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98 希望的観測は過去の教訓を呼び覚ます

 金に執着しているなら金銭的に困窮させればいい。

 貴族の地位をもってしてもかき集められないほどの借金地獄に陥ればどうなるかな。

 グロリアのやろうとしているであろうことも、これだと思われる。


 今までの卑劣でなりふり構わない嫌がらせの数々からすると、借金を踏み倒すような恥知らず常識知らずな輩である可能性は非常に高い。

 そのことを俺が指摘すると、グロリアはフンと鼻を鳴らして不敵な笑みを浮かべた。


「三男のボンボンだからね」


 相手が世間知らずの子供だから、やりようがあると言いたいのだろう。


「ボンボンって未成年なのか?」


「そうだよ、もうすぐ15才だがね」


 どうやら成人するのは間近なようだ。


「それでこんな嫌がらせをしてくるって普通じゃないだろう」


「跡継ぎの予備の予備だからね。相応の教育はされるのさ」


 スペアにすらなれないんじゃ未来への希望なんて微塵もあるまい。

 そのくせ義務はあると。

 グロリアの説明によれば、そんな状況で厳しい教育を受けて歪んでしまったということらしい。


「更生は無理そうだな」


「アレが改心なんてするものかい」


 吐き捨てるようにグロリアが言った。

 聞けば、教育の一環として一部の仕事を任され商人たちと関わった途端に悪知恵を働かせてやりたい放題だったとか。

 特権意識が強く責務など無いかのように振る舞うクズ貴族の姿が目に浮かぶようだ。


「けど、グロリアはボンボンの思惑通りにはさせなかったんだろ」


「ああ。踏み倒そうとした借金を親に請求したのさ」


 その結果、ボンボンはこっぴどく叱られたという。


「それで逆恨みされた結果がこれか」


 教育こそ失敗したものの親がまともだったのは救いである一方、ボンボンは何処までもクズだったと。


「ここまでしてくるとは思わなかったけどね」


 仏頂面でフンと鼻を鳴らすグロリア。


「常識のない輩に希望的観測は禁物だよ」


「まったくだ」


 グロリアは吐き捨てるように言い放った。


「あの馬鹿と関わったのがアタシのミスだよ」


 そう言いながらも、折れるどころか闘志を燃やしているようにすら見えるのは気のせいではないだろう。


「反撃するんだろう?」


「もちろんさ」


 考えられるタイミングは……


「確か三男以降の貴族の男子は成人すれば貴族に準じた特権を失う、でいいんだよな?」


 成人後の男子は生家の貴族籍を外されてしまう。

 これに当てはまらないのは跡継ぎとその次の継承権者──通常は嫡男と次男──と未婚の女子だけだ。

 昔、読んだラノベの知識なので正しいかどうかは知らない。


「その通り。よく知っているじゃないか」


 適当な知識で言ったことなのに感心されてしまった。


「ただ、例外もあるんだよ」


「へえ?」


「領地持ちに限られる話だけどね」


 成人すればただの人状態から逃れられる裏技があるとはね。


「街や村の管理を行う代官に任ぜられると貴族籍を外されても領主代行として準ずる権利を得られるんだよ」


「なるほど」


 あまり頷きたくはないが、よくできた制度だと思う。


「余程のことがない限り身内から選ばれるようになっているんだな」


「ご明察」


「そうでもしないと万が一に備えられないからだろう?」


「跡継ぎと予備がほぼ同時期にどうにかなるなんて滅多にないことだけどね」


 それでも、その滅多にないことが起きた場合に予備の予備が行方知れずでは手の打ちようがない。

 一概に身内に甘すぎるとは言い切れない側面もある訳だ。


「ということは、そのボンボンは代官として今後も準貴族の扱いを受けられる訳だ」


「ところがねえ」


 グロリアは意味ありげに粘着質な笑みを浮かべた。

 その目は鋭い眼光をたたえており本気で怒っているのが伝わってくる。


「ボンボンは次に何かやらかせば勘当を言い渡されることになっているんだよ」


 チクれば破滅させられる訳か。

 それが理解しているから向こうも直接的に手を下してこなかったんだな。


「決定的な証拠がないと難しいんじゃないか?」


 今のところは木箱の蓋だけである。

 しかも目印としての役割しかないため、とぼけられると厳しいものがありそうだ。

 それでもグロリアは自信をのぞかせている。


「こっちには先代の頃から積み上げてきた信用があるからね」


「あー、信用かぁ」


 三男の足掻きっぷりを思うと苦笑せざるを得ない。


「ボンボンの方は地に落ちているだろうしなぁ」


 真面目にやれば失点もいずれ取り戻せただろうに、それをしようとしない短絡さには呆れるばかりである。

 後先を考えれば浅はかすぎて実行できないと思うのだけど。

 徹底して脅せばグロリアを黙らせられるとでも考えたのだろうか。

 本人と面識があるならできる訳がないと気付くはずなんだが。


 「辺境伯に注進すれば後は勝手に処理してくれるって寸法さね」


 不敵に笑いながらグロリアは言ったが切り札を握っている時こそ油断してはいけない。

 俺はそれで元上司に非常階段から突き落とされて半身不随になった。

 それで勝負あったと思っていたら逆恨みによる逆襲を受けるところだったし。


 何にせよ今のグロリアに危うさを感じているのは間違いないのだ。

 嫌な予感がすると言い換えてもいい。


「甘いな」


「なんだって?」


「相手は常識を無視するような輩だということを忘れているぞ」


「むっ」


 俺の指摘にグロリアは短くうめき声を発した。


「ここまでやらかすような奴は勘当されようがお構いなしだと考えた方がいい」


「まさか、その心配はないよ」


 あり得ないと苦笑するグロリア。


「あのボンボンが権力を失えば、子供のイタズラ程度のことしかできやしないさ」


 本人のみで実行できることなど大したことはないと言いたいのだろう。

 そういう侮りは足をすくわれる元なんだけどなぁ。


読んでくれてありがとう。

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