97 食べ物を粗末にする奴は許さない
「この犯人は俺が潰す」
「何でだよっ」
俺の静かな宣言にグロリアからすかさずツッコミが入った。
「ユートには何の関係もないだろうに」
「コイツは俺を怒らせた」
「何がどうしてそうなったっ!?」
「ふたつの罪がある」
「罪だって?」
「ひとつは環境破壊」
環境破壊という概念がないのかグロリアは首をかしげた。
工業とか発展していない異世界ならではだな。
「湖を毒で汚染させただろう」
「ユートが浄化したじゃないか」
「しなければ?」
「当面は汚染されたままだったろうね」
「後始末しようという気がないのが許せん」
「そういうことかい」
「そして何より食材になり得たはずの魚を大量に無駄にしたのは許されざる大罪なのだよ」
「大罪なのだよって……」
些か呆れ気味な様子でグロリアは溜め息をついた。
「商品じゃないんだからさぁ」
なんてツッコミを入れてくるぐらいだし俺が執念を燃やすポイントが理解しづらいか。
「勿体ないだろっ」
「そうかもしれないがね」
グロリアは肩をすくめる。
「食材なんてダメにすることが多いんだよ」
異世界では保存技術が発達していないのを忘れていた。
「いちいち目くじら立ててたら商売なんてやってられないさね」
「その割には食材を多く扱ってるみたいじゃないか」
ホーンド商会の運んでいる荷物の半数以上は食料品である。
その中でも半乾き状態の海産物が多い。
完全な干物になっていないのは、そういう知識や技術が発達していないからだと思われる。
腐らせることも覚悟の上で運んでいるのだけは間違いなさそうだ。
「誰かがやんないと皆が困るだろう」
「海のものは内陸の庶民には手が出ないと思うが?」
腐らせる可能性のある食材は値が張るのは当然だし食べられなくても困るものでもない。
誰もが必要とする小麦粉などとは訳が違う。
「そのあたりは商売だからね」
「赤字にしないための策か」
金持ちや貴族を相手に稼ぐことで赤字にならないよう調節する意図がある訳だ。
「こんな手でも使わないと商売人として生き残っていけないのさ」
偽悪的な言い回しをしているが本心ではあるまい。
裏を返せば慈善事業できる余裕があるならそうすると宣言しているようなものだ。
「やれやれ、話がそれちまったね」
特に誘導するまでもなく勝手に脱線してくれたと思っていたのだが気付かれたようだ。
「価値観は人それぞれかもしれんが、これはアタシの問題なんだよ」
手を出すなと言いたいらしい。
「悪いが、グロリアが思っているほど俺の怒りは簡単に静まりはしないんだ」
「たかが食材で、とは言わないよ」
それは禁句である。
おばあちゃんが言っていた。
食べ物を粗末に扱うのは捨てるのと同じなんだよと。
「だけどね、如何にあんたらが強くても勝てないよ」
相手は豪商か貴族かといったところのようだ。
「権力者相手だと、アタシらみたいに金の力で勝負できる商人でないとね」
相手は貴族か。
それにしてはグロリアを相手に回りくどいことをしている。
豪商とはいえ身分は貴族の方が上なんだから適当な罪を被せて捕らえるくらいは普通にしそうなのだが。
政敵に弱みを握られることを恐れているのかもな。
「誰が真正面から敵陣に乗り込むと言った?」
「なんだって?」
「俺は潰すと言ったんだ」
やりようは幾らでもある。
グロリアのように金の力で黙らせるのもひとつだ。
が、これは微妙だと考えている。
ホーンド商会に執拗な嫌がらせをする理由として金の無心が最有力だからだ。
それにしちゃあ金を掛けすぎだけどね。
どんぶり勘定すぎるところも詰めが甘いというか間が抜けているというか。
それでいて己の策に酔いしれていたりするタイプに思えてならない。
「どうやって!?」
「貴族が相手なら例えば屋敷を瓦礫の山に変えてしまうとか」
文字通り潰してしまう訳だ。
「アンタは無茶苦茶なことを言うね、ユート」
「範囲魔法を使えば、そう無茶なことでもないさ」
地震とか隕石あたりが有効な手立てになると思われる。
あるいは地盤を沈下させたり屋敷の下の地面を泥沼にするのも手か。
「充分、無茶だよ」
グロリアはフンと鼻を鳴らして嘆息した。
「アンタがその手の魔法を使えるであろうことは思い知らされたばかりだけどさ」
懸念事項があるらしい。
「グロリアが手を回したと思われると迷惑を掛けることになりかねない、か」
「そんなのは気にしなくていいんだよ。むしろスカッとするだろうさ」
懸念すべきことは他にあるのか。
「人的被害が出るのがマズいのか」
「そういうことだよ。何処かの馬鹿野郎だけなら自業自得ですませるんだけどねえ」
貴族だけが被害を受けるのであれば問題ないのか。
どうやら嫌がらせは前々からあったようだ。
問題となるのは下働きをしている人たちなのだろう。
確かに罪もない人たちが犠牲になるのは考え物である。
「だったら強力な魔物でも召喚して貴族本人だけを襲わせるか」
「無理に決まってるだろう。護衛の私兵が真っ先に犠牲になるよ」
「あー、そっか」
あまりにも考えなしだったな。
積極的に貴族の悪事に荷担しているならいざ知らず、単なる駒として使い捨てにされるのは看過できない。
ならば物理的にではなく精神的に潰すというのはどうだろう。
この方法ならピンポイントで狙えるから被害も特定の個人にしか及ばない。
問題があるとすれば誰かに八つ当たりをする恐れがあることか。
復活の目すら皆無となるほどに心が折れてしまえば関係ないけどね。
読んでくれてありがとう。




