56 里は飲み込まれた
抽象絵画のライブパフォーマンスが終わった。
終わるまでの時間はそこそこだったにもかかわらずリケーネの民たちは大混乱に陥ったがね。
無理もない。
誰も経験したことがないであろう不気味な光景がいきなり始まったのだから。
不安と恐怖は如何ばかりであっただろうか。
終わってみれば元通り。
抽象絵画的塗り絵の状態から脱したことでエルフたちも少し落ち着きを取り戻していた。
ただし、何もかもが元通りではない。
見渡す限り影に包まれた暗色の世界と化している。
特に遮るものがあるようには見えないが日の光が届きにくいようだ。
瘴気が濃いままのせいか周囲の風景はおどろおどろしい空気に包まれ、死の世界を想起させられるほど陰鬱な雰囲気が漂っていた。
たとえ魔物がポップしなくても、こんな場所で住むのは無理だな。
「さて、諸君」
3人娘の方を見るだけで頷きが返ってくる。
「出番だ」
俺の言葉を聞くや否や3人はシュバッと消えるようにいなくなっていた。
まるでフィクションの忍者だな。
「何を……?」
困惑顔でリーファンが聞いてきたけれど俺は答えなかった。
パニックを起こした子供たちが里の外に逃げ出したなど言える訳がない。
聞けばリーファンは闇雲に飛び出していくだろう。
ゴーストが囁いているなんて言ってしまうと厨二病っぽいけれど確信がある。
親たちが気付くのは時間の問題だからな。
そうなれば別の意味でパニック再びだ。
気配を把握していた子供たちの位置は把握している。
里から出た時点で子供たちにはドローンを付けていた。
後は追いかけて捕まえるのみ。
その際に魔法で眠らせてしまうのは許容してもらいたいところだ。
「子供がっ」
「何処にもいないわ」
「うちの子も!」
案の定というか、じきに母親たちが騒ぎ始めてしまった。
周辺一帯がダンジョン化したとは知らなくても尋常ならざる事態であることは火を見るより明らかだしな。
「大変だわ!」
騒ぎを聞きつけたリーファンも泡を食っている。
「問題ない」
「えっ!?」
「そのためにケイトたちを送り出した」
「ええっ!?」
「そろそろ帰ってくるだろう」
「うそっ!?」
リーファンの驚き3連発に笑ってしまいそうになったものの不謹慎なので我慢する。
さほど待たずして里で歓声が沸き上がった。
「これは!?」
「ケイトたちが子供たちを連れ帰ったんだよ」
「もう、ですか?」
驚きをあらわにしながらも歓声が聞こえる方へ目を向けるリーファン。
程なくして表情を緩めホッと安堵した。
目で見てというより精霊に教えてもらった感じに見える。
「ユート!」
そこへリーアンが駆け込んできた。
忙しないものだと思ったが、こういう状況では仕方ないのかもな。
目の前に来るなりガバッと頭を下げられる。
「すまない、助かった」
「ケイトたちに礼を言ってくれたんだろ?」
「あ、ああっ、もちろんだ」
「なら、いい」
実際に連れ帰ったのは俺じゃないんだからな。
「そういう訳にはいかないだろう」
律儀な男である。
好ましくは思うのだが、そういうやりとりをしていられるような状況でもない。
「それよりも戦えない者たちを集めて守れるようにしておけよ、リーアン」
「どういうことだ?」
リーアンの表情に困惑の色はない。
むしろ警戒感の高さがうかがえる渋い顔をしていた。
「この辺り一帯がフィールドダンジョンになったそうよ、兄さん」
「なんだって!?」
リーファンの言葉にリーアンは一瞬で驚愕の表情を見せ大声を出してしまう。
近くにいたエルフたちが何事かと俺たちの方を見てくる。
「スタンピードの魔物たちの目的はここだったんだよ」
「なんてことだ……」
俺の言葉に愕然とするリーアンが固まってしまった。
「おいおい、ボケてる暇はないぞ」
リーアンもハッと我に返る。
「魔物の襲撃があるんだな」
「そういうことだ」
ポップする場所しだいでは今すぐにでもといったところか。
「皆を避難させないと」
「避難って何処に?」
リーアンの言葉にツッコミを入れるリーファン。
反射的に何か言いかけたリーアンだったが、すぐに苦虫をかみつぶしたような顔になった。
そして俺の方を見る。
「言っとくが歩いて脱出など考えない方がいい」
先に釘を刺しておく。
大方、ダンジョンの広さとか逃げる方向を知りたかったのだとは思うが。
「ここに留まるよりはマシなはずだ」
険しい表情で反論してくる。
どうして人を頼ろうとしないのかねえ。
「脱出のことは俺たちに任せろ」
「しかし!」
「戦えない者たちを大勢引き連れて広大なダンジョンを突っ切るとか無謀の極みだぞ」
「ぐっ」
「何とかするから守りに徹して時間を稼いでくれないか」
エルフたち全員を運ぶとなれば俺たちが乗ってきた揚陸艇では何回も行き来しなければならないだろう。
それならば一度に運ぶ手段を用意する方がずっと早い。
「何から何まですまない」
リーアンは重苦しい表情で頭を下げた。
「困った時はお互い様だよ」
異世界に来て初の知り合いだ。
向こうがどう思っているかはともかく同じ釜の飯を食った仲だ。
飯というか豚汁だけど。
できれば今後も友好的な関係でいられたらとも思う。
そんな訳で見捨てるような真似は絶対にできない。
過保護に何から何までやってしまうのは今後の関係性を考慮すると避けるべきだとは思うが。
だから里の者たちを守れるようにしろと言ったのだ。
俺たちも戦いはするつもりだが、ヤバそうなのを間引く程度にしておくつもりである。
「急げよ、リーアン」
ダンジョン化が終了した以上は魔物どもがポップするのは時間の問題だからな。
魔物がポップして襲ってくるのが先か、リーアンたちの防衛体制が整うのが先か。
グズグズしていればどうなるかは考えるまでもない。
「わかった」
迷いなく答えたリーアンは力強く頷き、そして駆け出した。
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