99 腹が減っては話もできぬ?
「こういうのは最悪のケースを想定して予防線を張っておくのが正解だと思うがね」
「随分と心配性なんだねえ」
グロリアは俺の忠告を受けても苦笑するばかりだ。
「似たような状況で煮え湯を飲まされたことがあるから言ってるんだよ」
「は?」
数秒ほどグロリアがフリーズした。
「冗談はよしとくれよ。アンタみたいな凄腕魔法使いが──」
「高をくくって油断した結果がそれなんだ」
魔法使いですらない時に受けた被害であることは黙っておく。
どのみち異世界転生しましたなんて説明しても信じてはもらえないだろう。
「………………」
楽観的だったグロリアの雰囲気が変わった。
ようやく冗談ではないと伝わったようだな。
「追い詰められればネズミだって猫に噛みつくんだぜ」
「それが今の状況じゃないのかい」
何とか反論を試みようとしているようだが、先程までの余裕は遠い彼方に飛び去ってしまっていた。
「こんなのは本当に追い詰められた状況じゃないだろう?」
本番は勘当されることを自覚した後だ。
いよいよ後がないと悟った相手の行動を先読みするのは困難だからな。
「追い詰められたら、どうなるってのさ?」
「考えなしに襲ってくることだって無いとは言えない」
ボンボン育ちがなりふり構わなくなったら、どう化けるのか。
グロリアがそうなると踏んでいるように自滅するだけで終わるのか。
あるいは激しい憎悪を原動力に残忍非道な輩となって悪鬼のごとく暴れ回るのか。
どうなるにせよ改心はおろか聞く耳を持つことさえなくなってしまうだろう。
「くっ」
グロリアは残酷な現実を突き付けられたように顔面蒼白となっていた。
些か脅かしすぎた気がしなくもないが、これくらい言わないと楽観視する方へ戻りかねないのでね。
「まるでお通夜だニャー」
天然なのか意図的なのか、このタイミングで緊張感のない割り込みを掛けてくるレイ。
「そういうことは御飯を食べてから考えるべきニャ」
どうやら後者のようである。
「腹が減ってる状態で考えたって碌な結論は出ないニャよ」
レイにしては感覚ではなく正論で攻めてくる。
「言ってくれるじゃないか」
「冷めたらおいしくなくなるニャ。腹減ったのニャ。早く食べたいのニャ~」
「………………」
やはり、いつものレイだった。
皆もお腹をすかせているみたいだし、異論はない。
酢豚や汁物が冷めたらおいしくないというのは事実だし。
そんな訳で辺境伯の三男坊については保留にして晩ご飯を食べるために話を切り上げる。
配膳はデビットたちがやってくれた。
作るのがうちの面子だったので役割分担ということなんだろう。
順番に並んで配膳待ちをしているのを見ていると子供の頃の給食の風景が重なって見えるようだ。
受け取った者たちが思い思いの場所に散って早々に食べ始めるあたりは遠足を思い起こさせたが。
そうは言っても遠足の時に感じたのどかな雰囲気は薄い。
街から離れた場所で野営している以上は魔物による襲撃が何時あってもおかしくないからね。
ただ、温々の食事が食べられるお陰か護衛の面子の顔はほころんでいる。
ピリピリした空気がないだけでも違うものだ。
「変わった味がするな」
オッサンことロジャーがそんな感想を漏らしていた。
なんちゃって酢豚の味は異世界人にとっては珍しいのだろう。
「だが、悪くない」
作ったレイは鼻高々だ。
「ああ。何というか頬が内側に引き込まれるというか」
護衛のリーダーであるデビッドは表現が独特だ。
おそらく酢の酸っぱさを言っているのだとは思うが。
「魚でないなら何でもいい」
ダークエルフの弓士ダリアが表情を変えずに黙々と食べていた。
「魚料理が続くと胃の具合を悪くするのは相変わらずだな」
ロジャーが苦笑しながら話しかける。
「生まれついての体質だからしょうがない」
「いや、具合はどうだって言いたかったんだが」
「しばらく魚が続いたから胃が重い」
「酷いなら言えよな、俺たちパーティメンバーだろうに」
確か、この3人で風の導きというパーティを組んでいるんだっけ。
「言っても解決しない」
メンバーの一員の割にはダリアの返答は素っ気ない。
仲間に対してもクールな姿勢を貫くようだ。
「そりゃあ胃の具合を良くすることはできないけどさぁ」
ロジャーは対照的にオバちゃん的世話焼きタイプといったところか。
まあ、ロジャーはオッサンなんだけどさ。
「他のことで負担が軽くなるようにすることはできるんだよ」
「言ってる意味が分からない」
「夜の見張りの順番を変えたりとか野営の時の雑用を軽いものにするとかあるだろうが」
「その程度のことで仕事に支障を来すほど悪化したりはしない」
「前は仕事中に倒れたじゃねえか」
「それは違う」
ロジャーの指摘をきっぱりと否定するダリア。
「倒れたのは依頼を完了した直後だし、依頼を受ける前から体調が万全でなかっただけ」
「そういうのは仕事を受ける前に言っておけよ」
「休暇中だから無理せず休んでいたところに仕事をねじ込んできたのはロジャー」
「ぐっ」
「そのくらいにしておけ」
ロジャーがやり込められたところで黙々と食べていたデビッドが口を挟んできた。
「ダリアの調子がそこまで悪くないなら言い合うだけ無駄だ」
「分かったよ」
不服そうにしながらもロジャーは引き下がった。
そこから風の導きの3人は無言で食事を再開となったのだが。
「ちょっといいかい」
今度は俺が割り込みを掛ける。
「どうしたんだ?」
デビッドが応じてくれた。
「そっちの弓士さんは魚の食事が続くと体調を崩すと聞いたんだが」
「あー、仕事に支障を来すほどじゃないから気にしないでくれ」
「胃腸の不調なら治療できるぞ」
俺がそう言うと、それまで我関せずで食事していたダリアが顔を上げた。
「魔法?」
「ああ」
「だったら無駄」
既に試してダメだったと言わんばかりのシャットアウトぶりだ。
「ポーションの方がマシだった」
そのポーションを使っているように見えないのは安価なものではないからか。
「魔法の効果が薄かったというのは何故だか見当がつくと言っても?」
ダリアは俺の問いかけに怪訝な表情を浮かべる。
「そこまで言うなら好きにするといい。魔法で治療して効果があったら対価を支払う」
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