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69 恐れと未練

「待つニャ! 戻せニャ! 途中だニャー!」


 木々の向こうからレイの叫びが聞こえてくる。


「レイのあともうちょっとが出たな」


「出ましたね」


「スィーなら大丈夫だろ」


「ですね」


 待つことしばし。

 スィーが縛り上げたレイをズルズルと引きずりながら帰ってきた。

 猿ぐつわを噛まされているために何も言えない状態であったが首をブンブン振りながらうなっている。


「予想通りだな」


「期待を裏切りませんよね」


 俺たちにしてみれば想定内だったのだがリケーネの民たちはそうではない。

 唖然とした様子でそれを見ていた。


「ただいま」


「おかえり」


 レイは不満げな表情でウーウーうなっているので帰還の挨拶ではないだろう。


「時間切れだ」


 そう言うと、ようやく静かになった。

 顔面に不服を残したままだけどね。


「制限時間内に仕留められなかった自分の未熟さを恥じるんだな」


 縛っていた縄と猿ぐつわを外しながら言うと、ようやく諦観の感じられる表情になった。


「シビアなのニャ~」


 ションボリ意気消沈である。


「リケーネの民が揚陸艇に乗り込むまでの護衛でもやってみるか」


「いらないニャ」


 ショボーン状態のままレイは短い返事で断ってきた。

 さすがは元三毛猫。

 白けてしまうと一気に興味とやる気を失ってしまうな。

 だからといって放置すると何をしでかすかわからんのが怖いところだ。

 やる気を失うのも興味を持つのも急だからね。


「スィー、レイが妙なことをしでかさないように見張ってくれ」


「了解」


 酷いことを言われている当人は不貞腐れたままだが反発することはないようだ。

 これで一安心。

 後はエルフたちが揚陸艇に乗り込むまで俺たちで護衛すればいい。

 問題は尻込みしている者が多いせいでエルフたちの搭乗が遅々として進まないことか。

 いくら先に人数を分けて整列していても誰も乗り込まないんじゃ意味がない。


 まあ、仕方ないさ。

 空から飛んで来たデカい箱に乗り込めと言われて「はい」と応じられる者がいるのかって話だ。

 俺たちが決死隊を乗せてきた揚陸艇を見ているとはいえ、あれとはサイズがまるで違うからなぁ。

 得体の知れない巨大な物体が空を飛ぶなど彼らにとっては奇想天外、摩訶不思議。

 常に墜落の2文字が脳裏にあり続けるだろう。


 少なくとも全幅の信頼を置いて身を任せようとはなるまい。

 仲良くなれたとはいえリケーネの民たちとは真に身内と言えるほどの間柄ではないからね。


「さぁて、どうしたものやら」


 ここで俺たちが尻を叩くような真似をしても逆効果だ。

 まだまだ薄い信頼関係が簡単に消え去ってしまうのは明白。

 俺たちにできることは辛抱強く見守るだけである。


 レイはやる気を失ってスィーがお守りをしている上にケイトもリーアンのフォローだ。

 つまり現状で戦力になるのはVMAと俺のみ。

 千客万来な状態になると忙しさのあまり苛立ちが募りそうではある。

 単に殲滅するのであれば難しくはないが非戦闘員のエルフたちが大勢いるからなぁ。

 彼らを怯えさせずに次々と襲いかかってくる魔物を撃退するのは難しい注文だ。


 あれこれと難問が突き付けられていることでネガティブな気を発していたらしい。

 こちらをチラ見していたリーアンが思い詰めた表情で俺たちの方へと向かって来た。


「すまない、ユート」


 来るなり頭を下げる。


「何がかな?」


「うちの者がもたもたしていることだ」


「いや、気にすることはない」


 俺だって密かにパワーレベリングで避難を遅延させていた訳だし。


「しかしな……」


「あれだけ大きなものが来るとは思っていなかっただろう?」


 何機ものMAを整備するスペースを確保した上で搭載できる代物だからな。

 リケーネの民たちにしてみれば驚き以上に恐れる気持ちが上回ったことだろう。


「それはそうなんだが」


 リーアンは罪悪感を感じているのか歯切れの悪い返事をした。

 本来ならそれは俺が感じるべきものだと思うんだが。

 パワーレベリングは客観的に見れば引っ張りすぎたのだろうし。

 このまま話を続けても平行線をたどるだけになるのは目に見えている。

 ならば、ここで言い合うより別の方法で何とかすべきだと思う。


「よし!」


 俺は意を決するとエルフたちの元へと歩み寄っていった。


「どうするつもりだ?」


 リーアンが慌てて付いて来る。


「とりあえず皆に話をしないと先に進まないと思うんだよな」


 何を話せばいいのかなんて白紙状態で思いつきもしていないんだけど。

 色々と考えている間に気まずそうな空気を漂わせたエルフたちの前まで来た。

 視線は集中するものの非難めいたものは感じられない。

 きっと揚陸艇に乗り込まなきゃならないとプレッシャーを感じているのだろう。


「すまない」


 俺は頭を下げた。


「他に方法があれば良かったんだが、安全な場所へ移動する手段がこれしかないんだ」


 返事がないどころか反応が薄い。

 理解はしているが怖いものは怖いから返事のしようがなくて困っているというところか。

 それと、あとひとつ。


「生まれ育った場所を離れるのが身を切られるよりつらい者も大勢いることだろう」


 返事はないが何人かは、それとおぼしき反応があった。

 微かに小首をかしげるような者もいたが全体から見れば少数だ。

 やはり馴染みのあるものから遠ざかるのは、やるせない気持ちを抱かせてしまうのだ。


「それは他人である俺がどう言ったところで本当の意味で理解し共感することはできないと思う」


 リケーネの民はここしか知らない。

 日々のすべてがここで始まりここで終わる唯一無二の場所だ。

 言わば魂の寄る辺。

 そんな場所を離れ二度と戻って来られないなど、如何ほどの懊悩がもたらされるのか。

 同様の経験を持たぬ俺には決してたどり着けはしないだろう。


 俺は次の言葉が導き出せず沈黙してしまう。

 沈黙は金と言うが、今ここで求められているのは雄弁たる銀の方だ。

 もっとも銀になり得るのはエルフたちの心を揺さぶる選ばれた言葉のみ。

 そして、そこに込められる思いが軽ければ幻と消えてしまうだろう。


 何もないままに、しばしの時が流れる。

 互いに気まずさを感じる重苦しい空気が漂っていた。

 そこにスッと割って入るように前に出てくる人影。

 デナイヒだ。


「一度は覚悟を決めたじゃないか」


 ポンと放り込むように言葉を紡ぎ出す。


「どんなに未練があろうと、ここはもう人の住める場所じゃないんだよ」


 同胞に向けた静かな言葉は正解だと分かっていても俺には語れなかった。

 エルフたちの心に響かせるどころか鋭利な刃物のように切り裂いたであろうから。

 それが言えるのは長であるデナイヒだけだと思う。


 やっぱ婆ちゃんには敵わないよな。


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