飲み込んだ。
「な……んで。あたしの姿に……おまけに魔法まで」
吹き荒れる暴風の中でフィーリアが微かに声を漏らす。立っていることすら許されない風の乱撃に息もままならず、ことりはクウの腕の中で必死にしがみついていた。
周囲のガーディアンクル達は竜巻によって身体を大地へ叩きつけられ、ほとんどの者がその場で蹲っていた。
優勢から一転――地獄のように荒んだ風景が広がる。
「俺は憎い。魔法が憎い! 魔法を享受するこの国も、魔法を操るすべての魔法使いも憎い。
だから――俺は復讐する。あの言葉を否定することで!」
大地へひれ伏す者達を見下し、自身に刻まれた抗いようのない怒りを彼は吐き出した。
「目を覚ますのじゃ。お主の心は、あの化け物に操られておるだけじゃ」
必死に呼びかけるが、テンの声は届かない。
「お兄さん、何で……」
そして――ことりにだけ、彼は言葉を残した。
「ここまで近づけば、お前はもしかすると『視る』のかもしれない。
いや、確実にそうなると俺のまゆたまが確信している。だからもし――
それでも俺の前に現れるというのなら。今度は遠慮なく……その力ごと滅してやる」
そしてドロウはフィーリアの魔術を駆り、彼方へと飛び去った。
星空の果てへ消えていく、かつての自分の命の恩人を見つめながら――
大きな感情の濁流の波に飲まれて、ことりの意識は終わりを告げた。




