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60 鉄の巨人はメイドがお好き?

 大型のボアウォリアー──マッシブボアウォリアー──が開けた場所に出た。

 奴はそこで立ち止まると手にした岩の斧を振るう。

 感触を確かめるような感じの何気ないスイングである。

 にもかかわらず突風を思わせるような轟という風切り音がした。


 それだけで俺たちの背後から短い悲鳴のような息をのむ声がいくつも聞こえてきた。

 魔物の目論見はそこにあったのだろう。

 恐怖すれば体が硬くなり逃亡はより困難になるからな。

 いきなり襲いかかるよりも効率的に獲物を得られる手段であると言える。


 威嚇行動をしたイノシシ頭はゆったりした動作でエルフたちをじっくり見定めていった。

 イノシシそのままの面構えから感情は読み取れないが、相手を追い詰めようとしているのは明らかだ。


「尋常じゃないですね」


 などとケイトは言うが、ビビっているようには見えない。


「あの巨体が持つ武器だからな」


「それに殺意が乗っているという感じがします」


「ん?」


「スタンピードの時はただただ狂乱しているだけでしたから」


「あー、こっちの方が狙われてるって感じはするな」


「やはり自然発生した魔物は違いますね」


「暖気すぎ」


 スィーがそう言いながら目線で背後を気にするようなそぶりを見せた。

 戦闘要員ではないエルフたちが明らかに怯えているからだろう。


「そうは言ってもVMAに任せて見学すると決めてるしなぁ」


 俺の言葉にスィーがジト目を浴びせてくる。


「それに俺たちがアタフタすれば余計に後ろが動揺すると思うんだが?」


「アレが突進してきた場合の備えが不充分」


 なかなか手強い。

 というよりは目先のことに惑わされず慎重になっていると言うべきか。

 スィーなりにエルフたちのことを心配しているのだろう。


 VMAのオートパイロットじゃ単純に迎撃するだけだからな。

 事前の命令なしに突進攻撃を受けた場合はたたらを踏むはずである。

 その場合はエルフたちに被害が出るのは言うまでもない。

 ただし、それはオートパイロットにしていればの話だ。


「メイドロイドを乗り込ませているから問題ない」


 意表を突かれたと言わんばかりに目を丸くさせるスィー。

 いつもクールな彼女にしては珍しい反応だ。


「アイツらならマニピュレートアーマーより高度なAIを搭載しているだろ」


「忖度して行動できますからね」


 エヘンと自慢げに言葉を上乗せしてくるケイト。

 こんなこともあろうかと思ってなんて言い出しそうな雰囲気である。

 こうまで鼻高々なのはメイド型アンドロイドを独自の判断で手配したからだろう。

 俺はVMAを降下させて対応するよう指示しただけだ。


 その判断がここに来て功を奏したと思って誇らしげにするのは無理からぬこと。

 しかしながら、スィーはその考えに異を唱えるかのように冷ややかな視線を向けている。


「メイドロイドに経験値を持っていかれても良いと?」


 そして冷静なツッコミを入れてきた。

 確かにマッシブボアウォリアーをVMAが倒せば経験値を得るのはメイドロイドになってしまうだろう。

 大型の魔物ともなれば通常サイズの魔物より獲得経験値は多い訳で。

 単純に呼び出しただけなら召喚扱いとなるため、VMAが魔物を倒しても経験値は俺たちの方へ流れてくるはずだったんだけどな。


「あっ!?」


 今頃になって良かれと思ったことが失点になりかねないことに気付いたケイトが短く声を上げた。

 どうしようと言わんばかりに俺の方を恐る恐る見てくる。


「どうした?」


「えっ、あの……怒ってらっしゃらないのですか」


「別に怒るほどのことじゃないだろう」


 その返事が意外だったのか、ケイトは呆気にとられている。


「メイドロイドがレベルアップするなら俺たちにとって有益だからな」


 CWOじゃアンドロイドはNPC扱いだからパワーアップさせるのも限度があった。

 けれど、こっちの世界じゃレベルアップすることができる。

 問題があるとすれば、アンドロイドたちも龍の素材でできていることか。

 俺たちのように魂と融合した訳じゃないけどランクが高いことに変わりはない。

 つまり、レベルアップしづらいって訳だな。

 故に今回のような経験値を大量にゲットできる機会はむしろ好都合というもの。


「それはそうかもしれませんが……」


 俺たちが悠長に話している間に戦いは始まっていた。

 イノシシ頭からすると狩りをしているつもりかもしれないが。

 非戦闘員のエルフは大半が凍り付いたようになってしまっていたからね。

 さぞかし追い詰め甲斐があったんだろうな。



 一方で決死隊の面々は表情を硬くさせながらも闘志は萎えていなかった。

 それが気に入らないのかマッシブボアウォリアーは──


「ブゴオォッ!」


 と不満げに鼻を鳴らす。

 そして体を押し縮めるようにしゃがみ込み突進するための予備動作をした。

 そんなことをしても結果は変わらないんだけどな。

 何故か奴の眼中には入っていないらしいVMAが立ち塞がるんだから。


 VMAは奴が予備動作をしている間に俺たちの前に出てきて前傾姿勢で構えて準備完了。

 左腕を胸元で構えるようにしているのでシールドで受け止めるつもりらしい。

 シールドと言っても物理的な質量を持った盾じゃなくて重力制御装置を用いた見えない盾だ。

 搭乗しているメイドロイドは真っ向勝負で敵を退けリケーネの民たちを安心させようという腹づもりらしい。


 こういうのはVMAのオートパイロットでは事細かに指示しておかないと難しい。

 細かな指示がなくても忖度してくれるメイドロイドを搭乗させて正解だった。

 経験値の問題は単独行動しているレイが稼いでくれるし気にすることはない。

 だからこそメイドロイドを搭乗させることを知りながらも口出ししなかったのだ。

 そのことをケイトに話せば後でレイと揉めることもないだろう。


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