91 馬車あります
「グロリアさんよ、解体はこっちでするから物々交換で買い取ってくれるかい?」
「無茶言わないでおくれよ。こんな巨体の素材を運ぶ余力はないよ」
あっさり断られてしまった。
「一部でも?」
「本当にギリギリなんだよ」
ダメで元々のつもりだったが思った以上に深刻だった。
そういやグロリアは俺に積み荷を売ろうとしていたんだっけ。
アレは壊れた荷馬車の荷物を無事な荷馬車に振り分けた残りだと思っていたのだけど。
「もしかして既に馬車を何台か廃棄してきたとか?」
壊れたのはこれが初めてじゃなかったようだ。
最初は余力があったが、荷物を積み直して今の状態になってしまったと見るべきだろう。
「ああ、そうだよ」
不機嫌そうにフンと鼻を鳴らすグロリア。
「こんなにぶっ壊れるとは思ってなかったから運がなかったと思ってたんだがね」
「妨害されているとは夢にも思わなかった訳だ」
「落とし前はキッチリ付けてやるさね」
「その辺は、まあ頑張ってくれ」
俺の方から手出し口出しするようなことじゃないからな。
「もちろんだよ」
獰猛な笑みを見せるグロリア。
噛みつかれることになる相手はバカなことをしたものだ。
徹底して追い込まれることになるだろう。
自業自得だから同情するつもりはない。
「馬が多いと思っていたが、そういうことだったんだな」
「まあね」
返事をしながらグロリアはまたしても鼻を鳴らした。
「馬車が重くなった分だけ馬の負担が増すから交代させながらやりくりしてるんだよ」
馬たちに向けるグロリアの視線が申し訳なさそうに見えたのは気のせいではないだろう。
「そんなグロリアの婆ちゃんに朗報ニャ」
不意にレイが割り込んできた。
微妙に嫌な予感がするんですがね。
こういう時のストッパーであるケイトが「あちゃー」の台詞が聞こえてきそうなポーズで固まっている。
さすがは予測不能の行動をする元三毛猫だ。
「朗報だって?」
「アレを見るのニャーッ!」
ジャジャーンと効果音でも入りそうな身振りでレイが指し示した先には荷馬車が何台も並んでいた。
さては俺が車輪の修理をしている間に作っていたな。
「何時の間に……」
呆然とした面持ちのグロリアはそう呟くのがやっとのようだ。
「ニャーハッハッハ! こんなこともあろうかと密かに用意していたのニャよ」
何処かで聞いたような台詞で自慢げに語るレイである。
「……アンタたちはホント非常識だね」
ボソリと呟くようにグロリアがツッコミを入れてくる。
「なんでニャーッ!?」
「何処の世界にこんな短時間で何台も馬車を用意できる奴がいるんだい」
「ここにいるニャよ」
嫌み半分で繰り出されたグロリアのツッコミに平然と切り返すレイ。
「ああ、そうだろうよ」
のれんに腕押し状態なレイの反応にガックリと肩を落とすグロリア。
「諦めろ、レイはそういう奴だ」
「アンタも苦労してるんだねえ」
「まあね」
「辛気くさい話はノーサンキューなんだニャ」
誰のせいだと思ってるんだ。
それを言ったところで馬耳東風なのは目に見えているので無駄なことはしない。
「馬車を用意したんだから、もっと喜ぶニャ」
「大丈夫なんだろうね?」
お調子者の言うことは信用ならないとばかりにグロリアは俺に聞いてくる。
「ああ、心配は無用だ。レイはお調子者だが仕事で手を抜いたりはしない」
遊んだりはするけどね。
「そうかい、そうかい」
うんうんと頷いたグロリアの目が真剣なものになった。
「じゃあ、買わせてもらうとするよ」
「即断即決だな。自分の目で吟味しようとか思わないのか」
「もうしたよ」
グロリアの返事は意味不明だ。
していないのにしたって、どゆこと?
「したように見えないが?」
「あたしゃアンタたちを吟味したんだよ」
フッと不敵な笑みを浮かべるグロリアだ。
「人を見れば扱う商品もおのずと見えてくるものさね」
「そういうものかい?」
「そういうものなんだよ」
俺にはピンとこないがグロリアの表情は余裕と自信に満ちていた。
「いい加減な奴、胡散臭い奴が用意する商品はまともだったためしがないのさ」
言いたいことはなんとなく分かった。
俺もCWOで商売をしていた時はそんな経験がある。
とはいえ相手の人となりを見極めて即決できるグロリアは豪胆だと思うし、マネをしようとは思わないけど。
それだけに信頼を裏切る訳にはいかない。
「もしも、すぐに不具合が出るようなら無償で修理させてもらうよ」
「そんな風に言われるとお代を弾まずにはいられないじゃないか」
グロリアは苦笑するものの機嫌はかなり良さそうだ。
「だったら代金の話は水場に到着した時にしようかね」
「いや、次の街に着くまでは無償対応させてもらおう」
「随分と気前がいいじゃないか。そんなんじゃ欲深い連中につけ込まれちまうよ」
「そういう手合いにサービスはしない」
それ以前に商売を持ちかけるつもりもない。
「俺もグロリアって婆さんを吟味させてもらったからな」
「言ってくれるじゃないか」
グロリアはそう言ってカラカラと笑った。
「それで、この馬車はいくらなんだい?」
問われた俺はレイの方を見た。
こういうのは作った本人が決めるべきことだろう。
「ただでいいニャ」
随分と気前のいいことだ。
「アンタ、アタシを舐めてんのかい?」
グロリアがスッと目を細める。
商人としての矜持に関わる部分をないがしろにされたと感じたのだろう。
「意味が分からないのニャ」
対するレイは通常運転である。
知らない人間からすれば怒りを買いかねないんだが。
「材料費はただニャし、作るのも手間なんてかかってないニャ」
材料費がかかっていないのは立ち木を使ったからだ。
錬成魔法でササッと仕上げれば時間も手間もかからなかった。
だから無料と主張している訳だ。
ただ、それはレイの基準ではの話である。
「新品が無料なんて、どう考えたってあり得ないんだよっ!」
「あり得るニャ! ニャーの作った馬車は材料費も人件費もかかってないのニャッ」
「作るということ自体が手間なんだよ!」
「手間じゃないニャ!」
「手間だっ」
「違うニャッ」
「手間だぁっ!!」
「違うニャーッ!!」
子供の言い合いかよ。
やれやれだ……
読んでくれてありがとう。




