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73 リケーネの民、生まれて初めて……

 ケイトとレイの口ゲンカは一触即発の状態に達していた。

 もはやこれまでとスィーが2人の脳天にチョップを噛まそうとしたところで──


「「「「「うわぁっ!」」」」」


 子供の歓声が周囲に広がり3人娘がほぼ同時に止まった。

 何事かと一斉にそちらを見るあたりケンカで頭に血が上っていても仕事は忘れていない。


「まだまだ上に行くんだね!」


「森も山もどんどん小さくなるねー」


「何処まで行くのかなぁ?」


「きっと月までだよ」


「まっさかぁ~」


 惜しい、月には行かないけど宇宙空間には出るんだな。

 子供の想像力は侮りがたいものがあるね。


「ねーねー、あの青いのは何かなぁ?」


「えー、わかんなぁい」


「誰か知ってる~?」


 子供たちは大人の方を見たが、頭を振ったり目をそらしたりといった反応しか見られない。

 誰も知らないのは些か驚きだったが、よくよく考えれば代々に渡り内陸部で生きてきたんじゃ無理もないのか。

 デナイヒだけは穏やかな笑みをたたえたまま落ち着き払っていたので、もしかしたらというところだ。


「あの青い所は海というものだよ」


 俺が皆に聞こえるようスピーカーを通して答えると周囲がざわめき始めた。


「あれが海なのか」


「初めて見た」


「一生、縁がないと思っていたんだけどな」


「湖とは比べものにならないくらい大きいわね」


「大地より広いんじゃない?」


「噂以上の大きさだな」


 どうやら大人たちは話に聞いたことくらいはあるようだ。

 一方で──


「海ってなーに?」


「どうして青いの?」


「お空とは違うの?」


「もしかして、あれが全部お水なの?」


「まっさかぁ、北のお山より大きいよ」


「ねーねー、教えて-」


 知識のない子供たちが大人たちを質問攻めにしていた。

 だが、大人たちとて話に聞いたことがあるだけで実際に見たことはない。


「湖を何倍も大きくしたものだな」


「何倍ってどのくらい?」


「さ、さあ……」


「えー、わかんないのぉ?」


「そっ、そうだな」


 子供の質問に大人エルフはタジタジだ。


「だけど水は塩辛いそうだぞ」


「ホントー?」


「ウソだぁ」


「水が塩っぱいと、きっと魚も水の中にいられなくなっちゃうよ?」


「川にはいない魚が住んでいるんだってさ」


「えー、何それー」


「行商人が言ってたんだよ」


「「「「「知らなーい」」」」」


 自分たちが会ったこともない相手からの情報ということが引っかかったのか子供たちは一気に興味を失ったようだ。

 ところが、それまで黙して語らなかったデナイヒが子供たちの前にやってきた。


「海辺にはダークエルフが住んでいる所もあるそうだよ」


 爆弾情報じゃないですか。

 上手くすればリケーネの民を受け入れてもらえるかもしれない。


 ただ、ダークエルフってエルフと仲が悪いとかいう話もあるからなぁ。

 日本にいた頃にゲームとかで得た情報だけどさ。

 そういうのを真に受けるのはどうなのかと言われそうだけど、そういうこともあるという程度に考えれば無駄な情報ではない。


 この世界アルスアールだとどうなっているかな。

 少なくともリケーネの民たちの反応を見る限りでは拒否的なものは感じられない。

 こちらからお断りということはなさそうだ。

 後は相手の出方次第かな。


 まあ、ダークエルフの住んでいる所は発見もしていない現状では何もできないけれど。

 調査はメイド部隊に頼んでおいて追い追いクリアしていくとしよう。

 何にせよ大型揚陸艇をゆっくり上昇させたおかげで思わぬ収穫が得られたのは僥倖だ。


「どうなってるの!?」


 不意にエルフの動揺した声が聞こえてきた。

 徐々にどよめきが広がり動揺が広がっていく。


「わからんよ」


「地面が丸くなったとしか……」


「周りは夜のように暗い」


「闇の世界だなんて……」


 事前に予想した通りの反応だ。

 パニックこそ起きてはいないものの一歩手前の状態のような気がする。


「大袈裟って言ったのは誰でしたっけ?」


 ケイトが勝ち誇った顔でレイにマウントを取っている。


「ぐぬぬ」


 レイは悔しそうに歯噛みしている。

 いつものケンカに発展するパターンだが、それに構っている暇はない。

 そんなことよりエルフたちの動揺を鎮めなければ。


「スィー、そっちは任せた」


「了解」


 俺は大型モニターの画面を分割させて片方に自分を映し出させる。


「皆、聞いてくれ」


 皆の注目がモニターの中の俺に集まるのを待つ。

 ザワつきはさほど待つこともなく、じきに治まった。


「まず最初に言っておく。ここなら魔物に襲われる心配はない」


 特に反応は見られない。

 これだけで皆が安堵するなどと楽観はしていないさ。

 動揺や反発がなければ儲け物ってね。


「誰かが闇の世界と言ったが、この揚陸艇は地上と同じ環境だから心配は無用だ」


 エルフたちの意識を外から足下に引き戻す。


「ここは暗いか? 息が苦しいか? 寒いか? どれも違うだろう?」


 質問攻めにして考えさせる。


「それに俺たちも一緒だということを忘れてほしくないな」


 毒味をして飲食が安全にできることを証明する感覚に近いかもしれない。

 その甲斐あってか、ある程度の不安は拭えたように見受けられる。

 本能的な部分までは難しいようだが仕方あるまい。


「これから向かうのは、この揚陸艇よりずっと広い俺たちの拠点だ」


 周囲にざわめきが広がっていく。


「里に変わる場所が見つかるまでの仮住まいとして利用してくれ」


 不安の声が大半を占めている。

 食糧の確保とか薪や炭などの燃料をどう調達するのかとか。

 生活様式がまるで異なることを知らないから的外れな話になるのは無理からぬことだ。

 宇宙空間で生活する初めてのエルフだもんな。

 宇宙エルフってシュールというか似合わない気がする。

 それも慣れか。


「何か質問はあるか?」


 エルフたちは顔を見合わせるが、何かを聞いてくる様子は見られなかった。

 そうこうするうちにストラトスフィアが間近に迫ってきた。


「アレが俺たちの拠点ストラトスフィアだ」


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