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95 どちらが非常識なのか

 その後、ホーンド商会が野営を予定している湖の畔まで移動した。

 馬車に合わせた移動速度じゃ日が暮れる前になってしまったが仕方あるまい。

 隊商の面子は疲労困憊で、すぐには野営準備に取り掛かることができない有様であった。


 無理もない。

 馬車が立ち往生した上に強力な魔物と戦う羽目に陥ったからな。

 移動中は平気そうに見えたのに到着するなり倒れ込む者も少なからずいた。


「手伝おう」


「いいから自分たちのことをちゃんとしな」


 グロリアはにべも無い。


「俺たちだけ先に飯を食うのは気が引けるから言ってるんだ」


「あぁん?」


 ガラの悪い問いかけ方をしてくるところを見るとグロリア自身も疲労が濃いのだろう。

 自ら馬車の手綱を握っていたくらいだし。

 このくらいの規模の隊商ともなれば相応の人手があって当然だと思うのだが、実際は商会の人間はほぼいないような状態だ。


 じゃあ、どうしているのかというと護衛の冒険者を使っていた。

 護衛以外もあれこれ兼任していたんじゃ疲れて当然。

 さぞや不満も大きいだろうと思ったが、そういうことはなかった。


 少しの休憩で一人また一人と立ち上がって野営準備に加わっていく。

 さすがにテキパキした動きではなかったが誰も彼もが自発的に動いていた。

 後に知ったことだが、ホーンド商会は引退した冒険者を積極的に雇うのだとか。

 自発的になるのも頷けるというものだ。


「それじゃあ、飯の準備を手伝ってくれるかい」


「了解した」


 その後は無駄口を叩くことなく仕事をこなしていった。

 まあ、食事の用意をする面子には呆れられたが。


 火を起こすのに着火の魔法イグニッションを使い。

 湖の水をくみに行こうとする者を呼び止めて魔法で水を出し。

 地属性の魔法で作業台やかまどを作った。


 本格的に調理を始めると護衛たちは唖然呆然となっていた。

 調理がそろそろ終わるかなという頃合いでグロリアがやってくる。


「ちょっと、アンタたちは何をやってるのさ」


「何って料理に決まってるニャ」


 真っ先に答えたのはレイだ。

 強火で炒め物をしながらなので、視線は鍋振りをしている方に固定されている。

 ちなみにメニューは酢豚だ。

 使っている肉は豚ではなくボルトパイソンのものなので、なんちゃってだけどな。


「そういうことじゃないんだよ」


「じゃあ、何ニャ?」


「本格的な料理を出してくれと言った覚えはないよ」


「確かに聞いた覚えはないニャ」


「だったら何でここまでしてるのさ」


「材料はこちら持ちだから心配いらないニャよ」


「そういう問題じゃないんだよ」


「すぐに用意するからキーキー言わずに大人しく待つニャ」


「野営の食事なんざ簡単に済ませるのが常識だと言ってるんだ」


「常識なんて知ったこっちゃないニャ。ニャーが食べたいものを作ってるニャ」


「あーっ、もう!」


 我が道を行くレイにグロリアの婆さんがキレる。


「強い匂いがするものは魔物が引き寄せられるから御法度なんだよ」


 もっともな理由があるからなんだが……


「心配しなくても匂いは拡散しないよう風の魔法でコントロールしてるニャ」


 対策はしていると切り返されてしまった。


「ぐっ」


 ああ言えばこう言う状態でことごとく反論されたグロリアが短く呻く。

 その表情は悔しさと怒りを半々で混ぜ合わせたようなものになっている。

 まあ、鍋振りに夢中なレイは見ていないのだけど。


「すまないが、これがうちの流儀でね」


 ギリギリと歯噛みしていたグロリアが勢いよく振り返った。

 なかなかの迫力だが八つ当たりに近いのは感心しない。


「疲れている時こそ、ちゃんとしたものを食べるべきなんだよ」


 まあ、俺たちは疲れてはいないのだけど。


「腹が減っては戦はできぬってね」


「限度ってもんがあるだろうにっ」


 グロリアが声を抑えながらも苛立たしげに吠えた。


「限度と言われてもなぁ」


 そのあたりの認識に大きな差があるから、こうなる訳で。


「とにかく、そう向きにならないことだ」


「そうさせてるのはアンタたちだよっ!」


 なだめようとしてもグロリアは噛みついてくる。


「ホイホイ魔法を使って野営の準備をしておいて、手のかかる料理を作り出したかと思えばさらに魔法を使うとかどうかしてると思わないのかい」


「別に、そうは思わないが?」


「─────っ!」


 グロリアが歯噛みする。

 こちらとしては何をそんなに興奮することがあるのかと問いたいくらいなんだが。


「肝心なときに魔力が尽きたらどうするつもりだいっ」


 あー、頭に血が上っている理由はそれか。


「どれも初級の魔法だから魔力の消費量なんてたかだか知れているぞ」


「そんなことを言っていると肝心なときに泡を食うんだよ」


 どうにも認識に大きな隔たりがあるらしい。


「あのな、疲れてもいないのに少し小走りした程度で息切れするか?」


「何だって?」


「俺たちにしてみれば息切れもしない程度のことしかしていないと言っている」


「なっ!? そんな訳──」


「あるんだよ」


 驚いたグロリアが反射的に否定しようとしたところへ言葉を被せて封じ込む。


「剣の修行を始めた初心者とベテランじゃスタミナがまるで違うだろ」


「むっ」


「それに技術が向上すればするほど消耗もしなくなる」


「むぅ……」


「魔法だって同じだ。鍛えれば魔力は上がるし熟達すれば消費魔力も減る」


「そんな簡単なものじゃないだろうに」


 理屈は理解できたようだけど、例えが畑違いだったせいで納得しかねるみたいだ。


「そこが誤解なんだよなぁ」


「何だって?」


「何事も修練を積めば上手くなる」


「魔法は違うだろう。使えなきゃ上手くなりようがないよ」


「そうか?」


 グロリアのような先入観はこの世界では普通なのかもしれない。

 隊商の面子で魔法が使えるのは弓士のダリアだけみたいだし。

 魔法の存在は当たり前のように受け入れられていても、自分が使えるかどうかは別問題。

 そういう固定観念は突き崩すのが難しそうだ。


「たとえば人は生まれてすぐ2本の足で立って歩いたりはしないだろう?」


 否定の言葉がないかわりに目で先を促される。


「ハイハイの状態からつかまり立ちをするようになって徐々に歩けるようになるのが人だ」


「魔法は別格だよ」


「そんなことはない。立てもしない幼子はいきなり歩き出そうとするかい?」


 グロリアは不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。


「つまり魔法が使えない奴は、つかまり立ちができていないと」


「正解」


「そうは言うけど、肝心のつかまり立ちに相当する何かが分かんないんじゃ、どうしようもないね」


 嘆息しながらグロリアは肩をすくめた。


「いやいや、具体的な方法はともかく何をすればいいかは知ってるじゃないか」


「んな訳あるかいっ」


「魔法を使うのに魔力を消費するって言ったのは誰だい?」


「なっ!?」


読んでくれてありがとう。

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