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85 想定外だったりする

 予定は未定。

 日本人だった頃は耳にタコができるほど聞かされたものだ。

 しかしながら実感したのは異世界に来てからというのは皮肉なものだと思う。

 ちなみに耳タコなことを言ってたのはパワハラ元上司である。


 無茶な納期に変更するのは茶飯事。

 人に仕事を押しつけるのも茶飯事。

 人の成果を横取りするのも茶飯事。


 いずれにおいても「予定は未定なんだよ、バーカ!」と最後に捨て台詞を吐いていくものだから何時しか自動で耳がスルーするようになっていたんだよな。

 その程度のことで腹を立てていたら、とっくにストレスでハゲていたはずだ。

 とにかく俺は目の敵にされていた。


 奴との交渉を任せていた弁護士が聴取したところによると俺がたまに喋る関西弁がキモかったからという話だったそうだ。

 その場で思わず「なんでやねん」とツッコミを入れたさ。

 それだけ我が耳を疑ったってことだ。


 元上司の言動はどこまでも理解不能だった。

 故に職場ではままならないことだらけだったのだが、今の俺はその心境を思い出していた。

 ボルトパイソンがこっちに来てくれないのだ。


「デビッド、ダメだ! このままじゃ押し切られちまうっ」


 前衛の1人が音を上げたことからも分かるように、魔物は先程からずっと向こうに執着している。


「よく見ろ! 奴は突進してこない」


 そんな中でもリーダーは前衛のフォローをしながら魔物の動きをよく見ている。

 不幸中の幸いと言うべきかリーダーの言うように突進しようとするそぶりが見られない。


「そうは言うけどよぉ」


 それでも別の前衛たちが弱音を吐く。

 生半可な攻撃では当ててもボルトパイソンの硬質な鱗に阻まれるからな。


「まともに当たったら吹っ飛ばされちまうよ」


 倒せるかどうか以前に防御面の心配もあるな。

 加えて、あのデカさでの体当たりをまともに受ければ即死してもおかしくはない。

 小回りのきかない奴に対し横からの攻撃で気をそらして突進を阻止しているのが現状だ。

 リーダーとオッサンがどうにか傷つけられているおかげだろう。


 ただ、魔物とて両名のことは警戒する。

 ボルトパイソンに警戒されてからはリーダーたちも満足な攻撃ができずにいた。

 尻尾による振り回しの攻撃もあるため簡単には間合いに踏み込めないのだ。

 結果として互いに牽制し合うような格好となり状況が膠着している。


「泣き言を言うな!」


 オッサンが叱咤し。


「とにかく荷馬車から引き剥がせ」


 リーダーが指示を出す。

 残りの護衛たちもどうにか攻撃をするのだが歯が立たない。


「ダメだっ」


 振り下ろした剣が鱗に弾かれた前衛の1人が飛び退きながら忌々しげに吐き捨てる。


「だからって迂闊に踏み込むなよ」


 隣にいた別の前衛が釘を刺した。


「こんなデカブツの攻撃に巻き込まれたらタダじゃ済まねえんだからよ」


「俺だってまだ死にたかねえさ」


 言い合いながらもボルトパイソンが振り回す尻尾をどうにか躱す前衛たち。


「そうは言っても、こんな化け物を本当に倒せるのか?」


「無理に決まってるだろ」


「おいっ」


「リーダーと参謀が囮に徹している時点で勝ち目があるとでも思ってるのか?」


「どうしろって言うんだよぉっ!?」


 絶望的な状況であることを認識しつつも前衛たちは牽制することをやめない。

 やめれば荷馬車は間違いなく破壊されるだろう。

 つまり、護衛任務の失敗ということになる。

 精一杯のことをしてしくじるならともかく適当に切り上げての失敗は評判を落とす元だ。

 いい加減な真似はできない。


「このまま粘って向こうが諦めるのを待つしかねえだろ」


「守り切れば俺たちの勝ちだ!」


 魔物を倒すのが目的ではないからな。

 荷物が無事なら完勝と言っていいのだ。

 問題はボルトパイソンが少しも疲弊していないことだ。

 スタミナはもちろん、やる気も削がれたようには見えない。


「その前にこっちがへばっちまうよ」


 泣き言を言いながらも体だけは動かしている護衛の男。

 まだ心は折れていないようだ。


 が、しかし……

 ボルトパイソンは執拗に最後尾の馬車を狙い続けている。

 接近してくる時から馬車を目掛けてまっしぐらだったからな。

 あれでよく突進してこなかったなと思うくらいだ。

 執着はするが派手にぶちまけようとしないとなると奴の好物でも積んでいるのかもね。


 それでも護衛たちは既に何人か電撃を受けて行動不能になっている。

 仲間に抱えられて離脱できたので死んではいないのが不幸中の幸いか。


 電撃攻撃は瞬間的なものらしくタイミングをずらせば痺れることはない。

 が、前衛の面子が減ったことでボルトパイソンへの牽制が難しくなっていく。

 このままでは突破されるのも時間の問題だろう。


「向こうの作戦が崩壊するとはなぁ」


 こんな形でつまずくとは思っていなかったので、ついボヤいてしまう。


「悠長なことを言っている場合か」


 リーアンにたしなめられてしまった。


「感電以外でダメージを負っている奴はいないから大丈夫だろ」


「そうじゃないだろう。彼らが余裕を失いつつあると言ってるんだ」


「だったら、待ってないで助太刀すれば?」


 俺やケイトたちは口は出すけど手を出さないことにしたからな。

 リーアンもそれは理解したはずなんだが……


「ぐっ」


 返事の代わりに歯噛みしている。


「剣でも魔法でも下手に手を出すと連携を妨害しかねない」


 そして苦々しげに表情を歪めながら助太刀できない理由を語った。


読んでくれてありがとう。

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