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79 迷惑な茶飯事

 チートがあれば人生楽勝! だったらいいのになぁ。

 世の中、そんなに甘くない。

 生きていくのは日々戦争だと確信するほど日常的に闘争が繰り広げられているからだ。


「ちょっと、レイ! アンタ、私のジャーキー食べたでしょうっ」


 この日もケイトが爆発したことで戦争が始まろうとしていた。


「えー、あれって食べたくないから放置してたんじゃないのニャ~?」


 わざとらしくテヘペロしながら問い返すレイである。


「んな訳あるかぁっ!!」


 怒り心頭のケイトが絶叫し、今日もストラトスフィアの中を駆け巡る戦争が始まった。

 そう、こんなのは日常茶飯事なのだ。

 慣れっこなスィーは冷ややかな視線を向けただけでスルーしているし。

 宇宙での生活に馴染み始めたリケーネの民たちも騒ぎ立てることはない。

 それどころか「また始まった」と言わんばかりに苦笑する者がいる始末だ。


 些細なことでケンカする2人を情けないと嘆くべきかエルフたちが慣れたことを喜べばいいのか……

 まあ、ケイトには「食べ物はしょうもないことじゃありません!」と猛抗議されそうだけど。

 でもってレイが「そんなに大事なら共用の冷蔵庫に保管する方がおかしいニャ~」などとケイトをあおるんだよな。

 その先がどうなるかは考えたくもない。


「アイツら、性懲りもなく……」


 嘆息まじりの愚痴が漏れ出ようというものだ。


「退屈しているからでは?」


 そばにいたスィーがそんな風に言ってきた。


「退屈? 冗談だろう?」


 俺は呆れた眼差しでスィーの方を見ながら問い返した。

 リケーネの民たちが勉強することに意欲的なおかげで充実した日常を送っているのだ。


「変化に乏しい。刺激が少ない」


 即答されてしまった。

 そしてそれは否定しようのない事実である。


「外に連れ出せと?」


「犬には散歩が欠かせない。猫には自由が欠かせない」


 涼しい顔で哲学的な返答をされてしまった。

 フラストレーションを溜め込むほど本能丸出しではありませんよと言わんばかりだ。


「カラスには理性が欠かせない、か?」


「さあ?」


 そう言ってスィーは薄い笑みを浮かべた。


「何にせよ地上で発散させる必要があるのか」


 昨日もゴーレム相手に派手な模擬戦をしたばかりなんだが。

 代わり映えのない献立を続ければ、どんなに旨くても飽きてしまうって訳だ。


「単に魔物を狩るだけでは難しいのでは?」


 スィーの指摘はもっともだ。

 ゴーレム相手の模擬戦が魔物相手の実戦に置き換わるだけだからな。


「何か付加価値を付けるしかないか」


「例えば?」


「冒険者登録をして依頼を受けるとか」


 スィーの反応が芳しくない。

 単に目についた魔物を狩るのとどう違うのかと言いたげである。


「目標を設定し達成する格好になれば充実感も変わってくると思うんだよな」


 受ける依頼によって条件は異なってくる訳だし単純作業ではなくなるだろう。

 それにより緊張感が生まれることも考えれば良い刺激になりそうな予感がする。


「なるほど」


 たぶんケンカをしている2人も納得するんじゃなかろうか。


「お、地上に降りるのか?」


 俺たちの会話を聞きつけて割り込んできたのは角刈りくんことグーガーだった。

 投げ槍名人のリグロフもいる。

 模擬戦が終わって俺たちの前を通りがかったタイミングで話を耳にしたようだ。


「そういうことも検討しないと、うちのがストレスを溜め込んでいるからさ」


「あの2人か」


 リグロフがチラリと走り回るケイトとレイを見て嘆息した。


「スマンな、迷惑を掛ける」


 俺は頭を下げた。

 人の間を縫うように駆け抜けて驚かせるのは迷惑きわまりないもんな。


「いや、そうではなくてだな」


「ん?」


「自分の修行不足を痛感した」


「修行不足?」


 迷惑行為が修行と何の関係があるのだろうか。


「一見して見境なく走り回っているようで周囲への目配りは完璧だ」


「おお、言われてみればそうだ」


 リグロフの返答に同意するグーガー。


「あれだけのスピードで駆け回っているのに人や物にぶつからないのはさすがだよ」


「ああ、我々では早々に事故を起こしているはずだ」


「日々の修行を欠かさずに続けているというのに差が縮まる気がしない」


 嘆きの愚痴を漏らしているのにグーガーたちの表情は正反対としか思えなかった。

 瞳の輝きは挑戦者のそれだな。


「だったら訓練じゃなくて実戦で修行してみるか?」


「何っ、どういうことだ?」


 俺の誘いにグーガーが理解しかねると言わんばかりの顔で問い返してきた。


「一緒に地上に降りて街で冒険者登録してみないかってことだよ」


「おいおい、冗談はよしてくれよ」


 苦笑しながら肩をすくめるグーガー。


「冗談を言ったつもりはないんだがなぁ」


「俺たちじゃユートたちの足手まといにしかならんだろうに」


 実力差を気にするあまりってことか。


「別に気にしなくてもいいと思うんだが」


「俺たちが気にするんだよ」


 グーガーの言葉にリグロフも頷いている。

 この調子で誘い続けても無理強いになりかねないので、やり方を変えてみることにした。


「だったら別々に登録すればいい」


「どういうことだ?」


「組むパーティを別にするってことだ」


「む」


 そこまでは考えていなかったらしいグーガーが少し目を見開いた。


「依頼は同じものを受けてもいいし別でもいい」


 選択の自由もあることを提示すれば抵抗も薄まるだろう。


「なるほどな」


 そう言いながら頷いたのはリグロフであった。


「リーアンたちを誘ってみれば良い修行になりそうだ」


 その言葉に今度こそグーガーが目を丸くさせる。


「おいおい、里の皆をほったらかしにするつもりかよ」


 ストラトスフィアの守りが手薄になると思っているのか。


「空を飛ぶ魔物だってここには来られないんだが?」


「あ、そうだった」


 指摘されて失念していたことに気付いたグーガーが苦笑している。


「スタンピードの時の絶望的な光景を思い出して、そのことばかり考えてしまうんだよ」


 トラウマは簡単には消えてくれないって訳だ。


「そうでなくても、ここほど安全な場所はないぞ」


 リグロフはグーガーよりも回復しているみたいだな。


「え?」


「神様たちがいることを忘れていやしないか」


「あっ」


 今日のグーガーは失念してばかりだな。

 うっかりグーガーと呼んでやろう。


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