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40 節約してます

 氷の壁から白煙が一気に立ち上った。

 せき止められていた物が一気に加熱されたのかと思ったが、ケイトが魔力を大量に消費した様子はない。

 事前に準備していたと言っていたし、氷との接触面を空間魔法で断熱していたのだろう。


 それから程なくして氷の壁は完全に溶けて消え去った。

 ただ、灼熱状態となったはずの泥はせき止められたままである。

 理力魔法でブロックしているようだ。

 氷が溶けきる前に土砂が漏れ出したのでは威力が激減するしな。

 もちろん氷の壁が完全に無くなったのであれば何時までもせき止めておく必要はない訳で……


「行きます!」


 その掛け声を合図に煮えたぎった土石流が解き放たれた。

 同時に千度に達しようかという高温のガスも発生させている。

 強力な熱耐性のある魔物ならばともかく、荼毘に付す時の炎よりも高温のガスは浴び続ければ骨すら残るまい。


 お陰で素材の回収は諦めるしかなさそうだ。

 が、目的を見誤って本末転倒なことになることは決死隊やその関係者に迷惑を掛けることになりかねない。

 二兎を追う者は一兎をも得ずと言うし、今は殲滅を優先だ。


 で、その結果が──


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォッ!!


 雷鳴を思わせるような地響きの轟音と足下から伝わる振動。

 大質量の土石流が引き起こしたものであるのは言うまでもない。


「迫力あるニャー!」


 レイなどは大興奮でピョンピョン跳びはねて喜んでいる。


「まるで大津波ニャ!」


 言い得て妙ではあるか。

 押し寄せつつあった魔物どもは一気に押し流されていったからな。


 ただし、目視で確認できたのは最初だけだった。

 土石流を補完するために放った火砕流もどきのガスが広範囲にわたって煙幕のようになってしまったからだ。


「あっという間に何がなんだかなのニャ」


「魔物の気配」


 隣で静かに見物していたスィーがボソッと呟く。


「OH! そうだったニャ」


 そんな訳で魔物どもの位置などは気配で確認したんだけど。

 あれだけの大群が為す術もなく蹂躙されていく様はすさまじいの一言に尽きた。


「ウニャ~、これは凄いのニャ~」


 再びレイのテンションが上がっていく。


「スタンピードの大停電ニャよ」


「なんだ、そりゃ」


 何処かのずんぐりしたグルメレポーターを思わせるレイの発言に思わずツッコミを入れてしまったさ。

 言いたいこと自体はなんとなく分からんでもなかったが。

 一気に気配が消えていく様をたとえて言ったつもりなんだろう。


 その意をくみ取って考えないと意味不明になってしまうけどね。

 地響きが止まりガスがずっと遠くの平野部まで行き渡ったあたりでケイトが再び魔法を使った。

 一天にわかに掻き曇りゴロゴロと遠雷が聞こえてくる。

 雷鳴の後は雨が降り始め瞬く間に土砂降りとなった。


 ただし、俺たちのいる山頂には一滴の雨粒さえ落ちてはこなかったが。

 ケイトが制御しているのだから当然と言えば当然ではあるか。


「湯水のように魔力を使うなぁ」


 思わず苦笑が漏れた。

 だが、そうやって雨を降らせないといけない理由もある。

 麓の方では森林火災になり始めていたために拡大する前に消火する必要があった。

 熱が残ったままだと燃えていない場所でも発火する恐れがあるしな。


「節約するところはしているんですよ」


「そうなのか?」


「揚陸艇で降下した際に試した魔法があるじゃないですか」


「ああ、そういや断熱圧縮で生じた熱をシャドウストレージで格納したな」


 思い当たる節と言えばそれしかない。


「ええ、せっかくだから再利用させてもらいました」


 あれを土石流の加熱に利用したようだ。

 そんな風に話している間も豪雨が地面とガスの熱を冷ましていく。


「この雷雨も熱の利用で積乱雲を作りやすくした結果だな」


「はい」


 ちょっとドヤ顔になったケイトが楽しげに頷いた。


「せっかく高い山があるんですから」


 そんな場所で加熱により暖かく湿った空気が生じた訳だしな。

 これを利用しない手はないって訳だ。

 魔力も大幅に節約できたことだろう。


 話を聞いていたスィーが小さく頷いているのは感心しているからか。

 レイはそんなの関係ないとばかりに麓の方を目をこらして見ているが。


「どうやら冷えてきたみたいニャ」


 ケイトがそこまで計算した上で魔法を使った結果だと思われる。

 土石流の加熱を程々にして溶岩化させなかったり、降りしきる豪雨を冷却して周辺温度の低下を促進させたりした訳だ。


「やるなぁ」


「ありがとうございます」


 ケイトの尻尾がブンブンと振られている。

 ちょっと褒めただけなのに喜びようがハンパない。


「それはいいとして、どうしてあれこれと物資をゲットしてるんだニャ?」


 頭の中でそういうアナウンスが流れたのは俺だけではなかったようだ。

 スタンピードの魔物が全滅したと思われるタイミングで聞こえてきた時には何事かと思ったさ。

 まあ、気が触れたと思われるのが嫌だったのでスルーしていたんだけどね。

 とはいうもののレイの言葉で現実逃避から引き戻されてしまった訳だが。


 そうなった以上は事実かどうかを確認せねばなるまい。

 まあ、ストレージの中身をチェックするだけの簡単なお仕事ですよ。


「……………」


 覚えのない物資が山ほどある。

 しかも処理済みの状態でだ。


「ゲーム的なボーナスと思うしかなさそうだぞ」


「意味が分かりません」


「同じく」


 ケイトやスィーがそんな風に言ってきたが、俺だって同じ心境だよ。


「楽でいいニャ」


 レイからすると、どうでもいいことらしい。

 確かに楽ではあるけれど簡単に受け入れられるお気楽さは俺たちにはないんですがね?

 こういう時はレイのお気楽な性格がうらやましい限りである。


 とにかくストラトスフィアに帰ったら神様たちにどういうことか聞くしかあるまい。

 たぶん教えてくれるとは思うんだけど、それがこの世界の常識と言われそうな気がする。

 その場合は現実として受け入れられるか不安の残るところだ。


 何にせよ、スタンピードの魔物を全滅させたのは間違いない。

 ならば後はどうとでもなるだろう。


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