83 猫は空気を読まない
「ロジャー、ヤバいかもしれん」
斥候らしい軽装の革鎧を着用した若者が小走りでオッサンの元に駆け寄ってきた。
「どうした?」
「ダリアが森の方を警戒しろと言ってる」
「なにぃっ!? こんな時にか」
報告を受けて相棒のオッサンは苦虫を噛み潰したような顔になった。
だが、すぐにギョッとした目で俺たちの方をチラ見する。
まさか気付いていたのかとでも言いたげだ。
まあ、実際に聞かれてもいないことを答えたりはしない。
そんなことでドヤってもね。
俺も16才に若返っちゃいるが、こんなロマンのないことで厨二病を発症したくはない。
「さあさあ、ニャーたちの出番がやってきたニャーッ!」
装甲車の側面にあるハッチから元気よくピョーンと飛び出してくるレイ。
それを追うようにケイトが──
「待ちなさいっってば!」
と言いながら着地前のレイの襟をムンズと掴んだ。
当然、飛び出した勢いに急ブレーキがかかって首が絞まってしまう訳で……
「ぐえっ」
という耳慣れない声がレイの喉から絞り出される。
「何するニャーッ!」
ケイトの手を振りほどいたレイが憤慨するのも道理というもの。
ただし、それ以前の行動に問題があるので自業自得ではある。
「頭痛くなってきたわ」
今の俺の顔はさぞかし苦々しいものになっていることだろう。
向こうさんの反応が一気にピリピリしたものになったしな。
「同感だ」
そう言ったリーアンは苛立ちよりも呆れと諦観の方が大きいみたいだ。
「どうにかならんのか、アレは」
「無理だ」
即答する。
「気まぐれな猫そのものなんだぞ」
ただ、いくら何でも傍若無人に振る舞いすぎである。
このまま放置する訳にもいかないのでお灸を据えることにした。
「レイ、お前の出番はないぞ」
ケイトに食って掛かっていたレイのケモ耳がピクッと反応したかと思うと……
「何でニャーッ!?」
シュバッと俺の方へ距離を詰めてきて文句を言ってきた。
「なっ!?」
俺の背後からオッサンの驚きの声が聞こえてきた。
レイの動きに反応できなかったんだな。
「当たり前だろ。前の大物狩りの時に1人だけで好き勝手やったじゃないか」
リケーネの民たちを脱出させた時のことを指摘してやるだけでいい。
「まさか、今回も自分だけおいしい目を見ようってんじゃないだろうな?」
さすがのレイも何でもかんでも自分の思い通りになるとは思わないはずだ。
純粋に猫として育ったのであれば、その限りではないがレイはケイトと一緒に育ったからね。
しかも怒ると超怖い爺ちゃんの躾付き。
ワガママ放題な行動がまかり通ったりしないのは魂に刻み込まれている。
「ぐぬぬ」
悔しがりながらも我慢しなければならないことは受け入れたようだ。
この調子だと何処かで暴走しかねないか。
「どうしてもって言うならタンク専門になるぞ」
またしてもレイの耳がピクッと反応した。
現金な奴である。
「はいはいはいっ! ニャーはやるニャーッ!」
右手を挙手してレイはやる気の程をアピールしてくる。
「タンク専門なんだから攻撃はできないんだぞ」
「え?」
アピールした後は踊り出すんじゃないかとさえ思えたレイの喜びっぷりは一転して凍り付いてしまっていた。
「何でニャ? どうしてニャ? 無体なのニャ~」
「当たり前だろ。何のために俺が不公平を解消しようとしてるのか少しは考えろよ」
「なんてこったいなんだぜニャーッ!」
「後先考えないから、そういう目にあうのよ」
「自業自得」
ケイトがツッコミを入れスィーが追い打ちを掛けるが、ショックが大きすぎてレイの耳に届かなかいらしい。
無反応で頭を抱え込んでいる。
この様子だとしばらく復活しないな。
そうこうしている間にも森の奥から敵が近づいてくるのだが、オッサンたちも慌ただしく動いていた。
こちらを警戒しつつだけどな。
最初は偵察を出そうとしていたが警告を出した弓使いに止められて騒然となっていた。
「そんなにヤバいのが来るのか」
現場をリーダーに任されたオッサンも顔色が悪い。
「ヤバかろうが何だろうが馬車が動かせないんだから逃げられないぞ」
発破をかけるオッサンだが護衛たちの反応は芳しくない。
士気が低いのは誰の目にも明らかだ。
そこへ──
「デビッド!」
リーダーが戻ってきた。
「迎撃する!」
リーダーの号令の元に隊商の護衛たちは人が変わったように動き始めた。
俺たちの時には出てこなかった盾持ちが敵が向かってくるであろう森の方へ向かって並び、その背後に前衛職の面子が集まっていく。
弓使いたちは更にその後方へと陣取った。
指揮する者が代わるだけで、こうも士気を高揚させることができるとはね。
ちなみに俺たちのことは気にする必要もないと言わんばかりに完全に無視している。
オッサンは何度もチラ見してくるけどな。
そんなの気にしてられないので、こっちはこっちで好きにやるだけ。
え? 連携しないのかって?
現状では不干渉がモアベターだろう。
そんな訳でこちらも迎撃準備だ。
俺と3人娘は前に出ず後衛に徹するのがいいだろう。
レイにはタンクを提案したけど、向こうにも盾持ちたちがいるし。
突破されるようなら支援するということで。
「リーアン、やってみるか?」
ここ最近は訓練ばかりで実戦から遠ざかっていたので良い機会だと思ったのだが。
ギョッとした目を向けられてしまった。
「俺1人で戦えと?」
何やら盛大に勘違いしてくれているようだ。
不安になるから、こういう状況で普段の天然を発揮しないでもらいたいものである。
「そんな訳ないに決まってるだろ。4人でって意味だ」
「ああ、そういうことか」
俺の言葉に安堵の吐息を漏らすリーアンであったが、すぐに表情を引き締めた。
「ユートたちはどうするんだ?」
「まあ、援護くらいはするさ」
積極的に前に出るのは避けた方がいいような気がするんだよな。
間近に部外者が大勢いることだし。
読んでくれてありがとう。




