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89 修理もするよ

 老人とは思えないギラギラした笑みを見せたグロリアだったが……


「今はそれどころじゃないのが頭痛のタネだよ」


 すぐに深く溜め息をついた。


「商品は持って行けないし、他の馬車もいつ壊れるか」


「心配ない」


 そう言ったのは隊商の列を一回りしてきたスィーだった。


「何だって!?」


 ギョッと目を見開いたグロリアがスィーの方を見る。


「魔法で処理しておいた」


 指示も出していないのに相変わらず仕事が早い。


「魔法で処理したって……」


 グロリアが戸惑っている。

 いや、うちの面子以外がと言うべきか。

 スィーの作業を見ていた者たちなどは、なかば放心状態に近い有様である。


「何したんだ?」


「表面を削って残った部分を圧縮して固めた」


「なるほど。応急処置だな」


「何処がだいっ!?」


 グロリアが血圧を急上昇させそうな勢いで顔を真っ赤にして吠えた。


「そんなに大声を出さなくても聞こえてるよ」


「アンタが当然のように無茶なことを言うからだ!」


 トーンは幾分下がったものの、まだまだ興奮状態のグロリア。


「そうか?」


 俺はうちの面々の方へ振り返って聞いてみた。

 処理をしたスィーはできて当然とばかりの澄まし顔だ。


「無茶と言うほどではないと思いますが」


「楽勝ニャ」


 平然と答えるケイトとレイ。

 俺もそう思ったのだけどリーアンたちエルフ組は些か呆れ気味である。


「少し前の我々なら無理だと即答しているところだ」


 リーアンが驚きを禁じ得ないことを言ってきた。


「えっ、そうなの?」


「こんなことでウソをついてどうする」


「いや、そうなんだけどさ」


「よく考えろ、ユート。この短時間でそれだけの作業をこなす方がどうかしているぞ」


「そう言われてもなぁ」


 いまいちピンとこない。


「塗装部分は研磨するだけだし」


 サンドブラスト加工を魔法で再現するだけなので難しいことは何もない。

 いや、やり過ぎるとスポークを削りすぎてしまうか。


「圧縮だって魔法でやれば分解する必要すらないから簡単だろ」


 木製スポークが太いからできる芸当だけど。


「それを短時間でこなすのは至難の業だと言ってるんだ」


「そうか?」


 今ひとつピンとこなかったのだがリーアンには呆れた目を向けられてしまった。


「とりあえず今は壊れたグロリアの馬車をどうにかする方が先決だ」


 普通に考えると破損した馬車を廃棄処分して荷物を捨てるか燃やすか売るかだろう。

 売却相手になりそうな俺たちはさっき断ったばかりなので選択肢は狭まる訳だが。

 それ以外となると馬車を修理するか購入もしくは借りてくるということになる。

 材料すらない状況で修理というのはグロリアたちには不可能だ。

 新たに馬車を用意しようにも近場に街がないから往復してくるだけでも時間がかかってしまう。

 その間、立ち往生が続くのだから調達してくるのはやはり現実的ではない。


「癪だが残す荷物を選んで積み替えるしかないねえ」


 グロリアの口ぶりからすると選ばれなかったものは捨てていくってことだな。


「修理も不可能じゃないと思うぞ」


 やや挑発的に待ったをかけるとグロリアは不機嫌そうにジロリと睨んできてフンと鼻を鳴らした。


「できるもんならやってみな」


 ということで修理をすることになった。


「まずは折れてないスポークの塗装を剥いでいこうか」


 サンドブラストもどきの魔法を使って塗装を削っていく。

 表面は乾いているのに内側は湿り気を帯びていて想定以上にコントロールが難しい。

 油断するとゴッソリ抉ってしまいかねない。


「思った以上に酷い状態だな」


「これが一番酷い」


 横から見ていたスィーが言った。


「他のは塗装を削っても、ここまでグズグズにはなっていなかった」


「真っ先に壊れるわけだよ」


「不思議ですね。どうしてこんな差が出たんでしょうか?」


 リーファンが怪訝な表情で疑問を口にしている。


「こいつ以外は他の塗料と混ぜて下地を塗ったんじゃないか」


「どうしてそんなことを?」


「足りなくなりそうだったからだろうな」


 盗まれてとりあえず急ぎで用意したのがスライムの溶解液入り塗料で、それを使っている間に足りない分を調達してきたってとこだろう。

 現場を見た訳ではないので実際のところは不明だが。

 もっとも俺は探偵ではないので真相を知りたいとは思わないがね。

 修理できればそれでいいのだ。


「これ、直るのか?」


 今度はグーガーが聞いてきた。


「さすがに無理だろう」


 俺が答える前にリグロフがツッコミを入れている。


「スポークを圧縮させても車輪を支えきれない細さになってしまうぞ」


「あー、言われてみりゃそうだよな」


 グーガーが納得したところで──


「やりようはあるニャ」


 レイがドヤ顔で修理は可能であることを告げた。


「やりようって……、どうするんだよ」


 グーガーは呆れた様子を見せながらボヤく。


「俺もどうするのか聞きたいね」


 リグロフはさほど表情を変えないながらもグーガーと同じ意見のようだ。


「鈍いニャ~」


「悪かったなっ、鈍くてよ」


「わからないのだから仕方がない」


 不貞腐れたように頬を膨らませるグーガーに対してリグロフは開き直っている。


「修理と言えば材料を用意するところから始めるのが基本だニャ」


「何処からそんなものを引っ張ってくるんだよ」


 レイの言葉にすかさずツッコミを入れるグーガーである。


「そんなの、すぐそこに決まってるニャ」


「すぐそこって──」


「立ち木を切るか」


 何処なのかと問おうとしたグーガーの言葉を遮るように自分の推測を被せるリグロフである。


「はあっ? 切っても乾燥させなきゃ使い物にならないだろうが」


「そんなの魔法を使えば、どうとでもできるニャ」


「それよりも良さげなのがある」


 先程の戦闘で目についた倒木だ。

 これなら立ち木を切り倒す必要がない。


「おいおい、そんなのが材料になるのか?」


 疑わしげに聞いてくるのはグーガーだ。


「パテ代わりにするだけだからな」


「は?」


「こうやって──」


 水分を加えながら粉砕しパテ状にしてから車輪へ肉付けしていく。

 もちろん、すべて魔法で処理している。

 折れたり割れたりした部分もこの方法で直した。

 さらに錬成魔法を使って車輪と融合させてから水分を抜いていった。


「はい、完成」


 所要時間は計ってなかったから分かんないな。


「は、はやい……」


 なんて声が聞こえてきたので、通常では考えられないスピードで車輪が直ったのだけはまちがいないようだ。


読んでくれてありがとう。

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