第88話 時限爆弾の売り込み営業
簡単に信用しすぎだろうと思った。
だけどすぐに思い直した。
むしろその逆で、俺たちのような魔族でない種族と一定の距離をとっているんだろう。
怖い人だ。表面上それがわかりにくいのが、なにより恐ろしい。
「期待に沿えないと、恐ろしいことになりそうだな……」
商品に文句はない。上物の回復薬をいともたやすく生産できる魔王軍に恐怖すら覚える。
これならば獣人たちも満足するだろうし、問題なく取引できるだろう。
……つまり、失敗したら俺の責任が大きいということになる。
「悪いなジノ。俺には無理だ。あのビッグボスとボスが率いる軍と戦うなんて、想像もしたくない」
軍といっても、今は将しかいない。
魔王と側近と四天王。それと一応料理長。
叩くなら今が絶好の好機だろう。
だけど、現時点でジノが、俺が、エルフたちが、ハーフリングたちが、全員仲良くお手々をつないで協力し合ったとして、勝てる可能性は見当たらない。
「だから言ったんだ。無茶なことは諦めてこの世界に適応しろとな」
俺はしたぞ。魔王軍に下ったぞ。
女神の言葉など知ったことか。後の脅威など知ったことか。
今そこにある脅威がどうしようもなく恐ろしいのに、他のことなど考えられるはずもない。
「さて、ハーフリングといえど、別種族ということに変わりはない。まともに取引してくれるといいのだが」
まあ、問題ないか。あの薬師も人間だったしな。
つまり、今の獣人たちは種族を選り好みせずに、回復薬を欲しているということだろう。
足元見られないように注意しながら、せいぜい良い取引をしたいものだ。
「ようおっさん。いいものあるんだが、買い取らないかい?」
獣人たちの主要都市。その中でひときわ大きな商店に顔を出す。
さすがは商人だ。ハーフリングであることは特に言及されず、色眼鏡なしで品物だけを見てくれる。
であれば、もはやこちらのものだ。
プリミラの姐御が作った回復薬は、そんじょそこらのものとはものが違う。
「定期的に取引できるか?」
「おうよ。うちにはいい薬師がいるからな」
「うらやましいな。どうにもダンジョンができてから、回復薬の基準が変わっちまって苦労しているんだ」
取引は成立し、多少こちらに気を許したのか獣人の商人はうんざりしたように愚痴をこぼした。
「例のダンジョン内で商売しているやつらのことか?」
「ああ、品質も値段も俺たちじゃ太刀打ちできっこない。ほぼすべての顧客はそっちに流れちまった」
「ってことは、残りのわずかな顧客のために、この回復薬を仕入れてくれるってわけだ」
「そういうことだ。完全にダンジョンに需要を持っていかれたと思ったが、わざわざそこまで行くのが嫌なんだろうさ。いつ行っても混み合っているうえ、最悪品切れということもあるようだしな」
うらやましいことだと締めくくり、獣人は回復薬を棚に並べていた。
さて、成果は上々といえるだろう。
この調子で獣人たちの回復薬市場を独占してしまうか。
◇
「めぼしいところは、概ね商談を成立させてきたぜ。ボス」
「案外、時任たちの商店を利用している獣人って多かったんだな」
ロペスが言うには、ほぼすべての獣人が時任商店で回復薬を購入するようになっており、例外の一部の需要も今回押さえることができたようだ。
ということは、獣人たちの回復薬はすべてうちが供給していることになるのか。
ロペスのやつ仕事ができるな……。
「元々ボスが経営する商店に客は流れていたが、これで完全に獣人たちの命綱の一つを握ったわけだ」
……ああ、そういうことになるのか。
そういえば、回復薬の供給が完全にうち頼みになるわけだもんな。
だけど、この世界は回復魔法みたいなのもあるし、完全に支配したというわけでもない。
「俺たちが供給を止めた瞬間は混乱が起きるだろうけど、そのときは他のルートを開拓するか聖女にでも治療を頼むことになるんだろうな」
「ああ、完全に獣人たちを回復不能にできるわけじゃあない。タイミングはボスに委ねる。得意だろう? そういうの」
俺をなんだと思っているのだろうか。
落石のトラップのタイミングを仕損じて、王国兵をダンジョンに呼び寄せるような男だぞ。
「まあ、期待しないでくれ。それに、なにも混乱を引き起こさずとも、このまま回復薬市場を独占しているだけで旨味はありそうだからな」
「そういうところが怖えんだよな……ボスは」
怖がられる要素どこだ。
ま、まあいいだろう。ハーフリングのロペスが怖がる。
すなわち、獣人たちもなんかよくわからんが怖がるかもしれない。
魔族を怖がってくれるのなら、むしろそれはいいことのはずだ。
「まあ、とにかくお疲れ様。しばらく休んでくれ」
風間たち三人でも商店の経営はできているし、ロペスに休暇を与えることは問題ない。
でもこいつ、わりとワーカーホリック気味なんだよなあ……。
最悪リグマあたりに頼んで、無理に休ませることも考える必要があるかもしれないな。
「短絡的に考えず、経済面からも侵略する気かねえ。ほんと、うちのボスは怖いな……」
◇
「おや、レイ。今日のお勤めは終わりですか」
「フィオナ様。ええ、魔力もなくなりましたし、他の転生者たちとも話して、さっきロペスの報告を受けて終わりです」
フィオナ様のほうは……。
今日も一日楽しく過ごされたようでなによりだ。
「ロペスといえば、獣人たちに薬を売りに行ったんでしたっけ?」
「ええ、獣人たちの回復薬の流通はうちが押さえたみたいです」
「ほほう。やりますね」
「なので、これからはまとまった資金も手に入りそうですが、フィオナ様なにか買いたいものあります?」
今のところ他種族の通貨は、従業員の給料の支払い程度にしか使っていない。
それだけこの地底魔界が独自で完結した世界ということだ。
なので、どうせならなにか贅沢したいことがないかを尋ねてみることにした。
「蘇生薬……宝箱のための魔力……」
「あ、すみません。現実的なものでお願いします」
「じょ、冗談じゃないですか」
本当か? 本音にしか聞こえなかったのだが……。
「でも」
ポンコツなフィオナ様から、魔王然とした美しい表情に変わり、ぽつりと呟いた。
「あなたがいてくれたら、それでいいです」
「…………ど、どうも」
魔族たらしめ。
こうやって、四天王たちのような忠誠心が高い魔族を仲間にしてきたに違いない。
それにしても、俺は一応魔族ではあるが転生者でもある。
フィオナ様ってあまりそのへん気にしてなさそうだけど、もしかして過去にも転生者の仲間っていたんだろうか。
「フィオナ様って、昔も転生者の仲間がいたんですか?」
「なぜ、そう思うのですか?」
「そう思うというか、単純な好奇心です」
「そうですか……。ええ、いましたよ」
そうか。それなら俺をあっさりと受け入れてくれたことも納得だ。
「裏切られたので全員殺しましたが」
……先代の転生者どもなにしてんの!?
そうだ。この方魔王だったな。
最近ただのかわいいだけの生き物になってたけど、そんな過去があったというのなら、これからもしっかりと役に立たないと。
「レイ」
「は、はい……」
「あなたは、裏切らないでくださいね?」
「もちろんです!」
俺だけじゃなくて、他の転生者たちにも今一度注意喚起はしておくか……。
転生者への不信感をつのらせられたら、とんだとばっちりだからな……。
◆
「ごめんなさいね~。でもほら、私たち勇者の仲間だから、魔王は倒さないといけないの」
「……」
「悪いが、俺たちは元の世界に帰りたいんだ。そのために、犠牲になってくれ」
「……」
「仲間だったよしみとして、苦しまずに終わらせてあげるからさ」
「裏切り者」
許さない。こんなことをしたかつての仲間も、その元凶も。
信じない。勝ち馬に乗ろうと集ってきただけの気持ちの悪い虫たちめ。
あちらこちらへと蝙蝠みたいに飛び回るな。
一人だ。私はもう一人なんだ。
そんな孤独を味わうくらいなら、そこの燃えカスたちに殺されればよかった?
嫌だ。だって私は悪くない。
「誰か……誰か、私の仲間になってくれる方は……いないのですか?」
痛い。痛い。斬られた腕が、焼かれた足が、貫かれた目が。
裏切られた心が……。
「仲間なんていなかった……」




