表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/130

48 商売はじめました?

 渋みを醸し出していたデナイヒの表情が不意にゆるんだ。

 憑き物が一気に剥がれ落ちたように柔らかい笑みを浮かべている。


「そこまで言っていただけるとは思ってもいませんでしたよ」


 そう言ってホホホと笑った。


「俺たちは普通に見て判断しただけだから」


「そうニャ」


「そうです」


「当然」


「だからこそですよ」


 デナイヒは笑みをたたえたまま小さく頭を振りながら言った。


「あなた方の仰ったことを聞けば作った者も喜ぶでしょう」


 だと良いな。

 リケーネの里に来るという行商人にボロクソに言われていたみたいだから。

 職人が自信や意欲を失っていたら勿体ない。


「まあ、とにかく行商人の言ったことは気にしないことだよ」


「そうニャよ。どうせ安く買いたたくために無いことばかり言ったに決まってるニャ」


「決めつけは良くないと言いたいところですが、私もレイと同意見ですね」


 レイやケイトが即座に追随してきた。


「次は門前払いが相応しい」


 スィーの提案を実行すれば行商人は赤字が確定するだろう。

 近隣に集落などはないようだし補填は難しそうだ。

 何よりカモだと思っていた相手に正反対の対応をされてはメンタル面でのダメージも小さくないはず。


「最近は来ていませんよ」


「そうなんだ」


「つい50年くらい前ですかねえ」


「「「「あー……」」」」


 エルフの時間感覚を舐めていた。

 この世界アルスアールではエルフの寿命って人の10倍はあるんだっけ。

 つまり彼らにとっては5年前の感覚に等しいものと思われる訳だ。

 日本人だった頃の感覚でいると齟齬が生じるだろう。


 俺たちも気をつけないとな。

 いずれエルフたちのような時間感覚になりかねない恐れがある体だからね。


「ちなみに、その行商人はエルフじゃないですよね?」


 念のために聞いてみた。

 行商人がエルフだったら再び来ることも無いとは言えないからだ。


「人でしたよ」


 誰かに引き継いだとしても50年のブランクは長すぎる。

 もう、誰も来るまい。


「それは行商人を続けていると考えるのは難しいでしょうね」


 ケイトは露骨には言わないものの……


「もう死んでいるニャ」


 レイはなかなかに辛辣だ。


「盗賊の被害を受けている恐れもある」


 スィーの言うことも充分に考えられる。


「そうかもしれませんねえ。こんな辺鄙な所に何度も訪れるくらい熱心な方でしたから」


 きっとエルフたちのことをカモにしていたんだろう。

 そして自分がカモにされてしまったと。

 本当に盗賊に殺されたのだとしたら命を代価に付けを払わされたようなものだが憐れみは感じない。

 自業自得である。


「それよりも俺たちのために布を織ってくれるかな?」


 元はエルフたちに足りないものを提供するために話をしていたのだからな。


「ありがたいことですが、すぐに用意できるものでもありませんよ」


 それはそうだ。

 布を織るのは時間がかかるのだから。

 しかも機織りを作り直すところから始めなければいけない訳だし住居も再建しなきゃいけない。

 いずれも物資が必要になる。


「とりあえず今すぐ必要になるような優先度の高いものを教えてくれるかな」


 真っ先に思い浮かぶのは食料とか薬の類いだろう。

 里を引き払おうとしていた以上、ある程度は用意していたと思う。

 が、道中での補充を前提にして持ち運びできる量に制限されていたはずだ。

 綱渡りだよなぁ。


「支払いは付けで構わないし利息も不要だから」


「そういう訳にはいかないでしょう」


「どうしてだい?」


 俺が真顔で切り返すと、デナイヒは困ったような表情を浮かべた。


「普通はそういうものではないですよね」


「ん? どういうことかな?」


「いくら私らが田舎者でも物の売り買いはしたことがありますよ」


 行商人が来ていたというし、それは理解できるのだが。


「利息のない付けなど信用がなければ無理でしょう」


「生憎と俺は商人じゃない」


 厳密に言えばCWOで戦う商人だったから完全否定は引っかかりを覚えるのだけど。

 ただ、ここでその話をするとややこしいことになるのでスルーだ。


「確かに商人ではないですねえ」


 デナイヒは俺に困ったような視線を向けながら力なく苦笑する。


「通りすがりの物々交換がしたい、ただの人だ」


 俺がそう言うと、デナイヒは目と口をまん丸にして固まってしまった。

 まあ、すぐ我に返ったけど。


「わかりました。布地をお売りしましょう」


「ありがとう。助かるよ」


 俺が礼を言うと、デナイヒは一瞬キョトンとした顔をしてから再び苦笑した。


「ユートさんは変わったお人ですねえ」


 何か変に思われるようなことをしただろうか?


「助けてもらうのは私どもの方です。なのにユートさんがお礼を言うなんて変ですよ」


「欲しいものを受け取れるんだから礼を言うのは当然だろう?」


 俺の問いかけにデナイヒは喉を鳴らして笑った。


「それもそうですねえ」


 その後、物々交換の条件などの細かな話はほとんどがスムーズに進んだ。

 例外は律儀で頑固なデナイヒが返済期限を設けるべきだと主張したことだけかな。

 なかなか折り合いがつかずに却下するのが骨だったさ。


 義理堅いことが悪いとは言わない。

 むしろ好ましいと思う。

 が、この状況下で不利な条件をあえて付け加えようとするのはどうだろうか。

 最悪と言っていい現状が底であるとは限らない。

 想定外の出来事なんてものは常に起こりうるのだから。


 だというのにデナイヒの婆さんはなかなか首を縦には振らなかった。

 それどころか話を聞いていた里の者たちまで婆さんの言葉に頷いていたけどな。

 リケーネの民というのは律儀で頑固な者たちが多いようだ。

 あるいはエルフ全体の気質なのか?

 よそでエルフと関わる時は注意しないといけないな。


読んでくれてありがとう。

評価とブックマークもお願いします

★は多いほど嬉しいですw

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

下記リンクをクリック(投票)していただけると嬉しいです。

(投票は1人1日1回まで有効)

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ