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94 最終的に何者かなんて話になる

「何処までもコケにしてくれるじゃないか」


 グロリアが静かに言い放つ。

 よほど腹に据えかねたようで、その表情は鬼神を想起させるほどの獰猛さに満ちていた。


「荒れるのは意趣返しができるようになってからにしてくれるか」


 刺客を送るにせよ自ら怒鳴り込むにせよ現時点では反撃のしようもないからな。


「おっと、すまないねえ。アタシとしたことが頭に血が上りすぎちまったよ」


 気が短いのは元からだと思うというのは口が裂けても言うべきではないだろう。

 あの怒りの矛先がこちらに向きかねない。


「だけどアンタはいいのかい、ユート?」


「何がだい?」


「そんな物騒なものを引き取ったんだよ」


 別に木箱のフタ自体は物騒でも何でもない。

 無線標識とか発信器のようなものでしかないからな。

 少ない環境魔力で一定の魔力波長を発信するだけだし。

 この実用性が低い仕様のお陰で今まで発見されなかったとも言えるのだが。


「今なら、まだ無かったことにしておくけどね?」


 物々交換のキャンセルを申し出てくるとは思わなかった。


「その必要はないよ」


「そうは言うけどねえ」


 これで本当に商人なのかと思うくらい、お人好しな婆さんである。

 これで商売が成り立っているのかと心配になるくらいだ。

 隊商の規模からすると、かなり大きな商会に見えるのだけど。


「心配いらない」


「何処がだいっ」


 すかさずツッコミが入った。

 タイミングが絶妙で関西人じゃなかろうかと思ったほどである。


「あんな解体するのも難儀する魔物が襲ってきた直後にそんなこと言われても信用できる訳ないんだよ」


 そこに、おずおずと割り入ってくる人影があった。


「あの、グロリアさん」


 俺が内心で勝手にオッサンと呼んでいるロジャーである。


「なんだい? いま話の最中なんだ、邪魔しないでおくれよ」


「それなんですがね」


 申し訳なさそうな顔をしながらも引き下がる様子がない。


「ん~っ」


 不機嫌そうにロジャーの方を見るグロリア。


「信じられないことに、もう解体されちまってるんですよ」


「はあっ!?」


 直前までの不機嫌さなど何処へやらといった様子で驚きをあらわにしたグロリアが、ボルトパイソンのあった方を見る。

 次の瞬間には驚愕を顔に貼り付けていた。


「──────────っ!!」


 声にならない悲鳴と共に仰け反っている。

 待っている時間が勿体ないからとリーアンたちが手分けをして終わらせただけなんだが。


 リーファンが水属性の魔法で血を完全に抜き。

 グーガーが魔力をまとわせたナイフで皮を剥ぎ。

 リグロフが内臓を処理し。

 リーアンが肉を切り分けた。


 手早くかつ丁寧な仕事ぶりだったので、そこは驚かれるかもしれないが。

 ただ、リーアンたちからすればストラトスフィアで行われた授業で習得した成果を発揮しているに過ぎない。

 故にその仕事ぶりを誇るでもなく淡々としている。


「ウソだろう……?」


 呻くように声を絞り出したグロリアが、これ以上ないくらい両目を見開いて凝視するも結果は変わらない。


「おいおい、現実は受け入れようぜ」


 俺がそう声を掛けると、グロリアはハッと我に返って勢いよく振り返った。


「それにしたって、だよっ」


 グロリアはツバが飛んでくるんじゃないかと錯覚するくらいの興奮具合で口を開いた。


「あんなのを誘き寄せるような物騒なもんを運ぶのはリスクがあるじゃないか」


 やはりグロリアは勘違いしているよな。


「そんな訳ないだろ。あれは単なる目印であって魔物を誘引する効果はない」


 仮にそういう効果があったとしてもリスクは俺とグロリアで変わるものではない。

 しばらくは一緒に行動するんだし。

 踏んだり蹴ったりの目にあったから、あれだけの魔物を使う敵がいることを過剰に重く受け止めているのかもな。


「それに向こうだって何の代償もなくボルトパイソンを遠隔操作できると思うか?」


「そうそう多用はできないってことかい」


「距離に応じて魔力消費が高くなるとか生け贄が必要とかな」


 生け贄という単語を耳にしたグロリアが顔をしかめる。

 イメージは良くないから無理もない。

 駆除されて当然のゴブリンなんかを使うのだとしても禍々しい印象は拭えないもんな。


「とにかく代償は安くないってことだ」


「それでもね」


 トーンは下がったが完全には納得がいかないようだ。


「リスクの問題もあるから同じ手は何度も使えないよ」


「リスクだって?」


「近くに操っている奴がいなかった」


 グロリアは怪訝な表情を見せた。

 実行犯が捕まらないのはリスクではなくリターンだろうと言いたげである。


「距離があるほど魔物を自在に操れなくなる」


「それは変じゃないのかい」


 簡単には納得してくれないようだ。


「デビッドの話じゃ執拗に狙われたそうじゃないか」


「だからフタを目印にしたんだろうよ」


「なんだって!?」


「特定の魔力波長に向かわせるようにしておけばいいからな」


 だから、あのボルトパイソンは突進をしなかった。

 阻むものは無差別で反撃させるようにしておけば被害も拡大するしな。


「念のためフタの術式は封印しているから目印の魔道具としては役立たずになっているぞ」


「はあっ!? アンタ、本当に何者だい、ユート?」


 グロリアは呆気にとられたつつも諦観を感じさせる何とも言い難い表情で聞いてきた。


「近隣に村もないような、へんぴな所に住んでいる田舎者さ」


 ウソではない。

 ストラトスフィアは宇宙空間にあるから近くに村など無くて当然である。


「そういうことじゃないんだよ」


 疲れた様子で嘆息するグロリア。


「大魔導師かと思えば違うと言うし」


 魔法一辺倒じゃないからね。


「かといって、ここまで魔法に長じた職人がいるとも思えないし」


 馬車の修理で可能性を考慮したというところか。


「交渉の仕方が手慣れてるのにアンタみたいな商人は見たことがない」


 そんな風に評価されるような交渉だっただろうか。

 何であれ、俺はグロリアの言ういずれでもない。

 ギルドに登録していれば該当するジョブの肩書きを得ていたのだろうけど。


「あえて言うなら、田舎から出てきた冒険者志望のお上りさんってところだ」


読んでくれてありがとう。

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