53 嫌な予感はすれど正体はつかめず
この様子ではスタンピードの魔物は残っていないと思う。
であるなら他の要因を考えた方が良さそうだ。
念のためドローンでの監視は続行しておけば万が一の場合でも泡を食わずに済むだろう。
果たして俺の勘が告げるものは何なのか。
まさか別のスタンピードが発生する?
立て続けにそんなことが起きるなど、スタンピードの生き残りが残っているよりも悪夢である。
常識的に考えれば発生確率がシビアすぎて誰もがあり得ない。
そもそもスタンピード自体がそうそう起こりうるものではないのだ。
でなければ、この世界アルスアールはとっくに魔物が支配する星となっているはず。
しかしながら現実というものは時として常識では考えられないような偶然をもたらしてくれるから厄介なんだよな。
現に俺が異世界転生したのも常識ではあり得ない。
もしも俺が日本に戻ってそんな話を誰かにしようものなら頭のおかしい人扱いされるのがオチだ。
ネットの掲示板でならノリで付き合ってくれることもあるかもしれないが、大抵の場合は「妄想乙」で終わる。
だが、俺は生まれ変わったも同然の状態で異世界にいる。
そのせいか、立て続けにスタンピードが発生するという偶然が無いとは言えない。
何故かスタンピードの生き残りよりは答えに近いように思えるのだ。
「おい、何かあったのか?」
長々と考え込んでしまったせいでリーアンが怪訝な顔を見せながら俺に問いかけてきた。
「ん? ああ、スマン」
何も無いとは言えないが、嫌な予感がすると言うのも気が引ける。
迂闊なことを言って彼らの信頼を失いたくはないが、言わなかったがために同じ結果を招く恐れもある。
確証を得るか何らかの変化があるまでは不安を煽るような真似は避けるのが無難か。
「少しばかり反省をしていた」
「反省だって?」
「人前でやらかしすぎたことで色々と痛感させられたからな」
考えていたこととは無関係だと言い切れない。
終わらせたつもりでいると詰めが甘くて痛い目にあう恐れがある。
すなわち嫌な予感の的中だ。
「あー……」
リーアンが苦笑のような申し訳なさそうな微妙な表情を見せた。
「その、何というか……」
何か言いかけて言葉に詰まるリーアンは言葉を探しあぐねているようだ。
「あまり気に病むのもどうかと思うぞ」
リーアンの選んだ言葉に苦笑しそうになってしまった。
凄く気を遣われているよな。
「そんな風に見えたか」
よほど深刻な顔をしていたに違いない。
単に嫌な予感がするというだけで状況が著しく切迫したりはしていないはずなんだが。
……してないよな?
今の俺には何とも言えない。
「いや、気を悪くしたのなら済まない」
特にプレッシャーを掛けたつもりはなかったのだが慌てた様子を見せるリーアン。
いずれにせよ気を遣ってくれたのは素直に嬉しいと思う。
「そんなことはないさ」
内心では少し焦っていたが軽い感じで否定すると、リーアンは小さく安堵の溜め息を漏らしていた。
もしかすると北壁山の山頂での一件が尾を引いているのかもしれない。
俺としては、できる限り早く慣れてほしいと願うばかりだ。
今も対応を間違えていたら土下座されていたかもしれないと思うと心臓によろしくないのでね。
山頂での時のことを思えば既に慣れつつあるとは思う。
こういう状況に陥らないためにも、次に出会う相手にはドン引きされない慎重な行動を心がけたい。
とはいえ、いま考えるべきは嫌な予感の正体の方だ。
煮詰まっているせいでリーアンに心配されたけど。
……このまま考え続けても堂々巡りになりそう。
仕方がない。
周辺の警戒を怠らないようにして、とりあえずは保留にするか。
その後は食事をしながらリーアンを初めとした里の皆と雑談に興じた。
リケーネの民からの話題の半分はポーションがらみの勇者ネタだったりして些かゲンナリさせられる部分もあったがね。
「だから勇者呼ばわりは勘弁してくれよ」
「あれを飲み干して平然としているからだ」
「そんなことより普段はどんな生活をしているんだ?」
「どうしてそんなことを聞く」
「布地以外にも何か特産品になりそうなものがあればと思ってな」
「他にすることと言えば採取とか狩りくらいのものだ」
そういうのに使う道具は作ったり修繕したりしているはず。
手にしたお椀を見る。
メニューは豚汁なんだが、今は中身よりも器の方が気になっていた。
これらも彼らが作った品であろう。
「こういう器も作っているじゃないか」
「そうだが……」
リーアンは困惑の表情を見せた。
リケーネの里では当たり前のことだからだろう。
「木工の技術レベルもかなりのものだぞ」
「まさか!?」
「限られた道具でここまで仕上げている上に均質じゃないか」
部位によって厚みが違うため熱々の豚汁を入れた直後の器を手にしても火傷をするような熱を感じなかった。
汁を飲むために口を付けても飲みづらさを一切感じない。
使う相手への配慮も忘れていないのは職人としての矜持があるのだろう。
しかも機械で製造したのかというくらい均等な代物である。
これだけのことができるなら、よその街でも高級品として扱われるはずだ。
セットものにすれば価値は跳ね上がるはず。
そして和やかなムードのまま朝食が終わる。
その後は決死隊の面々が子供たちに話をせがまれていた。
スタンピードの様子やどんな風に戦ったのかなど、それはもう興味津々だ。
そういう興奮を去なすように決死隊の面々はある程度ぼかして話を始めた。
周囲の大人たちも耳をそばだてていたのは無理からぬことか。
「ねえねえ、そんなにたくさんの魔物どこから来たの?」
子供は話の途中だろうがお構いなしで問いかけてくる。
「さあ、何処だろうなぁ」
聞かれたエルフは困り顔をしながらも、どうにか応じていた。
「じゃあ、何処へ行くつもりだったのかなぁ?」
それはもう魔物に聞いてくれと言いたくなる質問である。
思わず苦笑しそうになったが、次の瞬間──
「あっ」
俺の脳裏に閃くものがあった。
子供の疑問が俺に気づきを与えてくれるとは夢にも思わなかったよ。
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